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虹徹剣羽 ゼンライガー  作者: 雷然
虹の章
11/33

第11羽 ヒーローの名前

 ガーベラの心配ごとは杞憂に終わった。


 燃える友人の身体。悲鳴さえ焼きつくような生き地獄。あれが繰り返されるのであれば、ライガーの剣を処分しなければならない。


 事件後のライガーは再度変身を試みることは無く、剣にすら触れようとしなかった。久方ぶりに剣をもって道場に来たかとおもえば、翌日には例の大名に会いに行くという。

 道中ライガーが剣を使う、ましてや変身させるようなことは、あってはならないと同行を申し出た。妹がついてきたことはやや誤算だが、ライガーは剣を置いていく判断をしたし、それで安全だと判断した。

 里を出て三日が過ぎ、あと半日もあれば都につくという頃、異変が起きた。

 

「熱い」


 そうライガーは口にする。たしかに汗ばんでいて顔もやや赤みを帯びている、歩く速度は速くなってゆく。何かに引き寄せられるように。


「お、おい。おい待てって!」


「いや、だめだ。急がないと」


 ついにライガーは走り出した。里の者は皆が健脚で、走るのも速いのだが、ライガーのそれは今までに見たことが無い速さだ。己が全力を出して一瞬だけ出せるような速度で真っ直ぐに駆けてゆき、すぐに見えなくなってしまった。


 都に程近い里、ありえないことが起きている予感はあった。

 予兆もあった。

 悲劇のあったであろう現場よりも、地上に生まれた光を注視した。

 炎が雲を下から照らす。

 山火事の光を集めたような極小範囲大火災。


「お兄様……」


 妹も何かを思ったのだろう、あの日よりも赤く、強い光。


 バニラを抱きかかえて現れた甲冑もどきは、実戦で使うには大きすぎる剣を持っていた。

 それを軽々片手で構えた後ろ姿。柄尻に光る宝玉。諸刃の直剣のくせに刃文がある。(あるじ)と一緒に変化したらしい。


 つまりるところ、“変身”したのだ。アイツは。

 

 炎が天を貫く。

 この時、何かが終わって、何かが、始まったのだ――。


 

「おい、無事か」

「ああ問題ない、心配かけたか?」

「当たり前だろ、でもよかったな、剣、使えたんだろ?」

「ああ」


 変身を解いたライガーは己の剣を眺めている。出鱈目な膂力(りょりょく)は解けてはいるが、それでも剣の重さは以前よりマシになっていた。刃文が残っているように、身体の方にも何かが残っているのだろうか。少しだけ考えたライガーだが、どうせ無い頭で考えたところで無駄だとすぐに忘れることにした。使えるのなら、それでいい。



「お兄様、本当にご無事なのですか、どこも痛かったり、焼けていたりはしませんか?」

 フクオカがライガーの身体をぺたぺた触って確かめる。

 服にも皮膚にも、先ほどまでの痕跡の一切が無い。鞘すらない大剣が一振り増えただけ。

「もう、危険なことはしないで下さいまし、その剣が使えるようになったのであれば、変身なんてしなくてもよろしいじゃありませんか」

 触られながらも、片手で剣を上下させるライガーをみて、そう言われる。


「そうだな、それは……」

 ライガーは視界の中、ぽろぽろと涙をこぼすバニラに、目線と意識をフォーカスした。


 バニラは狼煙のような炎を見た。


 ライガーの変身の最中、自身の変身が解けかかりるのを感じながら、気絶した。

 暖かくて、激しくて、雄雄しくて、荒々しい。そんな夢を見た、夢の続きのような炎の光。


 短い眠りの前後で、世界が変わったのを理解した。

 変身が、成功したのだと理解した。


 ライガーが生きていたことを――理解した。


 よかった。生きていたのですね。また会えて嬉しいです。勝手にいなくなってごめんなさい。逃げてごめんなさい。

 伝えたいことが溢れてくるのに、言葉にならない。

 次から次へ、涙の雫だけがあふれてしまう。

 こんなみっともないところ見せたくない。

 ぬぐっても、ぬぐっても滲んだ世界。

 嫌だ、こっちにきてから何かが変わったのに。

 闘いなんてものは作り物の中だけの話で、誰にも立ち向かったことなんてなかったのに、この地では好戦的になっている自分に気づくことが出来た。なのにやっぱり変わってない。

