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その3

 最近、幸樹の仕事が立て込んでいて、かなり忙しいらしい。おかげで私たちはデートをする暇もない。まあメッセージでのやり取りは毎日してるんだけどもね。


 というか、メッセージのやり取りでもしてないと、あの人ってものは、無理やりにでも会いに来ようとするからたまったものじゃない。


 私のことなんてどうでもいいから、きちんと休んで欲しいのだ。


 無理してるんじゃないかとか、きちんと寝れているんだろうかとか、そう言うのが心配にもなる。


 だけど私がそういうメッセージを送ると、心配性だな。なんて、軽く返されてしまうのだが、そっくりそのまま彼に同じメッセージを返してやりたいときがたまにある。


 彼だって人のことを言えないくらいの心配性だと思うのだ。


 ご飯は食べたかとか、きちんと寝てるか、休憩は取っているか、風呂に入れとか、歯を磨けとか、しまいにはお母さんかっ!? と言いたくなるほどのメッセージを送ってくることもある。


 よく考えると、私ってそんなに心配されるほど、ぼうっとしてるように見えるんだろうか? まったくもって心外だ。


 それにしても、かれこれひと月。彼に会ってない。


「うーーん」


 スマホのメッセージ画面を開いたまま、悩むこと30分。


「もうネタが尽きました」


 それでも、ひと月。私はよく頑張ったよ。


 そもそもまめな方でもない私が、ひと月何とかひねり出してきたくだらない話題は、もうとっくにネタ切れである。


 と言うか、話したいことはあっても、こういうメッセージのやり取りでは、長文を書くのが面倒くさくて、次に会った時に直接、話せばいいかと思って避けてしまう。


 ここ2・3日のやり取りを見返してみても。


『おはよう』


『行ってらっしゃい』


『お昼食べた?』


『今日も遅いの?』


『ゆっくり休んでね。お休み』


 くらいのやり取りばかりで、まともな会話になってない。


「会いたいってのだけは、今、絶対に書いちゃいけないやつだしなぁ」


 そんなことを書こうものなら、絶対に無理してでもあの人はうちに来ちゃうし。


「あーーー。幸樹ぃ……あ、そうだ」


 会いたいってのは言えないけど。


「えっと、声が聞きたい」


 とメッセージに入れて送信ボタンを押す。


 これくらいなら、許されてもいいはずだ。と言うか、なぜ一か月間もそれに気が付かなかったんだ私。と思ったけど、送った後で後悔した。だって。


「んあぁっ! 声を聞いたら会いたくなっちゃうじゃんっ! 馬鹿なの私っ!!」


 だから、幸樹だって電話をしてこなかったんだと、今さらながらに気が付いた。


 時間は午前10時30分を回ったあたりだ。あと1時間ちょいで幸樹がこのメッセージを見ることになる。と、私は慌てて、もう一回メッセージを入れる。


『やっぱり今のなし! こっちは大丈夫だから、お仕事頑張ってね! ちゃんとご飯を食べて、ゆっくり休んで』


 と送って、私は机の上にだらりと上半身を投げ出した。


「あ~~、もう。やだぁ」


 我慢は出来るのだ。会えないことで不安になることはない。まあちょっと寂しいけど。でも、我慢できないほどじゃない。

 

「仕事しよ」


 私は自宅で仕事をしているから、ほとんど家から出ない。集中してしまえば一日なんてあっという間に過ぎていく。


 だけど、ふとした瞬間に思い出すのは彼の声。彼の顔、そのぬくもり、匂い、そう言うのを思い出してしまうと、たまらなく会いたくなる。


 仕事を始めて1時間くらい経ったとき、私はどうにも集中できなくて、重苦しいため息とともに仰向けに寝転んだ。


 考え出すと止まらない。


 欲しいと思ったら、どんどん自分のわがままがムクムクと私の心を牛耳っていく。


 いや、だから今はダメなんだってば。もう少ししたら、忙しさも無くなるって幸樹も言ってたじゃん。それまでの我慢だよ。本当にもう少しだって。


 そう自分に言い聞かせても、それは無駄な努力にすぎない。


 だって、会いたいのだ。声を聞きたい。でも私は自分を抑え込むことに必死だった。迷惑になりたくない。嫌われたくない。仕事が忙しいのは分かってるんだから、我がままなんて言ってはいけない。分かってるのに。


