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ビニース・ザ・ウィール -反逆少女と宝石令嬢-  作者: 悠葵のんの
第二章《to dress, un-dress and, re-dress》
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第44話『起源論――逆行運命、果ての剣』

     ☆


 ベルナデット様から下がるように言われ、応接間をあとにしてしばらく。


 どうも昨夜から帰っていないらしいライナさんの代理で、鉢植えの位置替えや温室の手入れなどの雑務を井戸端三姉妹で引き受け、こなし終えた午後五時頃。


 小一時間ほど手が空いたのでどうしたものかと、お屋敷内を歩いていたところ。


「あ、居た居た。探していたんだよ」


 斜陽の射し込む大広間で――ジュリエッタ先輩に呼び止められた。


「どうかなさいましたか、セルヴィール様」


「うん。とりあえず、家名で呼ぶのはやめて。いい? 好きじゃないの」


「は……はい、かしこまりました。ジュリエッタ様」


「よろしい」


 満足そうに頷くジュリエッタ先輩。

 この方とは昨日の今日でといった感じはあるものの、特に気まずさや話しづらさみたいなものはない。


 きっと私が私自身の選択を、その責任を負おうとするように。

 先輩もまた、どのような糾弾も受け止めようという姿勢だからだろう。

 その開き直りとは違った意味での覚悟が、私たちの間に、絶妙にドライな距離感を生んでいた。


「それであなたのことは、ジュナって呼んでもいい? そっちのほうが私に似て、響きが好きなんだけど」


 ジャブ。割り切りすぎて、軽く顔面に一発食らった。


「それは――、……申し訳ございません。できればマリモとお呼びいただけますと……」


「ふぅん? あなた、自分が嫌いなんだ」


 ジュリエッタ先輩は何の脈絡もなくあっさりと言ってみせる。

 ジャブ二発目。端的に核心を突いた、私自身よりもマリモジュナを見透かしたような鋭い指摘に、くらっとする。


「私は家が嫌いだからセルヴィールの名で呼ばれたくない。だからあなたもそうなのかなって思ったんだけど、違った?」


「……当たらずとも遠からずといったところです」


 百パーセント的中、というわけでもなかったが、しかしわざわざ詳しく語って訂正することでもないと思ったので、そう答える。


 すると先輩は、ならいいや、とあっさり引き下がってくれた。


 しかし次の瞬間、じっと私を観察するように、切れ長の目が細められる。

 その眼差しに、またも何かを言い当てられるのだろうかと、多少身構えると。


「ねえ――マリモって、どこに居ても得体のしれない居心地の悪さを感じる人?」


「え?」


「心がいつまでも休まらなくて、自分が本当に辿り着くべき場所を探して、いろいろ転々としているような」


 本当に、精神分析のようなことを口にするジュリエッタ先輩。


「どう、でしょうか。確かに、良くも悪くも心が休まることはあまりないかもしれませんが……全部が当てはまっているかと言われると……」


「でもきっと、方向性は合っているはず……ええ、姉さんはあなたのそういうところに私の影を見ているのかもね。【修羅】――あるいは【冒疾】、そしてスパイス程度の【驕傲】。要するに、私たちは結構似たもの同士ってこと」


 シュラ? ボウシツ? キョゴウ?

 絶妙に脳内変換できない音の響きに、首を傾げる。


 けど、先ほどの分析じみた物言いといい、パーソナリティを表していそうなそれらは、昨夜晩餐会で耳にした起源論とやらに関わるものではないか――私は何となく、そう直感する。


 やっぱり性格診断的な……この世界流のMBTIみたいなものかな、起源論って。


 ちなみに私が指すMBTIとは、あくまでネットで手軽にできるモドキのほうだ。

 実際はお金を払いきちんとした検査を受けて導き出すモノらしいが、世間的な認知ではモドキのほうが圧倒的なため、私もそれに流されて、それをそのままMBTIと呼称している。

 

