第25話 嘲笑は称賛へ
Aランク昇格を言い渡され、リックとナイアは驚きのあまり固まっていた。
やがて、ナイアは嬉しそうにブレスレットを左腕に身につけた。
「やったね、リック!ありがとう、ゼルドアさん!レリアさん!」
「あ、ああ……」
一方のリックは眉を寄せ、ブレスレットをじっと見つめたまま身につけようとしない。
「どうしたの?それはあなたの……あっ!」
レリアはリックの様子に首を傾げたが、すぐにその理由に気がついた。
同じくゼルドアも、リックの考えていることを察したようで、固まっている彼に声をかけた。
「それはただの身分証明書だ。お前の持っている服や鞄と変わらん。
どちらにしても、もし壊れたら別の方法を考えてやるから気にするな」
「そ、そっか。じゃあ、遠慮なく……」
初めてしおらしくするリックの姿に、ゼルドアとレリアは顔を見合わせて微笑んだ。
その反応を見れば、リックがこのブレスレットをどれほど大切に思っているかがよく分かる。
「ふふ。喜んで飛び上がる新人はよく見るけど、そんなに神妙な面持ちになる子は初めてよ」
「はは。まったくだな」
二人のからかうような様子に、リックはムッとしながらブレスレットを左腕に身につけた。
リックにとっては身分証明以上に、二人から貰った大切な贈り物であることが大きい。
「仕方ないだろ?色んな意味で、これが壊れたら困るんだからさ……」
そう言いながら、リックは身につけたブレスレットを恐る恐る眺める。
しかし、ブレスレットに彼の魔力が反応する様子はなく、無事に左腕に収まっていた。
「よかった……!これで安心して旅が出来るな!」
「ふむ。ようやく我の分身を巡る旅に出られるということだな」
レーヴァは、自分探しの旅をかなり心待ちにしていたらしい。
それに同意するように、リックも晴れやかな笑みを浮かべて告げた。
「ああ。俺も自分だけがなんでこんな体質なのか気になるし、レーヴァのことを調べながら自分の体の秘密を探そうと思う」
そう言って拳を握るリックは、少年らしく目を輝かせていた。
それを見たナイアとティアも、彼を見つめて大きく頷く。
「私も、せっかく授かったこの適性を活かして、もっと人の役に立ちたい」
「ふむふむ。旦那様と一緒に居れば退屈とは無縁そうじゃしのぉ。久方ぶりに楽しいひとときが過ごせそうじゃ」
二人の言葉を聞いたリックは、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「はは。ありがとな。二人がいてくれたら心強いからなぁ」
こうして、次なる街への切符を手にしたリックたち。
様々な騒動を巻き起こした彼らは、新たな一歩への期待に再びその胸を弾ませた。
「よし。それじゃあ、受付で今回の報酬とか街を出立する手続きとかしましょうか」
「うん!」
「はい!」
リックとナイアは元気な声を響かせ、レリアとともに受付へ向かう。
その力強い声に、ティアとゼルドアも満足そうな笑みを浮かべて後に続いた。
◆◆◆
「はい。じゃあ、これが今回の報酬ね。それと──
他の街では、入り口の門兵にブレスレットで身分を提示すればスムーズに通れるわ」
受付では、レリアが街への入り方や、竜の灯火についての報酬を提示した。
リックとナイアは見慣れない数字に目を丸くしながら、指で桁を数え始める。
「0が……1、2、3……」
「え……2億ディール……!?」
あまりの額に、ナイアは思わず声を上げた。
さすがのリックも、その金額には驚いているようだった。
「少ないかしら?簡単に100本も採ってこられるあなたたちには、ちょっと申し訳ない気もするんだけど……」
「いやいやいや!こんなにいいの……?」
「そ、そうだよ!こんな大金……」
変なところで遠慮する二人の様子に、レリアは肩を震わせて笑みをこぼした。
「うふふふ。多大なる貢献には、それに見合う報酬を払わなくちゃね。
それと、私やマスターからの応援も兼ねてるから、遠慮なく受け取ってちょうだい」
レリアはそう言うと、報酬の受領書をリックたちに差し出した。
しかし、そのやりとりを聞いた周囲の冒険者たちは、彼らに疑念の目を向けてざわめき始める。
「は?あいつらまだ新人だろ?」
「おい……さすがにおかしくねえか?」
「ワイバーンやら腕相撲やら、只者じゃねえのは確かだが……」
「あんな額、Bランクのあたしたちでも稼いだことないわ……」
彼らにとって、リックたちは数日前に現れたばかりのFランク冒険者だ。
そんな新人が、いきなり2億ディールもの報酬を受け取るとなれば、疑念を抱くのも無理はない。
「あなたたち……!この子たちは──」
「まあ、待て」
レリアが声を上げようとしたその時、後ろに控えていたゼルドアがその肩に手を添えて制止した。
そして受付の外へ出ると、リックたちの横に立ち、ギルド中に響き渡る声で告げる。
「彼らは、竜哭山の頂上に辿り着き、山の主と竜の灯火の定期的な採取を確約した功労者だ!
