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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第三章《fly me to the sky blue sky》
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第66話『通学路での雑談』

    ☆


 お屋敷を出て、住宅街方面へと足を向けた。

 八日間馬車で登下校していた表道から、ひとつ逸れた道。


 そこを少し歩いていくと――墓地に辿り着いた。


 広い敷地を有しているわけではないが、綺麗に整備されている場所だ。

 緑鮮やかな芝生に点在する墓石には、ちらほらとお花が供えられている。


 早朝という時間帯も相まって、とても穏やかで、澄んでいて……消える間際の薄っすらとした霧が、どこか神秘的で。


 ……付近の路地に目を向ける。

 建物と建物によって切り取られた向こう側は、まるで別世界のように、多くの人々が行き交っているというのに。

 いつもの通学路からたった一本通りが変わっただけで、こんな静謐が存在しているだなんて。


 当たり前のように生活に組み込まれている。死と祈りとの共生……か。

 ちょっとカルチャーショックかも、と反射的に思った、けれど。


 否――そんなことはないと、すぐに首を振って否定する。


 だってきっと、私が以前住んでいた街にもあったはずなのだ。

 寺院や霊園だけでなく、住宅街や公園の隣、ショッピングモールの裏手、車が通りっぱなしの道路沿い……探せば日常の中に、墓標(それ)は存在していた。


 ただ私が見ていなかっただけで。見ないようにしていただけで。

 ……それが分かるようになったということは、少しは成長できているのかな。


「…………」


 でも、まだ。

 この静けさは。

 心臓に爪を立てているような、

 透明なざわめきを、おぼえる――。



「お待たせ、マリモ」



 ――伏せていた目を、上げる。


 待ち合わせ相手が来た。

 今朝の挨拶回りにおいて、唯一言葉を交わすことのなかった彼女。

 いつかのお誘いを、今度こそ受けるという意も込めて、一緒に登校することにした彼女が。


「それじゃあ行きましょうか、プラン――って、まだそう呼んでいいのかしら」


 プラン……プランシュというのは使用人名だ。

 私やラフィーネさんと違って、彼女には本来の名前がある。


 そして私が使用人でなくなった以上、今後顔を合わせるのは学院という、お屋敷の外側でのことになる。

 学年が違うからどのぐらいの頻度で会えるかは分からないけれど、きっとクラスメイトからは普通に本名で呼ばれているだろうし、私もそちらに合わせたほうがいいのではないか。


 そんなことを考えて口にしたところ。


「別にいいんじゃない? 今さらでしょ」


 プランはあっさりと言って、歩き出した。


「早く行こ。馬車と違って、徒歩は時間が掛かりますから」


「……ええ」


 別にいいなら……いいか。

 私は皮肉げに笑うプランを追いかけた。

 すたすたと墓地を通り過ぎようとする、彼女の隣に並ぶ。


「ねえ、プランはいつもこの道を通るの?」


「まあ、徒歩なら一番近いルートだし」


「なんだか怖くない?」


「お墓が? んー、全然。もしかしてマリモ、幽霊とか怖いわけ?」


「そういうわけではないけれど……」


 幽霊というのは、いるかどうか分からない、会えばどんな目に合うか分からないという、理屈の通じない未知である不気味さが恐ろしいわけで。

 ここは魔的法則や転生、実際に見たことはないが死神だって存在する世界だ。

 だから非科学的なモノに対する恐怖は、抱きにくいのよね。


 代わりに相手が魔術的な悪霊となれば、明確に身を守らなければならない存在――噛まれたら血清を打たなければならない毒蛇とか、アナフィラキシーショックを警戒しないといけないスズメバチみたいな――であるため、そういった意味での恐れはあるけれど。


 ……ともかくだ。

 私が墓地に対して忌避的な感情を抱いているのは、それが死を身近に感じさせ、共生ではなく反逆を選んだ身として身構えてしまうからで。


 プランはその辺りどうなのだろうと、ふと気になって訊いてみたのだけども……そもそもそういう発想にならないあたり、やはりこれは私の、あるいは転生者特有の感覚なのかもしれない。


