第6羽 へんげ
「すげぇ」
「すごい」
ガーベラとフクオカは感心し、ライガーは呆然とした。
なんなのだ?
なんなのだ、その力は。これが噂に聞く大名の力だというのか、人の身にこれほどの。これほどの力が宿るというのか。まるで鬼神ではないか。
落とした大剣を見る。あれほどの力があれば、あの剣も扱えよう。しかしそれは叶わぬこと。ならばいっそ、使える者に与えてしまおうか。
アヤカシを斃した。戦いは初めてのことではなく、人の死も経験済だ。なにせむこうでは、級友や自分すら死んのだ。
けれど、人の死は何度経験しても慣れるものではないだろう。そして慣れてはいけない、そんなのは正義のヒーローとして、あってはいけないことだ。
騎士の一人を守ってやれなかった。彼は朝廷からの貸し出しもの。拒みはしたが最低二名は同行させないと、行脚が許されなかった。アヤカシの前ではいかに騎士といえど戦力にはならない。せいぜい囮か盾が関の山。それが解らぬ上ではないだろうに、なかば押し付けるようにして同行させられた二名の騎士。その片方が死んだ。嫌なことも多かったろうに若輩の私に文句も言わずついてきてくれた、その彼を死なせてしまった。
「オデロ、ごめんなさい」
バニラが転がったままの騎士の首に、ゆっくり手を合わせる。バニラが頭を起こしたときには、ガーベラが首を優しく抱えていた。
「アンタすげぇんだな、それと、すまなかった。正直ほっとしている。こういっちゃなんだが、アヤカシが出て犠牲者一名ってのは奇跡に近い。そうだろ?」
騎士の首を、あるべき位置に降ろしたガーベラが、バニラに話し掛けた。
「莫迦、無神経なことを言うな」
言ったフクオカは騎士に手を合わせる。戻ってきたもう一人の騎士もそれに習う。そしてガーベラも。
「バニラ様、行きましょう」
少し時間をおいて、残り一名となった騎士がうながす。
「……わかりました」
バニラがそう言うと、ヘルメットが元の髪飾りに戻る。変化はそれだけではなく亜麻色だった髪は緑がかった白となり、肌は褐色に。各部の装甲は消え、全身に密着していた衣類は豪華絢爛な和服へと変貌した。その姿は城に住む姫のようであり、世間が想像する大名の姿であった。
バニラは表衣をぬぐと、それを亡骸にかけてやった。
「変身」
そう唱えると今度は豪華な和服は消え、髪は亜麻色、肌は白く切り替わる。騎士が拾ってきた古い着物を羽織ると、すっかり里に来訪したときの姿に戻った。
「ごめんなさい、驚かせて。私の異能は変身。私、ヒーローに変身するんです。変化のバニラと朝廷では呼ばれています、重ね着の衣だと動きにくいから普段からこうしているの、それにその……髪とか肌の色とか目立つでしょう?」
「いやいや、その姿でも十分目立つって、なぁライガー」
呼ばれたライガーは、バニラがアヤカシを斃したときのまま、一歩も動いていなかった。
「ああそうだな」
ぼんやりとした返事をして、ライガーが一同と合流する。
「ライガーさん、皆さん先ほどは、ご助力ありがとう御座います。彼はその、申し訳ありませんが、そのままにしておいて下さい。明日には役人が引き取りに来ますので」
「うん、それは承知しました。問題ありません。それよりお伺いしたいことが御座います」
ライガーは考え込んでいた。話を聞いて、さらに考えた。そして訊ねた。
「ええ、なんなりと」
「その変化の力というのはバニラ様ご本人にしか影響しないのですか? その、元から力が強いわけではありませんよね? 変化したことでアヤカシと闘えるようになった。その力を他の者に与えることは出来ませんか?」
「お、おい。ライガーそれは」
ガーベラの言葉を遮って、考えていたバニラが口を開く。
「…………はい。出来ます。変化の力そのものを与えることは出来ませんが。変身能力。先ほどの私のように変身したり、元に戻ったりする能力は授けられます。それで力が強くなるかまでは解りませんが、可能性はあります」
