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虹徹剣羽 ゼンライガー  作者: 雷然
虹の章
28/33

第28羽 理想

 世界が音を立てて崩れていた。

 気づけば足元を支える地面は崩落し、底なしの闇にすいこまれた。

 無限に落ちる無明の世界。

 いつから? 気づかなかっただけで崩壊はずっと前から起きていた気がする。


 アヤカシを倒したとき?


 大名になったとき?


 死んだとき?


 それともそれ以前――。


 レオナの紹介で泊まった宿、どこをどう歩いてきたのか。チェックインをいつしたのか、バニラは覚えていない。 


 ライガーとフクオカが色々してくれたのだろうとバニラは思う。

 情けない気持ち。

 庭先の何処かにあるのだろう。ししおどしが控えめに石を叩いた。


 バニラなりに覚悟はあった。……あるつもりだった。

 ヒーローとして、人を喰らう怪物であるアヤカシを倒す。

 遊びのつもりはない、自身の生命を(かえり)みずに闘う。

 痛みは受け入れた。血に汚れても平和を造りたかった。


「……さん、……ラさん! バニラさん!」


 再度、内なる世界に意識を支配されていたバニラが、ハッと外界を認識する。


「!! あ、ごめんなさい、なんだっけ」


「もう、しっかりして下さいよ。灯り消しますからね、布団に入って横になってください」


 バニラは畳の上で立ち尽くしており、足元には布団が用意されていた。

 いつのまに着替えたのだろうか、自分もフクオカも浴衣を着ている。

 髪もとかれていてまだいくらか湿り気がある。風呂に入った記憶が抜け落ちていた。このぶんだと御飯も終わったのだろう、もったいないことをした、胃には入っているのかもしれないが。


 良かった。髪飾りはテーブルの目立つ場所に置かれてある。フクオカの配慮がありがたい。ライガーはどこだろうか、別部屋にされたのかもしれない。少し寂しいがそれも配慮というやつだろう。

 旅館……じゃない、きっとレオナ大名の、だろう。


 ほらほらと急かされるまま、布団にもぞもぞと入った。


 畳と布団の匂い、目をつぶれば暗くなり、目を開ければ世界が見える。やがてフクオカの寝息が聞こえてくる。

 布団が暖かい。


 五感が無いってどんな感覚なのだろう、物凄く怖い。


 どこか遠くから、ししおどしの音が聞こえる。


 惨劇は翌日襲来した。


「昨日はごめんね。もう大丈夫だから」

 朝食の席で二人に頭を下げるバニラ。

 二人からは気にするなといわれ。これからどうしていいかわからないという弱気には「これまでどおりでいい」とライガーから返された。


「お食事中のところ失礼します!」


 女中がふすまを勢いよくあけて、これまた頭を勢いよくさげた。後ろで束ねた髪が頭の動きに従った。この朝食を配膳してくれた人の一人であった。


「あ、アヤカシが……」


 頭をあげた女中が言い切らぬうちに、ライガーは立ち上がって、大剣をとった。


「どこに?」


「えっと、あちらです。大通りから左、東方向です」


 ライガーは女中の案内を聞くと旅館を出て行ってしまった。


「バニラさんはいかなくていいの?」


 刺身を箸でつまみながらフクオカが問うた。


「私は……」


 バニラはアヤカシの被害者に心を痛めた。ライガーに殺されるであろうアヤカシにも心を痛めた。バニラにとってアヤカシはもう人になってしまっていた。


「…………」


 自分はこの世界の人間と、元の世界の人間を天秤にかけているのだろうか。

 バニラは自身に問いかける。

 どちらの命を重んじるべきなのか。


 学友同士で殺し合いなんてしたくないわ――。

 レオナの言葉は自分の言葉でもあった。人を手にかけることは出来ない。それはヒーローのすべきことではなかった。悪は殺せても人殺しをする覚悟はバニラにはなかった。

 ライガーにはその覚悟があるのだろうか? それとも単にアヤカシを人だと看做(みな)していないのか。


「私は……」


 誰にも死んでほしくない。しかしアヤカシが人を害するするのなら退治するしかないのだ。頭ではわかっている。

 アヤカシのしての戦闘力を消され、人の尊厳ももがれたヒトを見た。こんなわけのわからない世界に来て、人ではなくなって、獣ですらなくなって、あのままあのヒトは生き続けるのだろうか? 