 すごく寂しいなんて、そう思ってしまう自分が、本当に情けない。


 ちょっと、泣きそうである。


 すると、ふいに聞きなれた着信音が部屋に響いて私は飛び起きた。慌ててスマホを手に取ると、画面には愛しい人の名前が浮かぶ。


 おかしいくらい私の手が震えてる。そして電話に出ると――。


『我慢できなくなっちゃった?』


 なんて、優しい彼の声が、私の耳から脳を支配する。ああ。


「こうきぃ」


 思った以上に情けない自分の声に自分で驚いてしまう。


 彼の声を聞いただけで、私の胸の中は何かで満たされて一杯になって、それと同時に私の涙腺は溢れた気持ちをこぼしていく。


『うん。夕夏。俺も夕夏の声が聞きたかった』


「幸樹」


『うん。俺ももう、限界だったから、夕夏の声、もっと聞かせて』


「会いたいよ」


 言っちゃダメだったと我慢し続けた言葉は、彼の声を聞いた途端にあっさり口から出てしまう。


『俺も会いたいよ』


「うん。言わないって決めてたのに、ゴメン」


『いいんだよ言っても。なんでそういうこと我慢しちゃうんだよ君は』


「だって、幸樹に嫌われたくない……」


『ああ、もう。俺が嫌うはずないだろ? 今、会社なんだけど。もういいや。今すぐ俺も会いたいよ。いっぱい抱きしめて、いっぱいキスしたい。夕夏の匂いに包まれながら眠りたいよ。ああ、夕夏のこと考えだしたら、仕事とかどうでもよくなる』


「ぐすん。そこ会社……誰かに聞かれたら幸樹のイメージが大ダメージなのでは?」


『俺のイメージより、泣き虫な彼女のメンタルの方がよっぽど心配だよ。それに、俺の方が実は限界なんだよな。なあ、会いたい。今日行っちゃダメ?』


「だ、ダメ」


『一日寝られなくても、どうってこともないから』


「ダメ。ちゃんと休まないと」


『分かってる。でも体より心の方が限界なんだけど? このままじゃ俺が寂しくて死んじゃいそう』


「ダメ、幸樹がうちに来るのは絶対ダメ。だから、私が行く」


『……え? 来てくれるの?』


「うん。私も会いたい」


『ああ、どうしよう。やっぱり合鍵は渡しておくんだった。そうだ。管理人さんに言って鍵を開けてもらうように頼んでおくか』


「えぇ? いいよ。幸樹が帰るだろう時間を見計らって、マンションの前で待ってるから」


『いや、それだとかなり遅い時間になるだろ? 一人で待たせるとか、心配で落ち着かない』


 どうするか。と、電話の向こうで悩んでいるような声を聞くと、それだけで嬉しくなる。

 その優しい声が、私を呼ぶその響きが。


「幸樹」


『ん?』


「……好き。大好き」


 電話の向こうで、『はあぁ』となんだか色っぽいため息が聞こえた。

『ワザと? そうやって、俺を煽ってどうしたいんだ?』


「えっ? 別に煽ってはいないよっ」


 ただ、私の想いが溢れた結果、涙だけでも足りない気持ちが言葉になっただけで。


『分かった。帰りにまた電話する。迎えに行くからすぐに出られるように準備しておいて』


「え? でも、それだと遠回りになっちゃうでしょ?」


 幸樹の会社からだと、私の家は幸樹の家とは反対方向になってしまうから。私が行った方が絶対に時間が短縮できると思う。


『今日はもう残業はしない。これ以上は我慢できない。だから、待ってて?』


 まるで子供に言い聞かせるような柔らかい声で『待ってて』なんていわれたら、これ以上何かを言い返すことも出来なくて。


「わかった」


 と、返事をするしかなかった。




 それから、幸樹から連絡が入ったのが6時少し過ぎたころで、あと20分くらいで私の家に着くと言うので私は慌てて支度を済ませた。

 着替えと、ノートパソコンなどを持って、一先ず支度は完了。


「うーーん。忘れものとかないかな? あ、タオルとか、ん? そう言えば、なんで私はお泊りセットの準備してるんだろうか?」


 ただ会いたくて、一先ず会えればよかったはずなんだけど。


 幸樹に『準備しておいて』なんて言われてしまったから、つい泊まる準備をしてしまったけども。これ、彼の負担を考えたら遅くなっても帰った方がいいよ、ね?