バニラは悩んだ。ライガーの質問とその様子から力を求めていることは理解した。可能だといえば力を欲するだろう。変化、いや“変身能力”という自身の異能を、バニラ本人でも完全には理解していない。なにかしらの弊害があるかもしれないし、朝廷から禁止されていないからといって、人の身に余る可能性を、おいそれと渡すことに倫理的な抵抗も感じた。
しかしバニラはライガーの背中を思い出していた。この人はいい人だと叫ぶ声を思い返していた。自分を救ってくれるヒーローに出会った。そんな気がしていた。この人なら、この人なら正義のヒーローになれるかもしれない。私や他の大名以上のヒーローとなって、人の世を脅かすアヤカシ共を斃し、人々の希望になるかもしれない。
だから言った。出来ますと。
「ならば、図々しい願いであると承知で申し上げます! この私に是非とも力をお授け下さい」
膝をついてライガーが願い出る。
「ちょ、ちょっまてよ。お前の考えはわかる。この大名様が悪いお方じゃないことも理解した。でも待て。なにか不便になることもあるかもしれないだろう、もっと詳しく聞いてからにしろ」
「不便は、そうですね、キーアイテムが必要になります。変化の際に用いる小道具のようなものです。それがないと変化、私は変身とよんでますけど、それが出来ません、なにか普段から持ち歩いているものなどありますか?」
「ならば剣がいい」一遍の迷いなくライガーが答える。
「多少形状が変化しますがよろしいですか? この変化は元に戻せません。私の髪飾りも元は、羽で出来た造花でしたが、今はこのとおり金属です」
「問題ありません」
これも即答。
次にフクオカが訊ねる。
「その変身だっけ? を与えられたお兄様は、何かやっかいごとも与えられたりするのかしら? 例えばアヤカシと闘う、おつとめとか」
「勿論そうしてもらえば嬉しいですが、強制はしません。力を与えたことを朝廷に報告したりもしません」
「本当に? そうね、あとなにか困ったことになったりしない?」
「先ほども申しましたように、力が強くなるかは解りません、私も恥ずかしながらこの異能の全てを、解って使ってはいないのです。私から言えることは、変身はお渡しできます。時間もそれほどかかりません。ただしリスク、そうですね、解りやすくいうならば、災いが起きる可能性もありますし、覚悟して決めてください」
「なーライガー。やっぱりよそうぜ、絶対やばいって。こういう時の俺の勘は当たるんだ、なぁお前からも何か言ってやれ」
「あとはお兄様が決めることよ。おにぃはお兄様の意思を尊重すべきだわ」
頼みの妹から見放され、ガーベラの目が泳ぐ。立ち上がったライガーが言う。
「二人ともありがとう。覚悟なら」
そこまで言って歩いてゆく。大剣のところまで歩き、柄を持ち、剣を引きずり戻ってくる。そして剣を地面に突き立てた。
「覚悟ならするまでもない、この剣が存分にふれる可能性があるんだ、俺がやらないはずがないだろ。俺が今までどんな想いをしてきたか、二人ならわかるだろ!」
「話は決まりましたね」
「はい、お願いします」
「わかりました。そのまま柄を掴んでいてください」
バニラの手が、柄をつかむライガーの手に置かれる。
がさがさした手、これが男の人の手なのね。
泥棒猫。
やべぇって、絶対やばいって。
かわる。俺は変わるんだ。
バニラの全身が光を放ち、ライガーもまた光を放つ。まぶしさは数秒間で終わる。変わったのははひとつだけ、剣の柄尻に宝玉とその台座が出来ていた。
「俺は、変わったのか?」
「それはこれからですよ。精神を集中して唱えて下さい。『変身』と」
息を吐いたライガーが深く息を吸い、目を閉じて再度息を、長くはいた。そして目を開けて、一息に唱えた。
「――変身ッ!」
次回予告
世界の始まりが火ならば、世界を終わらせるのも火である。
地獄に落ちた我が罪はいったい何か。
死ぬことが出来ればどれほど楽か、
ここは奈落、ここは牢獄。
囚人はそれでも夢を見る。
第7羽「報い」
火酒? 笑わせるな、溶けた鉄をもってこい。