 と……その事実に、私はどこか安堵した。

 そう思わない人が居てくれることへの安堵。優しい隔たり、というやつだ。


「ま、この辺りの墓地は、たまに誰かが徘徊してるって聞くけどね」


「そうなの?」


「あたしの通学路はご近所付き合いの場でもあるから。言いふらしたくて仕方ない誰かがいたら、自然と耳に入んのよ」


「徘徊……誰かがお墓参りをしているわけではなくて?」


「墓石が増えた直後なんかはあり得るけどねぇ。そうじゃないから噂になるわけで。……ちなみに学院にもあるよ、そういう話」


「学院にも?」


 思い出したように、そして脅かすように声色を変えたプランは。


「真夜中に学院内を徘徊する、金髪の着物乙女」


 そう言って、こう続ける。


「二、三ヶ月ぐらい前から噂が出回ってさ…………ベルナデット様が疑われてた」


 再び声の調子を変えて、まるでオチのように繰り出された、あの方の名前。

 私は思わず破顔した。


「何というか、話題に事欠かないわよね……あの方も、学院も」


 屋敷に住む私が真夜中まで学院に残って徘徊する理由を教えてくれ――と呆れながら、噂を聞きつけた生徒を茶化している様子が浮かぶようだ。


 確かにあの方であれば、西区の権力者やよほどの好事家ぐらいしか持たない着物を所持していても、おかしくはないけれど。

 ……やっぱりイメージが違う。別人だろう。


「そういえば……ベルナデット様と、言えばさ」


 また何か思い出したのか、新たな方向へと舵を切るプラン。


「前に、どうしてあたしが雇われたかって話、したの覚えてる?」


「ええ。確か、親御さんがそう頼んだのでしょう?」


「そ。正確にはお母さまがね」


 お母さま――プランは昔から躾けられているように、滑らかにそう発音する。


「明らかに充分な数の使用人を抱えていながら、なぜお母さまの要望に応え、恩を売る真似をしたのか、ずっと気になってた。……っていうか、何かしらのメリットはあったんだろうけど、その予想が付かなかった」


 ふむ……。

 それについては私も、話を聞いた段階では特に何も浮かばなかった。

 というかプランには悪いけれど、これといった疑問すら覚えなかった。


 私を助けてくれたあの方なら、きっと相応の理由があるに違いないと、勝手に脳内保管していたのだろう。


 そしてその結論は、今改めて考えてみても変わらない。

 いや――与えるために持つ者で在りたいという、あの方を根源を知った今ならば、より確かな強度を以て、そうだと思える。


 痛みに振り回されながら、見失いながらも、変わらずにあった祈り。

 それ自体が、プランを引き受けた理由になり得るし。

 あるいはもっと単純に、お屋敷に人が増えることを望んだという可能性だって、充分にあり得るわよね。


 そう考えがまとまったところで、プランが私の目を覗いて言う。


「でも昨日、やっと分かったんだ。ってより、なんで気付かなかったんだろうって感じ。水面下で進んでたプロジェクトが、そのまま水面下で止まってたからかな。それが動き出したってので、ピンときた」


「……一応聞くけど。プロジェクトのこと、どうして知ってるの?」


「下の秘密を上が知らないことはあっても、上の秘密はどうしてか、下の噂好きのところに流れてくるものなのよ」


 妙に得意げな顔をしながら、プランはさらに言葉を続ける。

 あの方の根源を知らない彼女の、それがゆえの別視点を、語り始める。


「あたしのお母さまは、そこそこ由緒ある婦人会で、そこそこ良い役職についてるの。トップの右腕――悪く言えば、取り巻き? その婦人会は一般層にもそこそこ影響力があってね、そこで流行ったモノは大抵、世間でも流行るようになる」


「へえ……」


 世間に影響力のある婦人会、か。


 突拍子もなく聞こえるが、要はインフルエンサーみたいなモノなのだろう。

 それが用語として使われるようになったのは比較的最近のことで、こちらの世界にどの程度浸透しているのかは分からない。

 けど、影響力を持つ個人の行動が大衆さえ動かすという構造自体は、昔から存在している。


 例えばそう……アフタヌーンティー。


 アフタヌーンティーは最初、上流階級の中で様式が形成されて流行した社交文化だが、それが本格的に世間に広まったのは、上流の生活様式に憧れた中流階級の人々が、一部を簡略化しながら模倣し始めたからだという話があったはずだ。


