ライラックのベンチ・Ⅱ
みかんは先程の態度を恥じ入るように、改まって座り直した。
「ああいう連中ってな……数字が一番やねん。それはまぁしゃあないんやけど、眼中に無いモンに対して無神経なんや」
「……うん……」
「お陰で、うちが数字を出せば出すほど周りから友達がおらんようになって」
「・・!!」
「気が付いた時は、れもん先輩までおらんくなって。家族ぐるみで仲良くしてたのに」
「…………」
「うちが県内の中学生記録更新しまくってたん……ほとんどがれもん先輩の記録やってん。最初は喜んでくれてたんやけど……」
「…………」
「うちが無神経やってん。もっと周りに気ィ使わなあかんかったのに」
「そ、そんなこと……」
ないって言いたいけれど、果々子は門外漢過ぎて何て言ったらいいのか分からない。
「名前だけ一人歩きして、詐欺みたいなんが寄って来て。中学生が速よ走れるからって大金持ちになれる訳やあらへんのにな」
「うん……」
「ほんで結局れもん先輩の実家に大迷惑かけたみたいで。もう顔合わされへんって、あん時は絶望した」
「・・・・」
「高校は陸上強いトコ行ったけど、何かもう何の為に走るんか分からんくなってて。したら、北の大学に行ったれもん先輩が帰省した時、連絡くれたん。久し振りに会おうって。
髪、紫ンなっててビビったけど、憑き物が落ちたようなスッキリした顔して、『陸上に関係ない友達が出来て、毎日のびのび走ってたら記録が伸びた』言うんよ。
それから連絡取り合って、れもん先輩の活躍を遠くに聞けるようになって、あと、帰省の度に話してくれる寮の話が面白かった」
「うん」
「やからさ、進路で悩んで親と喧嘩した時、『うちのガッコおいで』言ってくれて、嬉しかった。本当に嬉しかった。やから死ぬ気で勉強した」
「うんうん!」
「後で聞いたら、今にも闇落ちしそうなオーラをまとっとったらしいよ、うち」
「えっ!!」
「黒みかんやったて言われたわ。黒みかん! 笑ってまうやろ」
「いや笑えないよ」
「ここ来て分かった。「おいで」言うてくれた意味。ややこしい奴ら周りにおらんで、胸いっぱいに息を吸い込めるん。
闇落ちしとる暇なんか無いわ、自分の事は自分で決めなあかんし、毎日忙しぅて楽しい。
そりゃここにかて数字の勝ち負けはある。けど、なんやもっと大きい広いモンが包んでくれて、それがれもん先輩を元気にしてくれたんやなって。うちも早くそうなろうと思った」
さやさやとライラックが香る。
後に果々子はここのベンチに座ってグラウンドのみかんを眺めている事が多くなったが、この日のみかんとの一時はずっと胸にある。
「みかん!」
グラウンドで瀬戸先輩が呼ぶ。
「午後の集合すぐだぞ。五分前行動!」
「はぁい」
みかんはポンと立ち上がる。
「じゃ果々子、応援宜しくね」
「うん。瀬戸先輩、頑張って下さい。それと、みみ、み、みかん、も、頑張れっ!」
みかんは目を丸くして、ピョンピョン跳び跳ねながら瀬戸先輩に手をひかれて去って行った。
名前呼び効果のお陰でもないのだろうが、風輪みかんは本当に風の妖精のように二つの短距離を圧倒した。(今度は駆け寄って来なかった)
瀬戸先輩も中距離と、果々子の知らない何か複雑な競技でいい所に付けた。
先輩が第一走者を走った四人制リレーで、アンカーのみかんが他をごぼう抜いてグングン引き離すのを見て、胸が踊った。
立ち上がって誰かを応援するなんて生まれて初めてだった。
***
「果々子――!!」
競技が全部終わって、みかんがまた走り寄って来た。あれだけ走ってまだ走るか。
「見てた見てた!?」
「見てた、カッコ良かったよ」
「えっへん!」
それだけやり取りすると、瀬戸先輩が連れに来る前に自分で帰って行った。




