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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第三章《fly me to the sky blue sky》
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第61話『目覚め』

      ☆


 ぼう、と目蓋を開けると、知らない天井が目に入った。

 ……どこだろう、ここは。

 白い壁。ベッドの上。薄暗い室内。

 お屋敷ではないようだけど、覚えのあるとても麗しい香りが漂っている。

 そして何より、この左手に触れている、自分以外の誰かの熱。

 ゆっくりと頭を傾け、視線を送ってみると。


「目覚めたか、マリモ」


「……ベルナデット様」


 主人が――私の左手を握っていた。

 少しずつ、意識が覚醒していく。

 私は何度か瞬きをして、全身に力を入れながら、上体を起こした。


「おいおい、起きて平気か? 一応、傷は完治したと副委員長は言っていたが」


 ベルナデット様が私の腹部を見ながら、心配そうな声で言う。

 服の下。明かりがなかったので、恐る恐る手を突っ込んで傷口を確認する。


「……ええ、問題ありません」


 とりあえず、皮膚が破れているとか、血や膿が付くとか、そのような感触は一切なかった。

 むしろ、刺されたのは本当にここだったのかと疑いたくなるレベルで、治療痕すらないように思える。

 強いて言うならこの身体の軽さ、全体が整っている感覚こそが、ルカの治癒魔術が残した痕跡なのかな。

 ……とりあえず一つ、山場を乗り切ったというのも大きいのだろうけれど。


「随分と久しい、気持ちのよい朝の目覚めのようです。時間は、夜のようですが」


 薄く白いカーテンの奥に透けている景色を見て、苦笑するように付け加える。


「あまり動かすのはよくないと思ってな。養護教諭に許可を取って、ここで寝かせることにしたのだ」


「そう、ですか」


 養護教諭……ということは、ここは学院の保健室か。

 そう認識してから改めて室内を見回してみると、ベッドを囲うように天井に取り付けられたカーテンレールや、薬品の入った棚が目に入った。

 来るのは初めてだけど、普通の学校と特別内装に変わりはないようだ。

 奥にある壁掛け時計を見ると、時計の針は午後七時過ぎを指していた。

 演説からもう数時間が経過している。


「……ところでラルエットはどうなりましたか? クロヴィスやハイネは?」


「双方共に全員無事だよ。手当てが必要だった者は、君と同じように副委員長の治療を受けた」


「……良かった……」


「だが、未遂とはいえ事が事だからな。近いうち、学院はラルエットたちに処分を下すだろう」


「……それは」


 ラルエットのことを思い出す。

 あの非常下だ。正気を失ってもおかしくない状況ではあった。

 だが、意識の錯乱だけでは説明のできないことが一つ。

 ラルエットが今朝連絡を受けて確認したという、父親の遺体だ。

 精神的不安から来る幻覚症状という線もなくもないだろうが、何者かによる工作と考えたほうがいい。

 つまり今回の一件、ひとまずは解決したと言っていいが、その裏ではまだ蠢いているものがある。

 ならば、その清算をラルエットたちだけで済ませてしまうのは早計ではないか?


 私はその旨をベルナデット様に伝えた。


「……いや、ラルエットたちの精神に干渉していた術者は、キリスキリエによって確保されている。ゆえに、今回の一件をこれ以上掘り下げることはできないのだ」


 その返答に、眉をひそめた。だって、それは……。


「言いたいことは分かるな? トカゲのしっぽ切りに、敢えてキリスキリエは乗った。乗らざるを得なかった」


「…………」


「案ずるな。私のほうから色々と働きかけてみるつもりだ。実を言えばラルエットに関しては、一つ良い案を思いついていてな。私の屋敷で使用人として働いてもらう罰、というのはどうだろう。幸い前例があるし、優秀なのが一人、減ってしまう予定なのだ」


「ベルナデット様……とても、名案だと思います」


「それとついでになってしまったが、演説もつつがなく終了した。すべては君のおかげだ。礼を言う。君の羽根はとても綺麗だったよ。あの白い桜のようで。観衆も私の演説による特別演出だと評価してくれた」


「――――」


 白い桜。その単語を聞いて、私は窓の外を見た。

 ここからでもよく見える白桜の群れ。今の私であれば――きっと。


「動けるなら、屋敷に帰るか?」


「いえ。申し訳ありませんが、私にはまだやるべきことがあります」


 ベッドを抜けて、床に足を付ける。

 ルカに感謝しないと。身体は大丈夫どころか、普段より調子がいいぐらいだ。

 これなら問題なく、魔法も使える。


「ベルナデット様が成すべきことを成したように、私にもまた、ピリオドを打たなければならないことがあるのです」


「……そうか。そうだったな」


 頭の中で繋がるモノがあったのだろう。

 合点がいったと何度か頷くベルナデット様。

 ああ、そういえばこの方にはいつか、屋根裏部屋で話していたのだった。

 私のやりたいこと、そしてやるべきことを理解した主人は。


「お茶の準備をしよう。今日はまだ、ティータイムを取っていないのだ」


 終わりを見届けるのに相応しい、とても穏やかな顔で、そう告げたのだった。


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