「さて。そろそろ本題に入ろっか」


「あ、はい」


 言われてみればまだ、ご用件を伺っていなかった。

 中々疲れる前置きを終え、私は使用人としての姿勢を正して、ジュリエッタ先輩のお言葉を待つ。

 すると先輩はまず、実はずっと片手に持っていた、小さな木箱を差し出した。


「これ、広告写真の撮影に使った宝石。あなたからベルナに返しておいてもらえる? 今顔を合わせたら、姉さん関係のことでお説教が始まりそうなんだよね」


 用事も済んだしさっさと退散したいんだ。と、浮かべられる悪戯な笑み。


「かしこまりました。お預かりいたします」


「よろしく。じゃあ次。昨夜は悪かったね。そのお詫びとして、何か私にしてほしいこと、欲しい物とかあったら、その望みを一つだけ叶えてあげる」


「……してほしいこと、欲しい物……で、ございますか」


 呆気にとられながら、口にする。

 さらりと紡がれた謝罪もそうだけど、あとでちゃんと埋め合わせするとラフィーネさんに言っていたのは本気だったのかと、失礼ながら少し驚いてしまった。


 感情表現に乏しいというわけではないのに、本心も冗談も等しく平淡に口にするジュリエッタ先輩の調子は、中々掴めない。


 初めて対面したとき、この人からは二人目の母に似た雰囲気を感じたが、なるほど確かに、その豪胆さというかポーカーフェイスぶりはビジネス向きなのかもしれない。


「参考程度に教えると、クーペさんからは珍しい食材を注文されたよ」


 そうなんだ。と、埋め合わせがクーペさんにも行われていることに安堵。

 しかし、うーむ。そうは言われてもどうしたものか。

 特別欲しい物とか思いつかないし……この場はとりあえず保留、ということにしてしまおうか。


 いや、でもこういうのって早めに済ませておきたいというか。

 後々この件を引き合いに出して何かを要求するのは……気が引けるというか。

 逡巡。黙すること数秒。そして思いついた候補が、二つ。


 そのうちの一つは自分で達成することに意味がある。

 よって私は、残りの一つを選択した。


「……でしたら、起源論について教えていただけませんか?」


「起源論? 別に構わないけど、本当にそんなのいいの?」


「はい。この世界に来たばかり、魔術も習い始めたところなので、そういったことに疎いのです。ジュリエッタ様は『個人指導員ハンドラー』資格をお持ちと聞きました。ですのでぜひ、ご教示いただけたらと」


「……一応言っておくけど、起源論って多分、授業には役立たないと思うよ?」


「それでも構いません」


 即答する。

 起源論――それがたとえ魔的要素を取り入れた、ただの性格診断だったとしても、これで貸し借りがなくなるなら、むしろそれぐらいがちょうどいい。


「ふうん……分かった。今、何も仕事抱えてないよね?」


「あ、はい。あと四、五十分ぐらいは何もありません」


「じゃあそこ、座ろっか。もう帰るつもりだったけど、少し講義してあげるね。それからあとで、論文のことをまとめた私のノートをあげるから」


「ありがとうございます……!」


 そうして私とジュリエッタ先輩は、暖炉横のソファーに向かい合う形で腰を下ろした。

 本当は使用人が階上の家具を使用するのは良くないのだけれど、そこは元使用人かつ型破りなジュリエッタ先輩。

 自分だけ座ってるのはやりづらいから席に着きなさいと、高圧的な口調で気を回してくださった。


「ええと、まずは……起源論の起源についてから、かな」


「よろしくお願いします」


「起源っていうのは、原初の神様が自己進化の方向性を決めるために生み出した概念のことだよ。転じてそれは、起源が創造された地点から流れ始めた概念の川、つまりは――運命、とも呼ばれている」


 ――なるほど。すべて理解した。これ、かなりハードルの高い話だ。


 と、危うく初っ端から思考を拒絶しかけたが、何とか踏み止まる。

 ……まだ大丈夫。ええ、きっと。


「――【勇敢ゆうかん】、【無念むねん】、【刹那せつな】、【虚飾きょしょく】、【冒疾ぼうしつ】、【修羅しゅら】、【冀望きぼう】、【救済きゅうさい】、【驕傲きょごう】、【戦慄せんりつ】、【責負せきふ】、【慈愛じあい】、【渇欲かつよく】。