 さらにそのアフタヌーンティーも、近年ではSNS映えや、いわゆるヌン活、それに紐づいた推し活ブームという、新たな影響力の伝播によりさらに一般化してきていると聞く。


 そう書かれた情報記事が、紅茶について最低限の知識しかなかった、当時の私に流れてくるぐらいにはね。


 そしてこの話における上流階級にあたるのが、プランのお母さまが所属する婦人会であり……それは既にマーケティングの一部品として、構造に組み込まれている、と。


「そこのトップは、会を排他的な集団にすることで自らの地位を安定させ、外部からの価値を高めている。だからトップに直接会える人は少なく、参入や助力を求める人はまずお母さまと縁を作りたがるわけ。でもそのハードルも決して低くない。なら次は? それに近しい人、つまりあたしに狙いを定める。将を射んと欲すればまず馬を射よ、だっけ? そういうこと」


「……なるほどね」


 それは確かにあの方らしい、打算的で、利己的な行いだ。


「婦人会で――やがては世間で、自分の宝石を流行らせる布石として、あたしを雇うことにした」


 そうね、プランの考えは間違ってないと私も思う。

 だが……それだけでは、まだ足りない。

 なぜならあの方の行動は、利他が宿る余地のある、一意的でないモノだから。


「そして――お母さま側としても、有望株であるベルナデット様との縁を作りたかったし、一応好意的に解釈するなら、ロードナイトの庇護下に加えることで、あたしに変な虫が付かないようにしたってわけ」


