第12羽 スパイシーガールズ
一同は現代建築6LDK、2階建て住居に来ていた。
「はえー、都の建物は変わったものが多いとは思ったが、こりゃ格別だな」
好奇心旺盛なガーベラが、壁が床、調度品の一つ一つ見たり触れたりしながら家の中を歩く。言葉にこそしないが、ライガーも似たようなものだ、不釣合いに壁に備え付けられた騎士剣と自分の剣を見比べたりしている。
「皆が日本的な感覚でよかったわ、家の中は土足厳禁だから」
変身を解いて、着物に戻ったバニラがソファーに座って言う。組んだ指を天井に向けて、首を左右に動かしている。
「ニホンってなによ」
「気にしなくていいわ、ずっとずっと遠いところよ」
フクオカが突っかかるが、バニラは気にも留めてない。
「大名がいた向こう側の世界のこと?」
「世界というか国ね。そんなのどうでもいいじゃない、それより何食べたい?」
立ち上がったバニラが重ね着された着物の何枚かを脱ぎ、エプロンをつけながら聞く。
「うまいもの!」
「米を所望いたします」
男二人が色気の無い返事をする。
「あなたは?」
「毒でも入ってるんじゃないでしょうね?」
フクオカの返事にバニラの笑顔が、少しだけ引きつる。
顔面をビキビキさせながら、冷蔵庫からアイスクリームを取り出した。
「なんだぞれは」
「アイスクリームって聞いたことあるかしら? 大名由来のもので、都では少数生産されて流通しているものよ、当然毒なんて入ってないわ」
「あ、あいすくりーむとな」
文献でみたことがある、確かに昔の大名の命令でつくらせたもので大変に美味であるとか、牛の乳を原料にする摩訶不思議な食べ物であるとか。
カップの蓋を外して、スプーンを刺して提供される。
「とりあえず、座って食べなさい」
ソファの横に突っ立ったままのフクオカは、冷たいのだな、といいながら大人しくソファに座った。そして腰を浮かした。
「な、なんだこの椅子は! ふかふかしているぞ」
「ただのソファよ、あっ! でもいい子にしていないとあなたを食べちゃうかもよ」
「そ、そんな子供だましが私に通用すると思うなよ。見た目以上に軟らかくて驚いただけだ」
そういいながらもゆっくり腰を落とすフクオカ、背もたれには、もたれない。
「い、いざっ」
やっと一口目を口に入れた。
「どう?」
エプロンをつけながら、バニラが聞く。いつの間にか戻ってきていた男二人もフクオカの感想に耳を傾けている。
「あまい! つめたい! おいしい! あまいッ!」
フクオカは大変気に入ったようだ。一口一口大事そうに口に運ぶ。
「おい、俺にも食わせろ」
妹に詰め寄るガーベラ。後ろで口にこそ出さないが、ライガーも欲しそうな顔をしている。
「嫌です。たとえお兄様であっても、こればかりは譲れません」
「大名様ッ!」
今までにない敬意を払って、ガーベラが膝をついた。
「大丈夫です。貴方達のぶんもありますよ、でも御飯のあとでね」
炒めたタマネギにスパイスと塩を入れていく。クミンの食欲をそそる香りが部屋中に広がった。
「大名様ッ!」
声は真面目だが、ソファに深く座ったガーベラが足をじたばたしている。
アイスを完食して、立ち上がったフクオカは、静かにバニラを観察している。邪魔にならないよう少し離れた位置からライガーと一緒に見ていた。
バニラは慣れた手つきで肉や野菜などの具材を投入してゆく。そして水を適量入れて煮込んでいく。
「あの、何か手伝うことは」
「いいこね。それじゃお米をよそってもらおうかしら、そこの釜に入っているから、このお皿を使って」
「どのくらい?」
「お皿に半分よ」
そうして御飯をよそった横にスープを入れると、日本では一般的なあの料理が姿を表した。
「こっちじゃルゥが存在しないからね。香辛料だけは色々あって助かったわ、これもレオナさんのおかげかしら」
木製のスプーンと一緒にだされた料理を、一同はかっ喰らう。
「これが大名の料理か、実に面妖なしかしうまい」
三人がダイニングテーブルで食べるなか、ソファが気に入ったのか、ここでいいと言ったガーベラが、ばくばく食べていく。
「辛いわ、でも美味しいわ」
小柄なフクオカも見た目より食べる。それを見てほっとしたバニラが言う。
「どうですかライガー様、お口に合いますか?」
行儀悪く、頬杖をつくバニラ。ライガーの中でまた、バニラへの認識が変わる。泣いたり、勇ましかったり、いくつもの表情を見せる彼女から目が離せないでいる自分に気づき、赤面した。しかし目は離さない。
前を向いたままスプーンの中身を空にすると、前のめりになってバニラ同様に頬杖をつき、赤い顔のまま見つめ返す。
一見、敵同士が至近距離からにらみ合うようにもみえる。
ライガーの思わぬ攻勢にたじろぎそうになるも、そうはいくかと己を奮い立たせ念押しする。
「ライガー様、お口に合いましたでしょうか?」
「大変に美味であります」
「お兄様」
横で見ていたフクオカが、ライガーに必殺技をくりだす。
「あーん」
ライガーは全力で、そしてさりげなく惚ける。
「ほら、お兄様。美味なんでしょ? いつものようにあーんしてさしあげますよ」
いつものようにを強調して言う。
「ライガー様いつも、そんなことをしていますの?」
口調は丁寧なままだが、背後に修羅が見える。
「い、いつもというわけでは、それに妹! 妹同然ですからコレは」
謎の弁明を強いられるライガー。騒がしい三人を他所に、おかわりをよそいにいくガーベラ。戦士達の休息はあわただしくも穏やかなものだった。
そして翌朝――。
次回予告
決意と契約の朝
旅立ちの朝
一日を決める朝
「第13羽 モーニンググローリー」
悪の頭上にも朝日は昇る