 全部で十三種類の起源を生み出した神様は、次に世界という実験場と、それぞれの起源を一種類だけ宿す実験体を創造し、選定を行った。

 どの方向性に進化すればより良い結果に辿り着けるのか、それを運命の代弁者たちに争わせて、解明しようとしたってことだね。

 だけどそれには長い時間を必要した。十三の起源が少しずつ交錯していき、やがて一本の大いなる流れが形成されるまでの、長い時間が。

 さらに時の流れは、世界に新たな鼓動、十四番目の存在をもたらしたの。

 十三の起源の総体を心と定義し、内包した生命。

 それこそが――――私たち人間。と、されている。

 起源の混線と氾濫により、神性を失ってしまったちっぽけな存在。

 オドを持ちながらマナに干渉することも魔的法則の実現も叶わないノーマル。

 凡人にして、運命による束縛を超えた、普通という幸福の体現者――」


「…………」


 なんだか、想像よりずっととんでもない話だ。

 神様が自らの進化の最適解をシミュレートした結果、人間というイレギュラーが生まれた――か。


 いやでも、ヘリオスレッタは魔法や魔術が存在する異世界だ。

 それを前提にすれば、神話のようなコトが現実の出来事として存在したと言われても、わりと素直に受け入れられる……と思う。


「結局のところ、その実験というのはどうなったのですか?」


「『起源選定』は人間によって否定されたらしいよ。神様は自らの神性と引き換えに心を獲得し、人は選定の終わりと共に閉じるはずだった世界の未来を獲得した。ざっくり言うと、神様が敷いた運命のレールをぶち壊してやったわけだね」


 心底愉快だというように、ジュリエッタ先輩は笑いながら言った。

 先輩も家の掟――誰かに敷かれたレールから飛び出した立場であるがゆえに、シンパシーのようなものを覚えたのだろう。

 それから先輩は、同じ調子のままで言う。


「それが、あなたたち転生者が前に生きていた世界の話」


「――――え」


 前提が、崩れた。


「そんな、まさか……。とても壮大な話でしたけれど、ヘリオスレッタに比べたら、至って普通の平凡な世界でしたよ? それこそ魔法や魔術なんてのは空想の産物、みたいな」


「じゃあそうなる前に、そういうことがあったんじゃない? それか選定のことは秘匿されていて、世界の裏側ではこういうことが起きてましたってパターンとか」


「………」


 言われてみれば、以前ルカと話をしたときに、魔術は前の世界から学んでいた的なことを聞いた気がする。

 そのときはスルーしたが、それはつまり、私が知らなかっただけで前の世界にも魔的法則の存在はあったということだ。


 にわかには、信じられないことだけど……。


「ともかく、ここで重要なのはね? このヘリオスレッタでは、なぜかその運命という車輪が、形を変えて回り続けているってこと。

 それが何を意味しているかっていうと、まず、この世界で魔的法則を行使できる人――つまり神性を宿している人は、人でありながら必ず、それら起源のどれかが欠落してるの」


「起源の欠落……」


「だってそうでしょ? 起源の混線によって神性が失われたっていうなら、逆に内包した起源の種類が減れば減るほど、その神性は、神様が生み落としたばかり頃の純度に近付いていくってことなんだから」


 それはまるで、人を生み出した運命の川を逆行するかのように。


 だから起源の欠損はイコールで神性を取り戻すこととなり、そのまま魔的法則の行使の可不可に繋がる、ということか。

 あくまで起源論の解釈によれば、だけど。


「ですがそうなると、起源が欠落している人……私たちはどうなるのですか?」


「起源は人の心を構成するモノだからね。当然、個人の性格や行動に影響する。

 たとえば喜怒哀楽の喜びに対応する起源――【救済】が欠けている人は、その人生において喜びという感情、あるいはそれをもたらす運命に巡り合えないってことになるのかな。

 そんな風にパーソナリティを分析することで、その人に最も強く現れている起源を、歩む人生の傾向を、割り出すことだってできるわけ」


「……血液型で言うと、この人はA型だから真面目で几帳面な性格、仕事はコツコツやる事務職が向いているから、将来はそうなりやすい……といった感じですか」


「まあ、そういうこと。だから今のところ、大衆は起源論を表面的に、流行りの性格診断の一つとしか認識してない。

 でも、起源論の本質はそこじゃないの。私たちは起源、つまりは運命を通して、神様と繋がっていると言えるでしょ?」


 頷く。起源の混線した大きな流れを海とするなら、それが元の川と、そのさらに元となる雨を降らせる神様と繋がりを持つというのは、分からない話じゃない。


「ゆえにヘリオスレッタに生きる私たちは、自らの起源に殉ずるほどの極限の生き方を選択し、運命という大いなる奔流に逆らい、魂を輝かせたそのとき――本当の意味での起源に辿り着ける、とされてるんだよ」


