妖精みかんさん
みかんの長い足がリズミカルに走り出す。
こんな空気の中で跳ぶのっ!?
「うおおっ」
前のベンチの男性二人が歓声を上げた。
ひとはしの無駄もなく全身をバネにして跳躍するみかん。
きれい、この上なくきれい。
人間じゃない、動物? 鳥? あ、妖精だ! 妖精のみかんさん!
他の選手だって凄いんだけれど、みかんの妖精な動きには本当に目を奪われる。リクジョウカイの人たちの気持ち、分かる!
(きっ、気安く話し掛けてごめんなさい! 廃棄置き場で拾った発泡スチロール箱なんか持たせてごめんなさいっ!)
そのみかんが、着地マットからポンと起き上がってそのまま走って来た。真っ直ぐ、果々子に向かって。
――!!?
「カカコ――! 見ててくれた? 名付けて南紀白浜ドルフィンジャンプや!」
まるで運動会で親元に駆け寄る子供。
そして……ナニジャンプって??
目を丸くして振り返る男性二人。
果々子はビックリして声が出ないながら、大きな身振りで一所懸命絶賛を伝えた。
追い掛けて来た瀬戸先輩が、「勝手な行動すな!」とみかんを叱って捕まえた。
「ああ、遠山、今日は遅なっても寮に帰るさかい、玄関灯よろしくってタマに伝えとって」
「はい」
「応援ありがとな」
二人は去ったが、振り返っている男性二人は元に戻ってくれない。
「きみ、風輪みかんの友達?」
「…………」
「同じ寮の子?」
果々子は立って場所を移ろうとした。みかんも瀬戸先輩もまだ他の競技に出るし、最後まで応援していたい。
「ごめんごめん、座ってよ。変な事を聞き出そうってんじゃない。風輪選手は陸上界の宝だからさ、動向が気になるだけ。たとえば彼女が瀬戸選手を慕ってこの学校へ来たんじゃないかと憶測されているんだけれど……」
憶測もなにも、さっきみかんが大っぴらに言っていたではないか。
「じゃあ、瀬戸選手が卒業したらここにいる理由がなくなるよねって。瀬戸選手は大阪のスポーツメーカーに就職が内定しているし」
「…………」
「したら、関西の学校に移りたいとか、既にどこかから誘われているとか、そんな話、していない?」
「…………」
「酷い噂になると、廃寮になりそうな寮の頭数合わせの為に住まわされてるなんて言う者もいて、まさかそれは無いだろうけれど。……実際彼女、ちゃんと生活出来ているの?」
あっ……
みかんは他を向いているけれど、瀬戸先輩がこちらを見て眉をしかめている。
ダメだダメだ、競技中の選手の心を乱すような原因になっちゃダメだ!
「いい加減にしてくださいっ!!」
ああっ、声が裏返っちゃった、けど頑張って続ける。
「お洒落だのグルメだのの話をされても私は分かりませんっ!!」
競技場全体に響くような声ではないけれど、周囲の学校関係者や、瀬戸先輩にも聞こえたようだ。先輩は安心したように競技の輪に戻って行った。
男性二人と同じ色の服装の上役っぽい人が走って来て、「記録会で他所の女子大生をナンパするな!」と叱っていた。
濡れ衣ごめんなさいだけど、実際に喋った事の方が恥ずかしいと思う。