 それでなくても、彼に迎えに来てもらうなんて負担をかけてしまうわけだし。そう思ったら、ふと電話で話していたことを思い出してしまった。私が彼の家の鍵を持っていないことだ。


 私がいつでも自宅にいるものだから、彼の仕事のことも考えると、私が彼の家に行くよりも、彼が私の家に来てくれる方が楽だった。だから、私が必要ないと言ったのだ。


 彼の家に行くときなんて、決まって彼の仕事が休みか、休みの前の日に行くことが多かったから。そうなると、彼が休日なら自宅にいるし、休みの前の日なら彼がうちまで迎えに来てくれるしで、結局、私が彼の家の合い鍵を持っている意味ってあまり無いような気がしていた。


 だけど――。


「仕事が忙しくなれば当然、会う時間はなくなるしなぁ」


 幸樹には何度も持っていた方がいいんじゃないかと言われてはいたんだけど。大丈夫なんて、私が軽く考えていたのは否めない。


 それでこうやって幸樹に迷惑かけてるんじゃ、どうしようもないじゃない、私。


 そうやってウダウダと色々考えこんでいれば、家のチャイムが鳴って、慌てて出迎えれば、夜の匂いをさせた幸樹が、何かを言う前に私を抱きしめてきた。


「はぁ~。やっぱり夕夏の匂いは安心する」


 私も同じこと考えてた。幸樹の匂いは安心する。


「準備できてる?」


 そう言うと、幸樹は少しだけ私の顔を見るために体を放した。


「うん。出来てはいるんだけど……遅くなっても帰ろうと思ってて」


 足元辺りに用意してある荷物に視線を落とす私に、幸樹も同じように視線を落として。


「なんで? 帰らなくていいじゃん」


 そう言いながら、私の荷物を持つと、開いている方の手で私を家から引っ張り出そうとする。


 私は慌ててサンダルを引っ掛けて、玄関の外の廊下へ躍りでて振り返ると、私の家の合鍵で幸樹が玄関に鍵をかけていた。相変わらず行動が早い。


「え? いや、だって、幸樹が大変じゃん」


「なにが?」


 幸樹は本当に不思議そうな顔で首をかしげながら、私の背中を急かすように押してくる。私はたたらを踏みつつ促されるままアパートの階段を下りて、幸樹の車の助手席側のドアの前に立つと、幸樹がすぐに車の鍵を開けて、車の後部座席に私の荷物を入れて運転席のドアを開けると。


「とりあえず乗って。話は中でもできるだろ?」


 そう言って、幸樹は車に乗り込んだ。私もとりあえず助手席に乗って、シートベルトをしっかり付けて、車はほどなく走り出した。


 走り出してすぐ、幸樹が『あ、そうだ』とつぶやき、私は彼に顔を向ける。


「落ち着いてからにしようとは思ってたんだけど、さすがに夕夏から今日、電話が来た時に『ああ、もう限界かな』って思ったんだ」


「えっと……もしかして、別れ話?」


「違う。何で今日の電話からの流れでそっちに話が行くんだよ。別れたいって言っても別れてやらないから覚悟してろよ」


「うん。捨てられないってことに安心した」


 それでなくても、今日は幸樹に迷惑をかけてしまっている私としては、ちょっと不安なのだ。いや、結構不安かもしれない。嫌われるのは怖い。


「時々、夕夏はネガティブになるよな。俺が不安にさせてる部分もあるんだろうけどさ」


「幸樹は悪くないよ」


 そう、彼は何も悪くない。ただ、人の心ってどんなことがきっかけで動くなんてわからない。だから、彼に嫌われるような言動を避けたいと、私が勝手に思っているだけなのだ。


 恋をしたのは、彼が初めてだから。勝手が全然分からないのだ。


 どこからどこまでが我がままなのか、どこまでなら許されるのか、そんな線引きは恋愛偏差値ゼロの私には謎すぎる。


「本当、夕夏って頭の中じゃ色々考えているんだろうけど、そのほとんどを口にはしないよな。もっと言っていいんだけど? それとも、俺が言わせないような空気でも作っちゃってる?」