 本当の意味での、起源。

 海から川へと、下流から上流へと。

 そうしてどこまでも遡っていけば、いずれ始まりの泉、運命の起点に到達できる――その権利を、ヘリオスレッタを生きる我々は持っていると。なるほど、でも。


「そうなると、どうなるのでしょうか?」


「曰く――『至純なる起源に到達した者は、光の世界で剣を手にする。そしてその剣は【イノセント・エゴ】への道標となる』」


「――、――」


「あ、ちなみに【イノセント・エゴ】ってのは原初の神様の名前ね。いつ誰が名付けたのかは分からないけど、少なくとも論文内ではそう記載されてた」


「……剣が神様への道標となるというのは、そのまま、人には神様になれる可能性がある、と受け取っていいのでしょうか」


「いいんじゃない?」


「ジュリエッタ様は、そうは思っていないのですか?」


 そういうニュアンスを感じたので尋ねてみると、先輩は思案げに視線を流しながら、顎に指を添えて、それから再び私を見て、答えた。


「否定も肯定もしない。ただ、漠然と自分なりの解釈を持っているだけだよ。……ねえ、マリモは、『因果の引力』って聞いたことある?」


「いえ、初耳です」


「それは死の因果とも言うんだけど、要は『ヘリオスレッタの転生者は前世と同じ死に方をするのではないか』っていう議論の中で生まれた言葉だよ。

 この世界に転生するにあたって、転生者の身体は再構築されるみたいだけど、魂は生前の記憶を保管したまま再利用される。

 ゆえに因果の引力――人は、魂が学習してしまった死に方に引っ張られてしまう、とかなんとか。……まあ、統計のマジックとは言われているけどね。

 だけどもし、それにも起源が関わっているとするなら。至純なる起源に到達するということは、自らの運命を司る剣を掌握するってことなんだと思う。

 この世界における転生が、ヘリオスレッタに流れる運命の中に踏み入ることだとするならば、魂が引かれてしまう因果に対して、起源を以て抗うことで、辿るべき結末を変えられるかもしれない。

 ――自分のレールに選択権を持つ人。自分で自分の死に場所を選べる人。

 それは確かに、神様と同じくらい眩しくて、強い存在に見えるよね」


 言って、ジュリエッタ先輩は微笑んだ。

 羨むように。悲しむように。


 家の掟に背き、自ら自由への航路を進んだ。

 欲しいモノは、手に入れたはずだった。

 しかし、どうしてか、満たされない心がある。

 これが満たされることはないのかもしれない。


 起源の果てに辿り着かない限りは、あるいはもう――何をしても、一生。


 そう予感しているかのような、見ていて寂しくなる表情だった。


「……ま、ざっとこんなところかな。何か質問、ある?」


 一瞬で表情を切り替えた先輩は、なければ講義は終わりだけど、と尋ねてくる。

 ならばと私は、秘かに引っかかっていた点をここぞとばかりに引っ張り出した。


「あの、話を最初のほうに戻すのですけど、神様のために起源を選定していた存在というのは、人間ではないのですよね? 言ってみれば、人間の祖先みたいなものですから、姿形にそこまでの差異はなかったとしても」


「うん? その認識に間違いはないと思うけど」


「ならその内面はどうでしょう。強い神性を宿していた以上、たとえば内的魔力――オドがすごく多いとか、感受性が特別強いとか、単純に身体能力が高いとか」


「んー、あるかもねー」


 微妙に本筋から逸れた質問だったからか、気の抜けた声が返ってくる。

 一方で私の頭の中では、ある仮説が組み立てられていた。

 私の、そしてキリスキリエの、常人離れした身体能力についてだ。

 もしもこの考えが正しければ……あのエトランゼ粒子がもたらした変化とは、即ち――。


 思考しているうちに、ジュリエッタ先輩がソファーから腰を上げた。


「じゃ、講義はこれにて終了ってことで」


 ありがとうございました、と私は一礼する。あとでノートを頂けるとのことなので、これ以上の詳細については自分で詰めてみるとしよう。

 荷物を取りに行くためか、二階に続く階段へと踵を返すジュリエッタ先輩。

 その背中に、ふと。


「あの、最後に一つだけ、よろしいでしょうか」


「なに?」


「ジュリエッタ様はなぜ、世間的にはまだ重要視されていないという起源論に、注目されているのでしょうか?」


 プラン曰く、先が見えているというその瞳に、起源論はどう映っているのか、気になったのだ。

 そして彼女は答える。極めて平淡に、何でもないように。


「別に、特別な理由なんてない。ただ私には私の歩む道がある――それを肯定してくれたのは起源論だけだった。本当に、それだけのことだよ」



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