ここに、それ以上の貢献を成し遂げた者はいるか!?
そんな彼らへの侮辱は俺への侮辱と心得ろ!その時は……どんな文句もすべて、俺のヤルグレイヴで叩き潰してやる!!」
ゼルドアは、鋭い眼光をすべての冒険者たちへ向けた。
その言葉には、リックたちへの心からの感謝と、彼らをこの街から送り出せることへの誇りが滲んでいた。
「竜哭山の頂上だって!?」
「竜の灯火が安定して手に入れば、大怪我の心配しなくて済むぞ!」
「俺はよぉ!あいつらすげえ奴らなんじゃねえかって思ってたんだよ!」
「ああ!?てめえ、ボンボンが調子に乗りやがってって言ってただろうが!」
冒険者たちからは、見事な手のひら返しともいえるざわめきが湧き上がった。
しかし、そこに先ほどまでの疑念はない。
気づけばギルド内は、リックたちを称賛する声のみで埋め尽くされていた。
「ははは。賑やかになったなぁ」
「ふふ。よかったね」
「ふんっ!調子のいい奴らだ」
「わははは。よきよき。いつの世も、異端や強者は嘲笑と称賛を同時に享受するものじゃ」
リックたちは、冒険者たちの声を背に受けながらそれぞれ笑みを浮かべていた。
レリアも冒険者たちの反応に呆れつつ、寂しさを滲ませながらも晴れやかに告げる。
「ちょっと寂しくなるけど、あなたたちの活躍に期待してるわ。
もしもまた、この辺りに来ることがあったら絶対に顔を出しなさいよ?」
「ああ。もちろん!」
「うん!」
「我の武勇伝を楽しみにしているがいい!」
「ふむ。良い土産話を聞かせてやるのじゃ!」
力強く告げたリックたちは、ゼルドアとレリアに手を振りながら冒険者ギルドを後にした。
外に出たリックは両手を上げ、大きく背伸びをして晴れやかな声を響かせる。
「よーし!早速──」
しかし、リックはそこで言葉を止めた。
「どうした、小僧?」
「どこに行こう?」
「ほんっとに、お前という奴は……」
「ふふふ。リックらしいね」
「わははは。旦那様は愉快じゃのぉ」
リックを甘やかし気味のナイアとティアに、レーヴァは呆れて溜め息をついた。
「お前たちは小僧に甘いぞ!まったく……
世界に散らばるすべての分身を巡る必要はない。力の強い分身体が安置された教会だけで十分だ」
「つまり……?」
リックが首を傾げた。
「次の目的地は、帝都にある教会だ。そこに眠る、我が力の欠片をこの身に戻す」
「よっし!じゃあ、帝都に向けて出発だな!」
短くも濃厚だったラトーダでの日々──
そんな第二の故郷とも呼べる街を離れ、リックたちは、次なる目的地である帝都への一歩を踏み出した。
◆◆◆
その頃──
帝都には、禍々しい気配を纏う二つの影があった。
影の主はダイナスとウルス。
二人は仄暗いローブに身を包み、フードの奥から鋭い眼光を覗かせていた。
そして、武器を失ったはずのウルスの手には──
ドス黒い神聖力を滲ませた、狂気の神剣たるダインスレイヴが握られていた。




