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再び起こされる悪行

「素晴らしい学園ですね、サシュティス殿下」

 ニコニコと私の横で微笑むイーグリー・エグタリット第三王子。

 幼さの残る人懐っこい笑みに、今まで何の憂いもなく愛されて育ったことを実感させられる。

「これほど全ての学問に充実している学校は、初めてです。サシュティス殿下は在学中、どの学問に勤しまれていたのでしょうか?」

「私は……勉学は城で学んでおりましたので、学園では主に学友との繋がりを大事にしておりました」

「そうですか。それは上に立つ者として大切なことですね」


 ミルドナ学園を一通り案内して学園内にあるカフェで休憩をとっていると、イーグリー殿下が王太子である私に学園の感想を述べてきた。

 学園の思い出なんて、ろくでもないことしかない。

 ここでミモザに会わなければ、私は今頃フレーシアを王妃に国王として君臨していた。

 王太子などという立場で、十も年下の王子を相手に学園に来ることなどなかったのだ。

 のほほんと会話する王子に苛つきながらも口角を上げていると、婚約者のエリーナ・チェス嬢がふわりと微笑んだ。


「美味しいお茶ですわね。香りもとても上品ですわ。普段からこのようなお茶を召し上がれるなんて、この学園の生徒は幸せですわね」

「ハハハ、エリーナはお茶には煩いからね。サシュティス殿下が特別に、用意してくださったのかもしれないよ」

 お茶を心から堪能しているエリーナ嬢にイーグリー殿下が揶揄うように言ったが、それを真に受けた彼女は私の方を向いて大きな瞳を丸くした。

「え、そうですの? それは、大変申し訳ないことですわ」

 コロコロと変わる表情に可愛いと感じる内心を押し隠し、その心尽くしは是と答える。

「いえいえ。一応、このカフェに常備している物の中で、エリーナ嬢の好みをお出ししただけですので、お気になさらず」

「まぁ、私の好みをご存知で⁉」

「申し訳ありません。少々、調べさせていただきました。わざわざこの国に足を運んでくださった令嬢に、少しでも快適に過ごしていただきたく、余計な真似をしてしまいました」

「そんな……。殿下のお気持ち、嬉しく存じます」

 大袈裟に恐縮した風を装うと、エリーナ嬢はうっすらと赤みを帯びた頬のまま、頭を軽く下げた。

 王子の婚約者という立場で、このように感情を表に出すなんてこの国では信じられないが、イーグリー殿下の様子からして、お気楽な国柄なのだろう。

 だが、それがいい。

 フレーシアには見られなかった態度だが、その様子は大変好ましいものだ。


 私が目を細めて令嬢の姿に癒されていると、ゼシュアが耳元に囁いてきた。

「殿下、そろそろお時間です」

「では、城に戻りましょうか。学園の生徒も授業が終わる時間ですので、ここも騒がしくなるでしょう」

 サッと立ち上がり、思わずエリーナ嬢に手を差し伸べそうになったが、私たちの間にスッと立ち上がった青年にその役を奪われた。

 当然のように令嬢をエスコートするイーグリー殿下と、それを享受するエリーナ嬢。

 私の前で微笑み合う二人に、フツフツと怒りが湧く。


 それは私の女だ!

 その汚い手を離せ!


 そう叫びそうになって、フーっと息を吐く。

 慌てずとも私の手に落ちるのは、もうすぐだ。

 手筈は整っている。

 そろそろ私も動く時間だ。


「あっ」

「どうしました、サシュティス殿下?」

 馬車乗り場に向かう廊下で、私は突然声を上げる。

 皆の注目の中、ゼシュアが首を傾げて問う。

「すまない。先ほどのカフェで、ハンカチを落としてしまったらしい。取りに戻るから皆は先に行ってくれ」

「それでしたら、私が参ります。殿下は皆様と一緒にどうぞ」

「いや、カフェだとは思うが、違ったらその先も探さなければいけなくなる。あれは王妃からのプレゼントに頂いた物だから、失う訳にはいかないのだ。悪いが、そうだな。そこの騎士三人付いて来てくれ。後の者は先に戻っていてほしい。お二人の案内はゼシュア、しっかりと頼んだぞ」

