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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第二章《to dress, un-dress and, re-dress》
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第46話『持ち帰られた調査結果』

     ☆


 翌日。日曜日の昼下がり。

 サーヴァントベルによる呼び出しを受けて、ベルナデット様のお部屋に向かうと、なんとそこには、しばらく姿を見ていなかったあの人がいた。


「ら、ライナさん?」


「やあマリモちゃん。久しぶり」


 明るく落ち着いたジンジャー色の髪。飄々とした態度に爽やかだけどどこか怪しげな笑顔。だらしないとは言わないまでも、ほどほどに着崩された私服。

 間違いない、ライナさんだ。

 最後に顔を合わせたのが金曜日の夜だから、実に一日半ぶりの再会となる。


「今までどこに行っていたのですか?」


「ライナには兼ねてより調査を命じていた」


 自然と口にしていた質問。それに答えたのは、ソファーに座した主人だった。

 その声音は昨日ラザリオと話していたときのように、若干の緊張感を纏っている。


 調査を命じていた――身構える一言だ。

 調べていたのは間違いなく、今回の騒動で唯一顔が割れている彼女について。


 そしてそれが過去形であるということは。

 ――ライナさんは成果を出したということだ。

 確たる証拠となる調査結果を、ここに持ち帰ったということなのだ。


「君にも知る権利がある。心の準備はできているな?」


 言って、ベルナデット様は私にファイルを差し出した。

 私の覚悟を見定めるようなスカイブルーの眼差し。


 それに小さく頷いて、私は手を伸ばした。

 ファイルを開く。

 一枚目はまるで履歴書のように名前、経歴、そして顔写真などの個人情報が収められていた。

 やはり目を惹くのは写真。ダークオレンジの髪とそれより鮮やかなクロムオレンジの瞳、アンニュイさを漂わせる中性的な雰囲気。


「……間違いなくコゼットです。あの日、私のルームメイトを名乗った……」


「本名――ラルエット・マルシャン。アプステラ高等部二年生。

 父親であるジャン・マルシャンは、ミラー商会を親とする子会社の社長。商会が契約を結んで仕入れた商品を、実店舗や通信で販売する部門、その一つを任されていた。主に、著名人とのコラボ商品を販売する部門であり――『アネモネ』を取り扱ったところだ。もし契約が締結されていたら、私の商品の流通を担当していたのも、そこだった」


 資料の内容を要約して話すベルナデット様。


「どこから話したものか……。数か月前の話だ。『アネモネ』が販売される直前、マルシャンの会社はトラブルに見舞われた。茶葉を保管していた物を含めたいくつかの倉庫が放火され、保管物の半分以上がその被害に遭ったというトラブルだ。犯人は不明。一時期は市場を揺るがしかねない『アネモネ』を危険視したライバル企業による仕業、なんて噂も経ったが、世間の注目はすぐに、そのトラブルを機に表に出てしまったジャン・マルシャンの秘密へとシフトしていった」


「秘密、ですか?」


「端的に言えば、倉庫で見つかってはいけないモノが見つかった」


 一拍置いてから、主人は平淡に言う。


「――女の死体だ。当初は火災に巻き込まれた従業員と目されていたが、調査を進めるうちにそれが、行方不明になっていた保護対象の転生者だと判明した。

 転生直後の者を発見した場合、速やかに最寄りの騎士団へと送り届けなければならない――という法律は知っているな?

 転生者はそこで、身分証の作成とメンタルチェックを受けることになる。ついさっき死んで生き返った人間である以上、まともな精神状態であることのほうが少ないからな。二度目の生に舞い上がる者もいれば、反対に受け入れられず自殺衝動に駆られる者も多いと聞く」


「…………」


 耳の痛い、話だ。


「ゆえに検査の結果、基準を下回った場合、その転生者はメンタルケア施設へと送られることになる。その女もそうだった。

 だが、女は錯乱状態に陥ったのか逃走を図り、その先でマルシャンと出会った。かの紳士は優しさを発揮し保護したわけだ。

 ……まあ、それだけならまだ、情状酌量の余地もあっただろう。しかし、死の淵に立つ女というのは時に何よりも男を惑わせるらしい。関係者の目撃証言によれば二人には肉体関係があったそうだ。

 そして最初の言葉に帰結する。女は火災に巻き込まれ、死んだ。

 世間からの印象はこれ以上ないほどに最悪だ。そこからさらに、放火自体もマルシャンが起こしたトラブルが遠因だというゴシップが出回り、彼に対する信頼は地に落ちた。社会秩序を、会社を、家族を裏切った男として」


「ですがそれでもまだ、事態は収まらなかった」


「そうだ。親会社であるミラー商会も相当な批難を浴びる中、君も知っての通り、当時の当主――ラザリオの父親が亡くなったのだ。死因は病死ということになっているが、誹謗中傷による心労が祟ったとの見方が多い。きっかけを作ったマルシャンが死に追いやった、ともな。

