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虹徹剣羽 ゼンライガー  作者: 雷然
虹の章
8/33

第8羽 兜割り 

 里に大小ある道場。その一つから威勢のいいかけ声がする。

 実戦を想定しているこの道場の床は板張りではなく、土である。壁には木刀や熊の皮が掛けられ、壁の中央上段には一太刀と書かれた横断幕がある。

 そんな道場の中央、どこからか運んできた切り株、その上に鎮座する兜がある。その兜めがけて男達が、それぞれの得物を振り下ろしている。ひとりが叩き、兜が落ちれば元の位置に別の者が置きなおす。


「あーだめだ、だめだ」


 打刀、大太刀、ブロードソード、薙刀、槍。五人が挑戦し、ここまで全滅。傷はつけども兜を割ることは出来ないでいた。


「よし、虎徹。お前やってみろ、その得物なら兜を割れるやもしれんぞ」


「無理ですよ、お師匠。こいつのは重すぎて持ち上げることすら出来ないんですから」


「いえ、師匠、やらせてください」


 あの変身火達磨事件から、さらに日が経ち、ライガーの日常は普段と変わらぬものとなっていた。


 兜を前にして大剣を持ち上げてゆく。多少時は要するが、持ち上げ、振り下ろすだけならば以前から出来るのだ。そして相変わらず重い剣ではあるが、重いからこそ、このような動かない標的に一撃を入れる、いわば力試しのような形式は有利だとライガーは思っていた。

 斬る。叩き切ってやる。


「ふんっ!」

 重力を存分に活用した一撃は兜を直撃、弾んで落ちるさまはゴム(まり)のよう。

 渾身の一太刀ではあったが、それでも兜は凹んだだけ。実戦ならば相手の頭蓋は割れただろうが、これは兜割り。切断という()()をどれだけ修めたかを視るものだ。


 弟子達を見回した老人が転がった兜を手に取る。

「ほれ、ガーベラ、手本を見せてやれ」

「いやですよ。師匠がやればいいじゃないですか」

「わしはもう年じゃ、それにわしの全盛期でも完全な両断には到っておらん」

「やれやれ」


 ひとり壁にもたれていたガーベラは、しぶしぶといった様子で、凹んで変形した兜を受け取る。変形した兜は靱性(じんせい)が通常のそれとは変わってしまうので、刃をどこから通すのか狙いが難しい。只でさえ困難な兜割りが更に困難になったといえた。

 ガーベラが、手にした兜を切り株に置くこともなく、無造作に放り投げる。きつい放物線を描いた兜が、頂点を通過し、降下していく。

「シッ」

 抜刀が見えぬほどの居合い。

 残心(ざんしん)。世界そのものが止まったかのよう。

 見惚れた兜が、地面に落ちたことを想い出して、ようやく二つに割れるのと、ゆっくりとした納刀がほぼ同時。

「すげー」「流石師範代」

 にわかに騒ぎ出す門下生をよそに、つまらなそうにするガーベラ。その涼しげで、苛立つ顔をみるライガーは同じことを思い出し、思索していた。


 これほどの技でもアカヤシには傷が付かなかった。

 そしてアヤカシを破壊した奴がいると。

 違ったのはその先、ガーベラはどうすればより高みにいけるのかを考えていた。

 ライガーは別のことを想う。あれほどの力を持っていても彼女はどこか孤独だった。昔話をする姿も、家を出るときの悲しそうな笑みも、一礼する背中も、アヤカシに気づいて叫んだときの声も――。

 まるで、涙を(たた)えて震える少女のようだ。


 彼女は、バニラはどうしているのだろうか、もしかしたら己が生きていることを知らないのではないか、死なせてしまったと思い込み、苦しんでいるのではないか、自分を責め続けているのではないか。彼女の言っていたヒーローとは何だったのだろう。

 変身が何故失敗したのかはわからない。ただ楽に力を望んだ己の罰だ。不甲斐ない俺のせいなのだ。そなたが悔やむ必要はない。俺は生きているし、後遺症もない。

 必要ではないかもしれない、思い過ごしかもしれない。それならそれでいい、一度己の無事を、伝えなければならないのではないか。

 

 早速その日、父に相談し、諸々の準備を済ませて翌日に出発することにした。

「なぜお前がここにいる」

「護衛だよ護衛。お前、都に行くまでに賊にでも襲われたらどうするんだよ、丸腰でいくんだろ」

「うっ それを言われると耳が痛い。お前が居てくれると心強い」


 玄関の前には荷物をもったガーベラが居た。重い剣は旅路には持っていけない。三日の道程も五日になりそうだ。ガーベラなら腕も立つし気心も知れている。本当にありがたいことだった。そしてもう一人。

「そして、何故フクオカもつれて来た」

「つれて来たつーか、無理やりついてきたというか、ほら、解るだろ? 察しろ」

「皆目解らん。短い旅路とはいえ、お主の言うように賊などの危険がないわけでもない。フクオカ、俺は遊びで行くわけではないのだ、家でおとなしくはしてくれぬか?」

 前半はガーベラに、後半はフクオカに問いかけた。


 その問いに、いつになく真剣な目でフクオカが答える。

「むしろ遊びではないから着いていこうというのよ。あの女に会いに行くのでしょう? あんな目にあったのに」

「いかにも、不安な日々を送られているやもしれぬからな、杞憂(きゆう)であればよいが、顔を見せて安心させてやろうかと」

「そんな義理ない、といいたいとこだけど水かけ論になりそうだから止めるわ。その代わり私もつれていってお兄様」


 己も意思は固いほうだが、フクオカも一度決めると頑固な性格である。そのことを知っているからガーベラも連れてきたのだろう。ライガーとしても説得する自信がない。


「はぁ 仕方ない。俺達から離れるなよ」

「はーい、お兄様大好き」

 ころっと表情をやわらかくしたフクオカが、腕にしがみ付く。


 ガーベラが肩をすくめてみせる。そのこころは、すまんなと、よろしく頼むの意が込められていた。承知とばかりにライガーも肩を上下させた。



 あれから、変身は一度も試していない。

次回予告


あるものは恐れ、あるものは挑み、あるものは嗤う。

あるものは過去を見て、あるものは未来を見る。

おびえるな、魂を振るわせろ。


第9羽「とっておかなくちゃ」


恐怖は勝機の中に生まれる。

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