「でしたら、ここでお待ちしております。お時間がかかるようでしたら、お知らせくだされば先に戻らさせていただきます」

 私が先に帰るよう促すと、イーグリー殿下がその場での待機を申し出た。

「ああ、申し訳ない。でしたら近くに休憩室があるので、そちらにどうぞ。身支度を整える場もその隣にあるのでエリーナ嬢も待っている間に、よければお使いください。ゼシュア、案内を」

 イーグリー殿下には謝罪をして、ゼシュアには他国の王族を廊下で立ち尽くさせている訳にもいかないので、ひとまず休憩室に案内するよう伝え、エリーナ嬢には待っている間に身支度を整えるよう促した。

 私が立ち去るのを見送る際に浮かべた笑みは、誰にも気付かれなかった。



「これは一体、どういうことですの? サシュティス殿下、ここはどこなのです?」


 目の前で最愛の女性が、困惑した表情で叫んでいる。

 ああ、この顔を何度見たかったことか。

 私はうっとりと彼女を見つめて、甘い言葉をかける。

「ああ、フレーシア。やっと私の元に帰って来てくれたんだな。あまりにも遅いから迎えに来てやったよ」

 縄で手と足を縛り、寝台の上に寝かせてある令嬢の頬を、そっと右手で触れる。

 温かい。

 やはり死んだなんて嘘だったんだ。

 こうして彼女はここにいる。

 私が右手を動かそうとすると、目の前の女性はブンッと顔を振り、私の手から逃げた。


「何を言っているのですか? 私はエリーナ・チェスですわ。フレーシア様とは、どなたのことですの?」

「ああ、それは仮の姿だろう。君はフレーシア・タリトだ。私の最愛の婚約者。すまなかったな。私が幼かったばかりに、君には嫌な思いをさせてしまった。だが、もう心配するな。私は大人になって変わった。もう二度と、君を悲しませたりしない。大切にすると約束しよう」

「何を仰っているのか、わかりません。私はエリーナ・チェスで、イーグリー・エグタリット第三王子の婚約者ですわ。早くこの縄を解いてください。両国間の間で大変な問題になりますわよ」

 眦を上げてキツイ口調で言い放つ彼女に、私は口角を上げる。

「大丈夫だ。何も心配することはない。私はこの国の国王になることを約束された王子だ。第三王子とは立場が違う。エグタリット国もこれ以上はない両国の結びつきに、喜んで君を差し出すだろう」

「……本気で仰っているのですか?」

「当然だ。君の過去も未来も全てが私のものだ、フレーシア・タリト。私から逃れることは決して許さない」

 私がニンマリ笑ってそう伝えると、彼女は異形でも見たかのような引きつった表情をした。


 ああ、まだ自分が何者かわかっていないのだな。

 エリーナ・チェスとしての記憶が、邪魔をしているのだろう。

 フレーシア・タリトの記憶さえ戻れば、彼女は私の腕の中に飛び込んでくるはずなのに。

 スッと手を伸ばすと、彼女はビクッと身を引いた。

 すっかり怯えてしまったようだ。

 プルプルと震え、青い顔で睨みつけてくる彼女に、私はここで無理に言い寄っても無駄だと悟った。

 仕方がない。

 少し時間を設けるか。

 負担を掛けないように、ゆっくりと思い出してもらおう。


「フレーシア・タリトの記憶が戻るまで、この部屋で過ごしてもらう。この者が君の世話をするから、私がこの部屋を出て行ったら、縄を解いてもらえ」

 そう言って、私は後ろで控えている侍女を呼び寄せた。

 おずおずと近寄って来たのは、この区域の侍女頭ドンナ・オンリカだ。

 口が堅いのはもちろんのこと、この者は侍女頭としてミモザの世話も長い年月、侍女たちを上手く使って外に漏れないようにしてきた有能な人物だ。

 今回手駒にするために、私は彼女の過去を少し調べた。

 有能な人物ではあるが、やはりというべきか彼女もなかなかどうして、かなり手広く大胆な行動をとっていたようだ。


「ポケットの中で膨れ上がった物を公に晒されたくなければ、どうするべきかわかっているな⁉ 彼女のこと、頼んだぞ」

 ビクッと跳ねる肩をポンッと叩いて、私はその部屋を後にする。

 ドンナは裏切れない。

 裏切ったが最後、彼女に明日はないのだから。

 気が付けば、私の口からはクククという笑いが零れていた。

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