 もはや『アネモネ』の件に対応などできるはずもなく、マルシャンは周囲から切り捨てられ、方々から賠償金を請求され、一家は路頭に迷うことになった、そうだ」


 手元の資料に目を落とす。


 ――ラルエット・マルシャン。

 アプステラ魔術学院、高等部二年生。現在は休学中。

 休学していなかったら今頃は三年生。入寮記録なし。

 私が彼女に見た傷の数々は、家庭や周囲の環境の変化によるストレスから生じたモノだったのだろう。


 お茶会の件の協力者は、数少ない友人なのかもしれない。

 しかし友人だからこそ、頼れないことのほうが多い場合だってある。

 つまりラルエットは――事件以降、孤独と隣り合わせの日々を送っている。


「ざっくりと、これが騒動の顛末だ。おかげで私は、前当主と進めていた契約を白紙に戻し、雌伏の時を過ごすこととなった――が、この話にはまだ続きがある。ついひと月前のことだ。ジャン・マルシャンが屋敷を尋ねてきてな」


「ここに?」


「用件は昨日のラザリオ・ミラーと同じだ。計画の再始動、そしてその助力をさせてくれないかと頭を下げられた」


 そこでベルナデット様は言葉を区切り、おもむろにソファーから立ち上がった。

 私たちに背を向け、窓際へと歩いていく。


 夕陽に焼かれるミルキーブロンドの髪。

 それによって表情は隠されるも、しかし私は一瞬、棚に置かれた鏡の反射で、目撃した。


 鏡面の向こう側。それはまるで、私自身を映し出しているかのような。

 自らの心を押し殺し平然を装っている、つもりになっている顔だった。


 ならば、見て見ぬ振りをされている感情は何か。


 罪悪感か、怒りか、あるいは――。


「……話は断らせてもらった。計画が上手くいけば、充分な利益を得ることができただろう。マルシャンの手腕自体は中々のものだ。しかし、私が彼に名前を貸すことで損なわれるものが、あまりにも大きすぎた」


「ではコゼット――ラルエット・マルシャンの目的は、その復讐?」


「おそらくな。あの話は彼だけでなく、マルシャン一家にとって、一縷の望みだった。それを無下にした私は、最後の希望を打ち砕いた悪の令嬢……といったところなのだろう」


 自嘲気味に呟かれたその声に、私は思わず一歩踏み出して、問いかける。


「ベルナデット様は、今後の方針をどのようになさるおつもりですか?」


「ラルエットは単独行動をしている。両親に知らせたところで身柄を抑えることはできないだろう。ヤツの狙いが式典なら、接触するチャンスはそこしかない」


「でしたら学院に報告して教師陣の協力を仰ぐのが得策、ですね」


 もし例の魔術がより大きな規模で行われるなら、狙いであるベルナデット様だけでなく、会場に集まる生徒全員が危険に晒される。


 これはもう個人で対処できる問題ではない。

 復讐という狂気に支配された人間に、果たして理性的で合理的な判断を望めるだろうか?


 ラルエットがなりふり構わず魔術を使い、怪我人だけに留まらず死者が出るなんて事態になったら、情報を伏せていたベルナデット様の立場もそうだけれど、何よりラルエット自身が後戻りできなくなってしまう。


 それこそ、時間が巻き戻りでもしない限りは。


「さてな。それで騎士団に突き出したところで、出所するだろう数年後、私は後ろから刺されているやもしれん。逆恨みとはそういうものだ。解消ではなく、解決が望ましい」


 それは、そうかもしれない。

 楽観的にはなれない。人の更生を、変化を否定してしまうのであれば。


『人に善性があると思っている者は愚かだよ。今の時代、いや、どの時代でも……』


 いつかのベルナデット様の言葉を……思い出す。

 強引にラルエットを止めるのはあくまで最終手段。問題の先送りだ。

 だが、だとするならば、一体どんな手段が残されているというのか。


「マリモならどうする? 君はラザリオとの間に禍根を残さなかったのだろう?」


「……それは」


 思わぬ問いに言葉が詰まった。けれど、それも一瞬。

 次の瞬間には、私の祈りが自然と言葉を編んでいた。


「会って、話して、信じて、落としどころを見つける。私の経験で言うなら、そうなります。より具体的な方法を挙げるのでしたら、最低限の金銭的な援助か、ベルナデット様の人脈を使って弁護士を紹介する、といったことはできないでしょうか?」


「そこまでしてやる義理があるとは、思えんが……」


「ベルナデット様」


 いつもの軽い調子で、しかし明確に。

 諫めるような意思を込めて、ライナさんは言う。


「すべてに見放されてなお助けを求めるマルシャンという弱者に、その手を差し伸べることこそが、ノブレス・オブリージュなのではありませんか?」


「……二人とも下がってくれ。少し、一人で考えたい」


 私とライナさんは頷いて、踵を返した。 

 私自身、ライナさんが持ち帰ってきた情報を頭の中で整理したかった。

 階上の夕食まで多少の時間があるから一度部屋に戻って――と、部屋の外に出ようとした、そのときだった。


「マリモ、申し訳ない。妙な因縁に君を巻き込んでしまった」


 背中で受けた謝罪の言葉。

 私はその場で振り返り、軽くお辞儀をしてから、部屋を後にした。


 ベルナデット様はいつも私のことを気にかけてくださる。

 だけど今にして――否、今だからこそ思う。


 それは本当に、ノブレス・オブリージュから来る行動なのかと。

 ベルナデット様のこれまでの言動の節々から感じられた違和感。

 それは高潔なるその精神を、むしろ否定しているモノではないか、と。


 だとするならば――ベルナデット様、あなたは一体、何に裏切られたのですか?


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