第24羽 愛情。魂燃やして。
無人の門をくぐったソアラとリラは、速度を緩めずに全速力で駆ける。
逃げる。今のうちになんとしても逃げねばならない。
ソアラは突如巻き起こった土煙で前方を遮られ、急停止した。
土煙が起こる寸前。何かが高速で投げ込まれ、そのせいで土煙が起きたように見えた。
悪い予感がする。焦りとともに首を回し、視線と意識を向ける。ボロボロになったオーガと傷ついたゼンライガー。
そういえば、闘いにともなってあたりを騒がしていた音がなくなっていた。それもそのはずだ、ソアラは悪い予感が現実になったことに驚きはしなかった。頭の隅ではとうに理解していたのかもしれない。
オーガの首から上。あったはずのものが無くなっていた。
視界の奥のオーガ。朝廷で調整された特別なアヤカシ。ゼンライガーを倒し、バニラを拉致するための切り札。
ゼンライガーと比較しても大柄な、首から下がゆっくりと倒れた。
横のゼンライガーは何かを投げ終わったという体勢で、残していた残心をゆっくりと解いた。
見たくなかった。見た瞬間。目を離した瞬間。
同じようになっている気がした。横たわるオーガが自分とダブる、リラと重なる。
それでも見てしまった。ゼンライガーの双眸から逃れるように、晴れた土煙の中を振り返った。
そこに埋まるオーガの首を見た。
「くそっ」
狂ったように笑う膝。太ももを叩いて活を入れる。
踏み出した一歩。その一歩が偉業に思えた。
自分の足を褒めてやりたい。
風。足元に影がかかる。
重い鎧が急停止したことを感じさせない、ざんっとした停止音。
夕日が白を基調としたゼンライガーを紅く染める。
そこにマントが影を創っては翻り、影と紅の明滅がおきる。
「大名ソアラ、その繋いだ手を離して立ち去れ」
「くそっ! どうしてリラを狙う! リラは悪くないんだ、人を殺したのは、民を殺したのはオレなんだ!」
「で、あろうな。そしてアヤカシに食わせたと。だいたいの検討はついている。でも見逃してやると言ってるのだ。このアヤカシさえいなければお前が民を殺めることもないはずだ? そうだろう?」
ゼンライガーはまだ手にした剣を構えていない。しかし対峙してその大剣を、あるいはゼンライガーの鈍く光る目を見つめるだけで冷や汗が止まらない。それでもここで諦める訳にはいかない。リラだけは、こいつだけは守り通す。
ソアラは自分の背に、リラを隠すように前にでる。
「なんなのだ、お前は、お前に正義はないのか」
「正義で人を護る。それは尊い考えだ。そんな尊さを持つ者は尊い人だけでいい。俺は違う。そんな立派なもんじゃない」
クソッ! クソッ! クソッ! 呪詛が回る中で言葉を捜す。何事かを言わねば、なんとかして説得しなければ。こいつに理想論は通用しない。なにをどう言ったらいい。
ソアラは必死で考えた。大名になってから、生まれてから一番頭を回転させた瞬間かもしれなかった。
「そうだ。……お前おかしいとは思わないのか? オレもリラもこことは違う世界からきた。バニラもだ。そしてリラはアヤカシ、俺は人間。さっきお前が倒したオーガも元々はあっちの世界の人間だ。お前、アヤカシをただの怪物か何かだと勘違いしてなかったか?」
「……続けろ」
「アヤカシは怪物なんかじゃない。元人間。変質した人間だ。お前は人間の味方のつもりかもしれないが、人殺しと変わりがない。これ以上罪を重ねるのはやめろ」
「……質問がある。アヤカシは人に戻せるのか?」
「……わからない。でも古い大名達なら何か知っているかもしれない。ほら、どうだ? リラを殺す必要なんてないだろう?」
センライガーは大剣を背中に収め、腕を組んでいる。ソアラは冷や汗を流し、ゼンライガーの言葉を待った。
「……もう一つ質問だ。バニラを狙った朝廷は何が目的だ?」
「?……知らない。オレには生け捕りにしろと指令が来ただけだ。そうしないとリラを連れ去って地下に送ると。地下には実験施設があるらしい」
この窮地を逃れることが出来ても、指令失敗で逃亡生活になる。それでもこの場でリラが殺されるより、ずっとマシだ。
ゼンライガーは片方の手をあごに当て、もう片方の手で腕をつかんでいる。考える仕草だ。そして何度かうなずくと両腕をだらりとおろした。
「用は済んだ。去れ」
助かった。助かったのか? ソアラは愛想笑いをうかべ、軽くおじぎをしてその場を去ろうとする。リラの手を牽いて。
「違う」
――意味がわからない。
アヤカシは人間だぞ。リラは人を襲ったこともない。
牽いた手が軽くなって、ソアラはつんのめった。
リラの手首が切断されていた。
「ア……アァ……」
その場に座り込んだリラは叫び声すらあげない。息をもらすようにあえぐだけ。
「やめろー!」
ゼンライガーはソアラを見ていない。咄嗟に身体が動いた。
掲げられた刃の前に飛び出た。振り下ろされた刃はソアラの肩口に当たる寸前で止まる。
「死にたいのか?」
「うるせェ!! やるならやってみろッ!」
吼える。拡げた腕と足。ゼンライガーに向けた身体の前面から炎を発生させる。水平に奔った火柱が気流をともなって勢いを増す。
全身全霊。魂の炎。
「ぬるい」
爆炎の中で声が聞こえた。鳩尾に痛み。剣の切っ先がゆっくりと刺ささっていく。
「大名ソアラ、貴殿の覚悟、しかと受け取った。もろとも死ね」
何かが痛みを超克した。刃に向かって一歩進む。
「ぜんらいがぁぁぁぁっ!!」
命も、魂も全てを炎に代えた。オレが負けるはずがない。リラへの愛がこんなところで終わるはずがない。
「大名ソアラ、見事だった」
自身も炎を操るゼンライガー。その耐性は絶大だった。そのゼンライガーの全身が、甲鉄が、炎で傷つき、焦げている。
ゼンライガーが大剣と膝をついたとき、ソアラだったものは立ったまま白い灰となっていた。灰は風に乗って崩れ去ってゆく。
「そあら。」
リラが数年ぶりに恋人の名前を呼んだ。