 ライガーを止めて、アヤカシも止めたい。

 やっぱり、誰にも死んでほしくない。



       ●



 ライガーは表の通りまで出ると、走りながら変身した。

 踏みしめた地面を焦がしながら、通りを走りぬける。

 家の並びが途切れ、見晴らしがよくなる。

 田畑の中にぽつんとアヤカシが立っていた。


 巨体の右腕は鞭のように伸びていて、全身は黒い衣装につつまれている。ゼンライガーの知らぬことではあるが、大名達の世界でいうSMの女王様のような格好ではある。中身が醜悪であることを除けばだが。


 走り来るゼンライガーに気づいたアヤカシは、一歩動いて向き直る。正対したアヤカシに対し、立ち止まったゼンライガーは大剣の切っ先をむけた。


「貴様は人を食うか?」


 アヤカシが獣の叫び声で答える。獰猛な、人とは決して共に歩めないであろう声、口からはみ出た牙、人を食事としかみていない瞳だった。


「わかった……貴様は有害だ。処分するッ!」


 ゼンライガーが火の粉をとばし、マントをなびかせながら切りかかる。アヤカシは極太の鞭の腕を振り払う、ゼンライガーの大剣よりもずっと長い鞭は音速を超えてバチン、バチンと大気を叩き割る。

 火薬のない爆発音。

 その音に小さく混じって斬撃音。

 ズザンッという音を圧縮したような、早く鋭い斬撃。


 かすか音がする度に鞭は短くなり、爆発音は小さくなる。相対的に、しっかり聴こえてくる大剣が肉を断つ音。離れていた両者の距離は次第に近くなってゆく。


「ハアァッ!」

 裂帛(れっぱく)の気合とともに鞭を両断する。


「この距離、とった!」

 残りの距離を、雄叫びを発しながらゼンライガーがつめよる。

 アヤカシが太い右腕を引きながら、左腕を突き出す。するとそれまで体なりのサイズだった左腕が、急速に伸びながら枝分かれした。

 枝分かれしたした腕がそれぞれ別々に躍動した、ゼンライガーを拘束しようとする動きだ。


「ふんッ」

 跳躍。逃げ場のない中空で独楽のように回転する。


 一文字流剣舞“回身(かいしん)

 

 追ってきた左腕の鞭を、細切れにしたゼンライガーは自由落下。

 かかげた大剣の刀身から湧き出た炎が爆発したことで、自由落下は一瞬で終わり、真下に向かって加速した。アヤカシのいる真下へ。


 一文字流の基本理念、一太刀。その一太刀に繋げるための数々の技法。

 

「はぁぁぁーッ!」


 左右真っ二つにアヤカシを切り裂いた。

 一文字流剣殺剣(けんさつけん)(しのぎ)割り。


 受け手の、剣ごと切り裂く一文字流の技だ。

 構えた剣ごと、身につけた鎧すらも両断することから、剣ごと殺す剣。すなわち剣殺剣に分類される技法である。


「ふん」


 べったりとした血を、剣を払って落とす。

 血も死体も、白くぼろぼろになって消えていく――。


 バニラはアヤカシの死を悲しむだろうか、やはり悲しむだろう。しかし嘘は言うまい。退治したと報告しよう。


 旅館に戻ってきたとき、ライガーの思案はかき消えた。アヤカシが出たというのに、女中が門の前でせわしなく左右を見ていたからだ。

 ライガーの姿を認めた女中がその場で泣き崩れる。ライガーは整えられた中庭を走りぬけ、庭先から借りている部屋に入る。


 ししおどしの音は聞こえない。

  


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