中 編
ラインフェルデン学院高等部の中庭に面したティールームで、モーリッツは婚約者のヒルデガルトと、その親友のフロレンティーネと共にアフタヌーンティーの席を囲むことになった。改まって誘うまでもない週に一度の定例デートに赴くと、ヒルデガルトの隣に当のフロレンティーネがいたのである。
澄ました顔で挨拶してくるフロレンティーネに対して、モーリッツは少々言葉に詰まった。聞き込みの対象が予期せず目の前にいるなど、なんともばつが悪いものだ。
「たぶんモーリッツ様は、私について聞き出すように命じられるのではないかと思いましたので、ヒルデに頼んで同席させていただきました」
「あぁ、はい、その通りです」
はっきりしない返事をしてしまったモーリッツに、ヒルデガルトがにこやかに微笑みかける。
「私もお話ししておきたいと思っていましたの」
「……えーと?」
フロレンティーネが席に着くように促す。
「まずはお茶を先にいただきましょう」
こうして美少女二人と共に、優雅な午後のお茶の時間を過ごす展開になったのだ。
テーブルを挟んだ反対側に並ぶ二人をみて、モーリッツは対照的だなと思った。
ヒルデガルトは金髪の巻き髪で、目力の強い溌剌としたタイプだ。一方のフロレンティーネは、漆黒のストレートヘアが陶器のような白い肌を引き立て、感情をあまり表に出さないアメジストのような瞳が特徴的で、どことなく人形めいている。大人しそうに見えるものの、実は歯に衣着せぬタイプなのだと、ヒルデガルトからは聞いていた。
モーリッツは、フロレンティーネの背景を充分に知っている。ヒルデガルトとの婚約にあたって、その交友関係を確認するのは当然であり、実家が調査を行ったからだ。
クラウス伯爵の長女である彼女は、両親との交流がほぼない。弟が生まれて以降、母親は別邸で暮らし、父親は文部省勤務で忙しいのか家に帰らない状態だ。初等教育校に入学する五歳まで、弟以外に同年代の子供と接する機会がまったくなかったらしい。
ただ、文部省次官を務めるだけあって、父親は子供たちの教育には熱心で、優秀な家庭教師が付けられた。しかも当人が飛びっきり優秀だったことから、初等部に入学した時点ですでに二学年先までの学習内容を修了しており、どんどんと飛び級をくり返した。年齢と学年の差を埋めるための時間調整として、他国へ留学していたほどだ。高等部に入学した後もすぐに進級したため、現在は高等部二年に在籍している。
そのような経緯で、クラスメイトは常に数歳年上、自宅の使用人は当然ながら皆大人、というコミュニケーション能力が育ちにくい環境にいた。その結果、貴族社会で不可欠な忖度や追従、空気を読むといったことが苦手なようだ。故にたいていの場面で孤立した。
その彼女の唯一の友人が、ヒルデガルトだ。平凡な成績のヒルデガルトと親しいのは意外に思われたが、当人たちから以前聞いた話によれば、子供たちの交流を図る名目で定期的に開かれる初等部の茶会が接点だったとのこと。悪気なく事実を述べて正論を口にするために周囲から浮いてしまうヒルデガルトも、どちらかといえば孤立しがちだったため、ぼっち同士仲良くなった、とは二人の弁である。
何事にも秀でたフロレンティーネは、なにかと表彰されたり、学校代表に選出されたりなど、常に目立った存在だった。しかし、ヒルデガルトは気後れすることなく、友人として接し続けていた。
なにかの折りに、優秀すぎる王太子と自分との差を気にしていたモーリッツが、それを口にしたことがある。するとヒルデガルトは自分とフロレンティーネの関係を持ちだした。一緒にいて楽しいから友人なのであり、相手を羨ましいとは思っても、妬ましいとは思わないと言った。モーリッツ自身、王太子を妬ましいとは思っていなかったので、妙に納得したことがある。
三人がカップを飲み干したところで、ヒルデガルトはティーポットに手を伸ばした。二杯目を注ごうとするのを、隣に座っていたフロレンティーネが「私はもういいわ」と小さく声をあげて制し、ヒルデガルトがポットを下ろした。
