第2羽 虚空
それはまだ肌寒い五月の朝のことでした。
私の通う学校で、ある少女が飛び降り自殺をした。彼女の名前は勢力汀菜。
変わった名前だとか、なんで自殺したとか、そんなことはささいなことだ。
「これで何人目だ」
誰かが言った。それは担任の先生だったかもしれないし、テレビの報道を見た父の言葉だったかもしれない。
彼女で二十人目の自殺者。
四月。新学期が始まってから彼女で二十人目だった。全員が同じ県、同じ学校の同級生。
六人目の自殺者が出た頃には報道が過熱していて、事態を重く見た学校側はようやく学年閉鎖を実施した。
学級ではなく学年閉鎖だ、難しいことはよくわからないけど、実は難しい決断だったのかもしれない。
しかしながら、その効果はなかったといっていい。
事件以降、厳重に警備された学校。マスコミも飽きもせずに、よくもまぁ連日連夜やってくる。先生だって授業が終わったあと、当直でもないのに学校内の見回りを頑張っているらしい。
その中を誰にも見つからずに自殺した同級生が、これで十四人。
学年閉鎖をする前よりも早いペースで死が積み重なった。
こうなるともう、自殺の理由を色々面白おかしく考えては発表していたワイドショーも報道の仕方が変わってくる。世間ではマスコミの連中は学校に入る生徒を目撃しながら止めなかったとか、無責任なネットの書き込みだと、生徒に自殺を勧めているなんて言われていることもあり、腫れ物に触るように報道するのだ。
「本日で二十人目の自殺者となりました。ご冥福をお祈りします」
お昼の番組で、いつも偉そうに話してる司会者は、ただそれだけ言って次のコーナーに勢力さんの死を流した。
最初の頃、誰だっけな。レオナさんか、ミナミさんの頃はこうすれば自殺は止まるとか講釈をたれていたのにな。できることなら今すぐ止めてほしい。
イジメられっこの私にとって、この状況は幸いだった。
そりゃ、同級生の死は悲しむのが人として当然だとは思う。でも私は普通の女の子なのだ。私をイジメた奴。イジメられている私を助けてくれなかった人達は死んでくれたらいい。
そうして平和になった学校に私は通うのだ。そう勝手な妄想をしていた。
……目が醒めるまでは。
目覚めた私は学校の屋上に居た。
夜の街の明かりが、やけに遠くに感じる。
私の身体は何故か、フェンスの外にある。
寝る前に外した髪飾りを何故かつけている。
私は確かに、自室のベットで寝た。間違いない。いくら私がヌケていて、夢見がちだからと言って、暗いこの時間に立ち入り禁止の学校の屋上なんかには来ない。
そもそも鍵はどうしたのだろうか、職員室から盗んだのかな?
それにフェンスはどうしたのだろう。高いし、上の方で内側に向かって傾斜がついている。ロッククライミング? とかそういう能力のある人じゃないとこのフェンスは越えられないのではなかろうか。
わからない。
それにどうでもいい。
そんなこと。
ささいなことなのだ。
問題は。
そう、問題なのは、フェンスの根元。私の足が、フェンスの刺さっている細い出っ張りに、かろうじてのっていて、今にも前に、何もない真っ暗な虚空に踏み出そうとしていること。
私が自分の意思に反して、自殺をしようとしていることだ。
「いやだ。止めて。誰か、タスケテ」
ヒーローは来ない。いつものことだ。
いつもいつも、ヒーローは来ない。
誰も私の足が踏み出すのを止めてくれない。
私の手が、フェンスをつかむのをやめて、手まねきする闇へと伸びてゆく。
「いやだ、お願い。助けて。お兄ちゃん」――
――石井羽虹良。ちょっと変わった名前にコンプレックスを持ち、イジメられっこで、兄の影響でヒーローが好きな普通の少女。
彼女はこうして、二十一人目となった。
次回予告
別れがあれば出会いがある。
少女を囲むは荒れくれ五十名。憎き大名、その首は近い。
斬られてとんだ人の首。
ライガーの見た、少女の気高さよ。
第3羽「大名は17歳」
衣は脱ぎ捨てた。