「ううん、そう言うんじゃないんだけど」


 思ったことを全部、言葉に出すのは難しいと思う。


 別に隠してるわけじゃない。幸樹が私に言わせないような雰囲気を作ってるわけでも、言いたくないわけでもない。ただ。


「ただ、その、なんていうか。うまく言葉が見つからないと言うか」


 今日だって、ただ会いたいというのがどれだけの我がままなのかを考えただけで怖くなってしまう。忙しいのは分かっているのに。ほんの少しの時間だ。だというのに我慢が出来ないとか、声を聞きたいなんて、そう言ってしまえば会いたくなるって、考えればすぐに分かることなのに。


 うまく、言葉にできるかは分からないけど。


「あんまり我がままを言いたくないのは本当。嫌われたらどうしようって思うと怖くなる。もっと自分の気持ちとか、幸樹に伝えたいとも思うんだけど、その、恥ずかしくて口に出来ないことも多くて……でも、大好きだっていうのは、ちゃんと伝えていきたいなって……思ってる」


 変わろうと思ってもすぐに変われるものじゃないけど、だけど、私なりに頑張りたいとは思っている。だから、もう少し待って欲しいなとも思うのだ。


 私がもう少し、うまく言葉を伝えられるようになるまで。


 ふいに、車が道の隅で止まる。


 幸樹の方を向けば、彼も私の方を向いて手を伸ばしてきた。


 優しく私の頬に手を添えると、彼は柔らかな笑みを顔に浮かべて見せた。


「夕夏が頑張ってるのは分かってるよ。俺だって無理をさせたいわけじゃない。だけど、会いたいとか、声を聞きたいなんて、我がままの内にも入らないって知ってる? とくに俺はそう。俺はもっと夕夏と一緒に居たいんだ」


 大きくて暖かい彼の優しい手に、頬を撫でられるのは本当に心地よくて好きだ。


 私だって、もっと一緒に居たいと思う。


「幸樹」


「だから、一緒に暮らさないか?」


「え?」


「本当は、落ち着いてからゆっくり相談しようと思ってたんだけど、夕夏の声を聞いて決めた。俺はやっぱり、夕夏とずっと一緒に居たい。夕夏は?」


「わ、私は……私も、幸樹と一緒に居たい」


 私がそう答えれば、幸樹は私を強く抱きしめた。


「うちの方が広いから、住むなら俺の家でいいよな? 夕夏の家の荷物は、次の休みの日にでも取りに行こう」


「うん……って、うん? 待って待って、一緒に暮らすって、いつから?」


 慌てて彼の胸を押し返して、彼の顔を見上げれば、彼は一瞬きょとんとした顔を見せた後、にやりと意地悪そうに口の端を持ちあげて見せる。


「俺、さっき『帰らなくてもいい』って、言わなかった?」


「そ、え? 言って、た気がする……うそでしょ、今日っ!?」


 と言うか、そんな急にっ。

 アパートの契約だってまだ半分以上残ってるし、私が一人で引っ越すようなものだし色々と準備とかっ!


「そんなに慌てなくていいって、しばらくはうちを拠点に暮らして欲しいっていうだけ。その間に色々準備しよう」


「あ、ですよね……」


 本気でちょっと焦ってしまった。


「でも、これでもっと一緒にいる時間が増える。だろ?」


 幸樹はそう言うと、私の額を唇で優しくなでる。


「うん」


 一緒に居られる。それだけで、本当に嬉しくて。


 私の想いは膨らむばかりだ。


 彼も同じように一緒に居たいと思ってくれていたことが、何よりも嬉しいと思った。






 おわり

これにて終わりです。少しでも楽しんでいただけたのなら幸いでございます。

まあ二話目よりは短いですね。


ここまでお読みくださりありがとうございました。

それでは、また次の作品で!

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