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側近の混乱の後の疑惑

 この国の王太子、サシュティス・ゴロッシュ様の側近、僕ゼシュア・クラードの脳内は今、混乱の極みにある。

 何がどうしてこうなった~⁉ と大声で叫びたいのを、必死で堪えているところだ。

 まさか貴族が通う学園で要人が行方不明になるなんて大事を、誰が予想できただろう。


 ミルドナ学園は、貴族が通うだけのことはあって、建物の造りも警備もかなり厳重にされている。

 関係者以外の人間が容易に入るのも難しければ、関係者が出ていくのだってしっかり確認されているのだ。

 授業中ならば尚更、警備兵が目を光らせている。

 もちろん、学園の周囲には二十人の兵士に守らせてもいた。

 そこに僕とエグタリット国の側近以外に、八人の騎士を護衛に連れ歩いていたのだ。

 いなくなった令嬢には、三人の侍女も付いていた。

 それなのにエリーナ・チェス様は、忽然と我々の前から姿を消してしまったのだ。

 ありえない! ありえないだろう⁉


 ――ちょっと、待て。

 落ち着け、ゼシュア。今まで散々サシュティス様の我儘に付き合ってきたお前だ。

 不測の事態には慣れているはずだろう。

 冷静に考えよう。

 僕は自分を叱咤して、改めてその時の状況を思い返す。



 学園の見学は、順調なものだった。

 案内していたイーグリー・エグタリット第三王子も、婚約者のエリーナ・チェス様も始終感心した様子で見学されていて、二人の笑顔に満足していただけたと僕たちゴロッシュ国の人間は安堵した。