 補足される推測。語られる相手側のメリット。

 その過不足の無さに、私も同意見だと、納得して頷く。

 そう、それでこそ、あの方らしい行動と言えるだろう。


「ギブアンドテイクはきちんと成り立っている……もし今でもその繋がりが機能するなら、あの方の事業は、もうかなり成功に近いところにあるのね」


「我ながら、見事に使われちゃった。……ね、マリモ。あたし、上を目指すわ」


 ぽつりと、プランが呟く。

 彼女の顔を見上げると、その眼差しは遠くの空へ、あるいは遠くに聳えるお城へと向けられていて。

 迷いなく、射抜くように真っすぐだった。


「それは、将来の展望?」


 プランが使用人になったきっかけを聞いた夜。

 己が道を切り開いたジュリエッタ先輩に憧れながらも、自分の進むべき道はまだ見えないと……彼女がそう言っていたことを思い出し、尋ねてみる。


 するとプランは小さく頷いて言うのだ。


「ベルナデット様はあたしという駒を有効活用してみせた。だからあたしも、ロードナイトに関わるこの立場を利用してみせる。たとえ文句を言われようが、ね」


「……きっと、あの方なら歓迎すると思うわ」


「なら良心が痛まなくて済むけど。……ところでさ、確かラザリオ・ミラーって、最近火事でお屋敷が焼けちゃって、使用人にも逃げられちゃったんでしょ?」


「え――ええ。まさかラザリオのところに行くつもり?」


「まずかった? 別に取ったりしないよ?」


「……はい?」


 一瞬、プランが何を言っているのか本気で理解できなかったので、変な顔になってしまった。


 ……そういえば、ラザリオとも妙な噂が立っていたんだったっけ。

 一目惚れされて誘拐された、とかなんとか。

 そのうち風化すると思ってわざわざ否定することもなかったが、どうやらそれは怠慢だったらしい。


「ラザリオとは何も無いわ。向こうだってきっと、吐くような仕草をしながら否定するはず。だから、取る取らないという話をするなら、私は関知しないわよ」


「や、まあ元々そのつもりもないけどさぁ……燃えない言い方するんだから。あ、ほかに好きな人とかいるとか?」


「いません。月並みな理由だけれど、恋愛する暇もないし」


「ホントかなぁ。そう言う人に限って、知らないところであっさり恋人作るもんじゃない」


「じゃないって言われても……」


「噂を立てるだけ立てて、それを消すことも、逆に事実にしようとすることもないってさぁ……気になってる人の一人や二人いないと嘘だよ」


「嘘だよって言われても……」


 噂を真実の隠れ蓑にして、水面下で恋の駆け引きをしているのではないか、とプランは言いたいみたいだけど。

 生憎とクラスメイトはクラスメイトだし。

 それ以外で深く関わった異性も、それこそラザリオかあの神父ぐらいで。

 敵意や殺意を向けられて、一体どう恋をしろというのか。


 そりゃあ私だって、恋愛への憧れは昔からある。

 でも長いこと、私の精神状態はそれができるようなモノではなかった。

 ……我ながら悲しい自覚だけど。


 というわけで、私の恋愛経験は皆無も皆無。

 駆け引きできる経験も、機会も、あるはずがないのだ。

 一応期待を込めて、これまでは、と付け加えさせていただきますが。


 ――ともあれ、だ。

 通学路での恋バナなんて、青春感溢れる素敵なシチュエーションだとは思う。

 だがこの話題は、少なくとも私にはまだ早い。

 無理に話すことではないだろう。

 ゆえに。


「……それで結局、ラザリオとどうするつもりなの?」


 脱線した話を軌道修正する。

 プランはまだ思いついたばかりの展望を、確かめるように言葉にしてくれる。


「ん……言っちゃえば、ロードナイトの使用人という立場を利用してラザリオ・ミラーと接点を作り、そこからさらに次を狙うってところかな」


「次?」


「西区――八重城。あそこで働けたら料理人として箔が付くし、政府の偉い人とも縁を結べるかも、でしょ」


「政府の偉い人……またとんでもない野心というか、バイタリティね」


 八重城については、この中央都市の首脳部分だという漠然とした知識しかない。

 だが、ラザリオのお屋敷も同じ西区にあること。

 そして彼の商会の当主という立場を鑑みれば、政府関係者がお客様として招かれる可能性は充分あるだろう。


 料理人とは、料理という形で必ずお客様との接点を持つことができる役職だ。

 もし八重城に出入りする人の目に留まることができたなら。

 たとえば、政府主催のイベントに外部助っ人として招かれるなどすれば、間違いなく人脈作りのきっかけになるはず。


 つまり、プランの描く筋道はそう荒唐無稽でもないのかもしれない。


 それに何より。

 他者から強いられて身に付けることになった料理技術を、自身の未来として肯定する彼女からは、簡単には揺らがない強さを感じられる。

 彼女なら成し遂げる気がする。私はそんな予感を覚えた。


「応援するわ、プラン」


 一瞬――直接ラザリオに紹介しようか、と提案することがよぎった。

 けれどその思い付きは、そっと胸の中に秘めることにする。


 もしも転職に成功すれば、それは喜ばしいことではあるが……同時に『プティ・シムティエール』やクーペさん、そしてあの方から、大切なお屋敷の一員が失われてしまうということでもある。


 無論あの方たちなら、きっとプランのステップアップを祝福してくれると思う。

 でもだからといって、私が頼まれもしないうちに勝手に動くのは、違うだろう。


 だから今は、応援するという意思だけ告げて静観する。

 もし頼られたときは、全力を尽くすことを、念頭に置いて。


「どうも。で、そんなこと言ってるマリモは? 少しぐらい野心があるところ、見せてくれないのかな」


「野心、かどうかは分からないけれど――責任を負いたいと考えているわ」


「また変な言い方をして……それって、自分から負いたがるものじゃなくない?」


「うん。だから、なんていうか……」


 生きることを、赦した。

 生き続けることこそが、せめてできる贖罪であるとして。


 ならばこれは、この想いは、贖いとは似て非なるモノなのだろう。


 贅沢で、望んではいけなくて。

 間違いで、切り捨てられるべきで。

 だけど。


「――胸を張れる自分で在るために、背負っていきたいの」


 あの日からずっと止まっていた時間は、もう動き出しているから。


 代償ではなく。

 押し潰されるためではなく。

 運命を超えるために翼を広げた、その自由に伴うモノとして。

 責任を負って、果たして、成長していきたいんだ。


 現在(いま)をしっかり歩いていくために。

 いつか、反逆の、その先へと辿り着けるように――――。


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