第45話『宝石返却』
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ジュリエッタ先輩のお見送りを果たした後、ベルナデット様のお部屋を尋ねた。
預かった宝石を返却するためだ。
扉をノックし許可を得てから、部屋に入る。
ふんわりと空間全体と漂うベルナデット様の香りに、まだ少し慣れない感覚を抱きながら、ゆっくりと足を動かす。
窓際のお席で資料に目を通しているベルナデット様に、預かっていた木箱を差し出した。
「む、撮影用に貸し出した宝石か。……なるほど。マリモに預けて退散したわけだな? 相変わらず勘の良いヤツだ。ラフィーと君のことで小言の一つでもと考えていたのだが、見事に逃げられたな」
呆れるように苦笑したベルナデット様は、ぱたんと青いファイルを閉じる。
「ともあれ、これで客人は皆、何事もなく屋敷を去ったわけだ。……ご苦労だったな、マリモ」
「……ありがとうございます、ベルナデット様」
主人の労いの言葉に、私は肩の荷が下りたような安心感と、一区切りがついてしまった物悲しさのようなものを抱いた。
演説の日を含めれば残り三日。まだ少し使用人として働ける期間は残っているが、折り返し地点を迎え、山を越え、あとはもう転ばないよう慎重に、丁寧に下っていくだけかと思うと、中々に名残惜しいものがある。
まだ知らない部分も多いけれど、一日のほとんどをお屋敷で過ごしているのだ。
当然愛着は湧くし、ベルナデット様や使用人方ともいい意味で気の置けない瞬間が生まれるようになった。
自分で言うことではないけれど、私という存在がここの空気に馴染んできた。
そんな実感がある。
なんていうかそれは、進級後のクラス替え。
新しい教室は、明かりが付いていても活気に溢れていても、どこか冷たくて彩度が低いと感じる。
だけど時間が経つごとに、思い出がひとつ増えるたびに、景色は熱を宿していき、次の進級が迫る頃に振り返ってみると、いつの間にかそこは、とても色鮮やかな空間になっている。
今のプティエールはまさにそうだ。
まだたったの五日だけど、それよりもずっと長い時を過ごしたかのように、ここはとても、温かい。
「…………」
……夕暮れ時だからか。それとも朝のあれがまだ響いているのか。必要以上にセンチメンタルになってしまった。
これではいけないと、私は手元の木箱に意識を向ける。
「こちらは、いかがいたしましょうか」
「そこの棚の上に。中を確認するから、開けておいてくれ」
「かしこまりました」
指定された棚に木箱を置き、そっと手を添えて、上蓋を開ける。
箱の中は左右でスペースが分かれており、左側には素朴ながらも日常に控えめに花を添えるような指輪が五つ。
そして右側には一目で高級志向だと分かる豪奢なネックレスが一つ。
どれも中心に宝石があしらわれているが、ネックレスのほうはどうやら薔薇のような赤――ベルナデット様の家名と同じ、そして学院のループタイにも使われているのと同じ種類の物のようだ。
だがこれは……思わず、息を呑む。
ループタイの装飾品も、知識が無いなりに綺麗だとは感じたけれど、これはそれより一段か二段ほど上。
発色か、透明度か、加工難度の高そうな形か――どこが明確な差異となっているのかは分からないが、それでも確かに、何かが違うと感覚が告げている。
これは……。
「どうかしたか、マリモ」
机の上に散らばる資料を片付けて、こちらに来るベルナデット様。
「まさか、実は手グセが悪い、なんて一面があったりするのかな?」
「またそのようなご冗談を。……見惚れていたのです。まるでベルナデット様と初めてお会いしたときのように」
「……口説いているつもりか?」
そうだ。この感覚は、あの窓際で青空を見上げていた、ベルナデット様の左目に感じたものに近い。
さすがに、あのときほどの鮮烈さはないけど……何なのだろう本当に。
と、感覚に振り回される自分をもどかしく思っていると。
「それは、ある特別な宝石を模倣して造り出した物だ」
穏やかな声が頭上から降り注ぐ。
いつの間にか、私の隣にベルナデット様が立っていた。
正確には測ったわけではないが、キリエの身長――百六十九センチと比較したところ、ベルナデット様の身長は推定百六十七センチ。
私からすれば充分すぎるほどに長身の部類だ。
ので、多少面食らいつつ半歩下がってから、主人の話に耳を傾ける。
「……模倣宝石だが、天然の肩書きに胡坐をかいているような石よりは価値があるだろう。学院に提供している物と同じく魔石としても使える。
というより、学院に提供している物を法人向けで、大量生産と引き換えにある程度質を抑えた物とするなら、そちらは上流階級の方々に向けたバージョンアップ版といったところだ」
魔石――魔術式を刻むことで、魔導具としても使用できる代物だ。
主人の手首にブレスレットのように巻かれた、私が巻いた、ループタイに目を向ける。
今さらだけど、これを提供しているのがベルナデット様だということは、人工魔石は別に、学院が魔術の専門機関としての特殊なルートで入手しているわけではない……のよね。
それって実は、かなりとんでもないことではなかろうか。
そしてその疑問は。
「ある特別な宝石を模倣して、造り出されたモノ――」
最初の言葉に立ち返る。
ベルナデット様の返事は、ない。
ぼーん、と大広間に置かれた古い機械仕掛けの鐘の音が、遠雷のように響いて聞こえた。
「夕食の時間か。またいつもの静かな食卓だ。話し相手になってくれよ、マリモ」
「はい、ベルナデット様。ではこれで、失礼いたし――――、?」
一礼して部屋を後にしようとした、その束の間だった。
言葉が途切れる。何か――声が聞こえたような気がして。
「――――?」
本棚の置かれた壁に身体ごと向ける。今のは声は一体なんだ?
声……そう、声だ。音じゃない。
それは言葉ほど鮮明ではなかったけれど、笑い声のような、何か感情の込められたものだった。
「マリモ?」
訝しげに、あるいは心配するように、私の名を呼ぶベルナデット様。
「……あの。口にするのは多少憚られるのですが、声が聞こえた気が……」
「本棚のほうからか?」
「はい。実は今朝も、その辺りが一瞬、光ったように見えて」
「おいおい……私の部屋を幽霊部屋にしないでくれよ」
茶化すような台詞。その場で一分ほど立ち尽くしてみたけれど、結局、特にこれと言った現象は起きなかった。