 無事に見学を終えて城に戻ろうと、全員で学園の廊下を歩く。

 途中、サシュティス様が大事なハンカチを落としたと、護衛を三人連れて引き返していった。

 さすがに騎士を三人も連れて行くのは多いのではないかと思いもしたが、手分けして少しでも早く探しだすつもりだったのだろう。

 そして他国の王族をその場に待たせるのは申し訳ないと、休憩所に案内するよう指示を受けたので、僕はお二人をそちらに案内した。

 うん。この時点では、何も問題はない。


 休憩所に付いた僕たちは暫く待ってみて、サシュティス様の帰りが遅ければ先にお二人を帰そうと準備を始めた。

 王族が二手に分かれるのだ。

 今ついている騎士や外の兵士はエグタリット国のお二人に付かせるとして、サシュティス様用に新しい兵士を呼び寄せる必要がある。

 その行動に、二人の騎士を使った。

 これで我が国の騎士はいなくなったが、エグタリット国の護衛は残っていた。

 休憩所には要人のお二人と侍女が三人、僕と側近が二人、護衛が三人いる状態だった。


 そこでエリーナ様が身支度を整えるため、隣の部屋を使った。

 当然、三人の侍女も彼女に付いていった。

 扉の前には、二人の護衛が立った。

 僕はイーグリー殿下と雑談して、エリーナ様のお帰りを待っていた。

 イーグリー殿下の側には二人の側近と護衛が一人立っていたが、皆仲が良いらしい。

 彼らが談笑している姿に、僕は心が和んだ。


 だが、なかなか戻らないエリーナ様にイーグリー殿下が首を傾げた。

 僕は扉の前で待つ護衛に、中に声をかけるように頼んだ。

 彼らは何度も声をかけたが、隣室からは何の気配もない。

 返答がない状態に、その場にいる全員に不安が込み上げてきた。

 イーグリー殿下が扉を開けるように命じて、先ほど談笑していた護衛が、鍵のかかった扉を蹴破り中に踏み込んだ。

 ……そして僕たちは、その場に佇んだ。

 目の前には、倒れた三人の侍女の姿だけが残っていたのだ。


 すぐに学園内、外周辺を調べたが、エリーナ様の姿はどこにもなかった。

 どうやら三人の侍女は気絶しているようで護衛が懸命に起こすが、なかなか目覚める気配はなかった。

 騒然とするその場所にサシュティス様が、ハンカチがあったとのんびりと歩いてきたので、エリーナ様の失踪を報告した。

 するとサシュティス様はすぐに学園長と城に知らせるよう指示しながら、医療室に気付け薬があれば借りてきて侍女に使うようにも命じた。

 冷静にテキパキと対処する姿に驚きながらも、あの時だけは頼もしく見えた。


 学園長が駆け付けると同時に、侍女が気付け薬で目を覚ます。

 事の真相を訪ねると、隣室に入った途端、背後から布で口元を覆われたそうだ。

 そして気が付いたのが今だというのだから、布に何か薬が染み込んでいたのだろう。

 明らかに不審人物によりエリーナ様が攫われた状況に、誰もが悲壮感を漂わせる。

 しかし人一人を抱え込んで歩いていれば、必ず警備兵の目に留まるはずだ。

 よしんば警備兵の目を盗み、学園内から出られたとしても、外には兵士が見張っている。

 そのような状況で誰にも見つからずというのは、かなり無理がある。

 ということは、令嬢はまだ犯人と共に学園内に潜んでいるかもしれない。

 そう考えた僕たちは、学園の警備兵と城から来た騎士と共に血眼で捜索にあたったが、どこにもエリーナ様の姿はなかった。



「エリーナは? エリーナは、まだ見つかりませんか?」

「申し訳ございません。騎士団総出で捜索しておりますが、今のところ良い報告は……」

「王都内にも範囲を広げております。エリーナ様は必ず無事に殿下の元にお連れ致しますので、もう暫くお待ちを」

 イーグリー殿下が悲壮な表情で宰相や騎士団長に詰め寄るが、良い返事が聞けずソファに崩れ落ちた。

 殿下の側近の一人が、そんな彼を心配しているのだろう。

 何かを囁きながら、背中をポンポンと軽く叩いている。

 大丈夫だと安心させるようなその仕草に、信頼関係が築かれているようで羨ましくなる。


 彼らは内心、ゴロッシュ国の管理体制に不甲斐ないと苛立っていることだろう。

 それをおくびにも出さず、怒鳴りつけない姿はさすが王族だと思う。

 国王からの謝罪にも「とにかく早急に保護してください」とだけ言い、エリーナ様が見つかるまで国同士の問題は避けている。

 イーグリー殿下とエリーナ様が、お互いを想い合っているのは誰が見ても明らかである。

 そんな女性が何者かに攫われたのだから、心中穏やかではないはずだ。

 すぐにでも自分自身の足で捜索にあたりたいだろうが、殿下にまで何かあれば取り返しがつかなくなるため、こちらの立場を考慮して大人しくしてくださっているのだ。

 エリーナ・チェス様はあくまで婚約者であって、まだ王族ではない。

 責任問題が貴族令嬢の誘拐と王族に何かあった場合では、雲泥の差がある。

 それでも王族の婚約者として他国に連れて来ている以上、国同士の問題は避けられない。

 ああ、願わくば一刻も早く令嬢が見つかりますようにと、心の中で祈っていると、目の端にサシュティス様の姿が入った。


 国王が謝罪し、上層部が狼狽えている中で、彼だけは冷静にその様子を眺めている。

 そういえば、彼らしくもなく率先して現場に指示を出していたから気にもしていなかったが、本来なら彼はあの場の責任者である。

 真っ先に謝罪するべくは、サシュティス様なのだ。

 だが彼は謝罪もしなければ、慌てている様子もない。

 壁に寄りかかって状況を見ている姿は、不遜ともとれる。

 まるで自分には何の非もないという体である。

 いや、傲慢な王子だから勝手にいなくなったとでも思っているのかもしれないが、それにしてはあまりにも冷静過ぎる。

 まるで彼女がいなくなるのを知っていたかのような……。


 そこで僕はハッとした。

 そういえば、隣室の部屋でエリーナ様に身支度を勧めたのはサシュティス様ではなかっただろうか⁉

 ハンカチを探しに行く前に、その場所に僕たちを誘導したのは彼だ。

 それに女性の身支度を整えるのだから、もちろん男性である護衛は離れる。

 ただでさえサシュティス様が護衛を三人連れて行き、僕が帰り支度に二人を離れさせた。

 護衛を半分以下に減らした状態で、更に隣室へと彼女を隔離すれば誘拐はしやすく、また逃げる時間もとれる。

 まさか、サシュティス様がエリーナ様を攫った⁉


 計画的ではあるが、すぐにサシュティス様に辿り着いてしまう杜撰な犯行に唖然としてしまった僕は、いやいやと首を振る。

 確かにサシュティス様が怪しいとは思うが、エリーナ様を誘拐する動機が全くない。

 十二も年下の令嬢を、しかも他国の王子の婚約者を攫ってサシュティス様に何の得がある?

 どう考えても、何一つ良いことなどないはずだ。

 それどころか近隣国に背を向けられた我が国に、せっかく手を伸ばしてくれた大国エグタリットとの間で、大問題が生じる。

 戦争、とまではいかないだろうが、こちらの責任は免れない。

 王太子という立場で自分の国を危険にさらすことなど、クズのサシュティス様でもなさらないだろう。


 思わず訝し気な目でサシュティス様を見ていると、彼は婚約者が心配で青ざめているイーグリー殿下を見ながらスッと目を細め、あろうことか口角を上げた。

 まさか楽しんでいるのか?

 僕はこの状況下で信じられない表情を見て、疑惑を確信に変えた。

 早急に、内密で、宰相様に相談しなくてはいけない。

 ああ、どうか僕の懸念であってくれと心の中で祈りながら……。

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