折しも両隣のテーブルがちょうど空席となった。おそらく周囲に誰もいなくなるタイミングを計っていたのだろう。
「さて、モーリッツ様、お見合いの件、ですよね?」
「ああ、はい、そうですね」
モーリッツが曖昧に返事をすると、フロレンティーネは口角をほんの少し上げただけの小さな笑みを浮かべた。
「ディートリヒ様は、お話をする分にはとても楽しいお相手です。ですが率直に申し上げて、これ以上のお付き合いをしたいとは思っておりません」
「……そうですか。理由をお聞きできますか?」
「それは、単に私がディートリヒ様に良い印象を持っていないからです」
純粋にモーリッツは驚いた。学業優秀、品行方正、なにごともスマートにそつなくこなすディートリヒは、女性人気が高いことは確かだ。
「フロレンティーネ嬢は、ディートリヒ先輩のことは以前からご存じだったんですか?」
「ええ。だってカミラ様のお兄様ですから」
「あー、それは……」
モーリッツが口籠もり、フロレンティーネがすっとアメジストの瞳を細める。
「今モーリッツ様が思いついたことはたぶん違います。私は、カミラ様という妹様がいらっしゃるから、そのお兄様には近づきたくないと言っているわけじゃありません。むしろ逆です」
「……どういう意味でしょう」
フロレンティーネは落ち着いた声音で続けた。
「私はカミラ様が好きなので、カミラ様を嫌ってらっしゃるディートリヒ様を好ましくは思わないのです」
「えっ!?」
モーリッツは口をあんぐりと開けた。
確かにディートリヒは妹と仲がいいとはお世辞にも言えない。嫌っていると表現したほうが正確だろう。だが、世の女性の反応は、ディートリヒには近づきたいが、カミラには近づきたくない、という認識がモーリッツにはある。
訳がわからず目を点にして固まっているモーリッツに、ヒルデガルトが顔を覗きこんでくる。
「モーリッツ様、私もです。私もカミラ様のこと、大好きです」
「ヒルデも? いや、だって、その……」
ヒルデガルトが、あからさまに不満そうな表情を浮かべた。
「多くの方がどう思われているのかは存じてます。でも、あんなの嘘です」
フロレンティーネも、隣の少女と似たような表情になっていた。無表情がデフォルトの彼女の変化に、モーリッツは驚く。
「そうです。せめてご家族は正当に評価して差し上げるべきでしょうに……。ディートリヒ様にとっては、学業成績だけが評価基準なのでしょうか。実の妹を見下して、理解しようともしないなんて、狭量という他ありません。ですから、そのような方の隣に立つ気など、毛頭ございません」
うわあ、ほんとうに辛辣だ、と内心でモーリッツは思った。言い放つフロレンティーネの声は、氷点下である。
ディートリヒの妹、カミラ・ノイエンドルフ公爵令嬢は、半年前までは王太子であるアルノルトの婚約者であり、現在はヴィルヘルム第二王子の婚約者である。
彼女が学業不振なのは事実で、成績は常に底辺だ。他の女生徒に対して嫌がらせじみた真似をした話をしばしば耳にしており、教師にも反抗的な態度をとっていたという。さらに半年前には、ヴィルヘルムとの間に子供ができたことで、思慮が足りないとの評価も加わっている。
ディートリヒが彼女を遠ざけ、厄介者扱いしているのも無理はないと、誰もが思っていた。
「カミラ様を誤解している方が大勢いらっしゃるのは、その方たちの目が節穴だからです」
ヒルデガルトまでもが言い募る。
「……つまり……僕の目も節穴?」
「あっ!」
ヒルデガルトが目を逸らす。黙りこんだヒルデガルトの代わりに、フロレンティーネが口を開いた。
「モーリッツ様、よろしければカミラ様についてのお話を、少し聞いていただけますか?」
「拝聴します」
モーリッツが姿勢を正すと、フロレンティーネは口元にわずかな笑みを浮かべた。