 泣き虫のままだ。

 泣き顔を見られないように、背を向けてかがむ、あの人が近づいてくる。


「あの、バニラさん俺はこのとおり無事です。何も心配はいりません、それと、ひとつ教えて下さい。“ヒーロー”ってなんですか?」

 

 バニラはたまらなかった。なんてことを聞いてくるのだろうこの人は。

 振り返ったバニラはそのままライガーの胸に飛び込んで、声をあげて泣いた。

 こうしてしまえば顔を見られなくてすむ。そして震える声で、質問に答えた。


「ヒーローは、あなたよ」

 ライガーは戸惑った、バニラの回答がよくわからなかったこともあるが、そもそも頭に入っていなかった。バニラの甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 可憐で気高く優しいバニラが、自分の胸に顔をうずめて泣いていることが、現実としてうまく認識できなかった。

 片手で剣をたずさえた、まぬけな姿勢のまま、あいた手をバニラの頭において優しく、優しくなでた。

 何かに悲しんでいるのなら、力になりたい。

 この人を守りたい。

 変身前に感じていた熱を、かすかにそれでも、たしかに感じた。

 



「…………ちょっと、いつまでくっついてんのよ」


 フクオカがバニラの肩をもって、力任せにライガーから剥ぎ取る。

 ライガーの手が撫でる手つきのまま、空中を二三度往復した。


 泣き止んだ後も、ライガーから離れずにいたバニラは、顔を赤らめている。


 フクオカは拳を握り、肩を震わせている。ガーベラはフクオカにしては、かなり我慢したほうだと、内心で褒めていた。


「こんな茹で上がったタコみたいな女もういいでしょう。無事は知らせたし、ついでに剣も使えるようになったし、さっさと帰りましょう!」


 そのフクオカの提案に、急に冷静さを取り戻したバニラが待ったをかける。


「いえ、お待ちください。何かお礼をしませんと。それにライガー様はもう、ヒーローなのですから必要なものがあります」


「なによ必要なものって?!」


「ええ。変身アイテムに、必殺技。アイテムはもう剣がありますし、必殺技は後々でいいでしょう、さっきの凄い火柱に名前をつけてもいいですし。それよりも! まず名前です! ヒーローとしての名前が必要です!」

 自分で言い出して、自分で興奮している様子だ。


「ライガーじゃダメなのか? 俺、改名はちょっと、……」

「ライガー様、素敵なお名前だと思います、普段はそれで構いません、変身したときだけ別の名前があればいいです」

「ライガーなんて別に普通だけどな、虎徹姓なら」

 ガーベラが答える。

「名前なんて使い分けなくていいでしょ。別に」

 フクオカは難色をしめす、早く帰りたい様子が見て取れた。

「だめです! ヒーローなんですから!」

 とバニラが強く主張する。


 自分が発言しないと何も決まりそうにない、そうはいっても良い案が浮かびそうにないライガーは、発案者に丸投げすることにした。


「面倒だ。なのでバニラさんお願いできますか? 名づけ」


「ああ、いいんですかそんな大役を、それとバニラ()()なんて呼ばないで下さい、私のことはバニラで結構です。いえ、是非バニラとお呼び下さい」

 妙にクネクネしているバニラ。


「は、はぁ」

 たじろぐライガー。

「変な名前はつけないで下さいよ」

 今までの雰囲気と違いすぎるバニラに念のため、注意を与える。


「もちろんです!」

 

 一名、不機嫌な表情を隠しもせず、その場を行ったり来たりしている。

 危険が去ったことを察知した里の人が戻ってきており、遠巻きにライガー達を見ている人もいる。そんな中、バニラが小さくヨシッと言って、ライガーを真っ直ぐ見つめる。


「ゼンライガー、なんてどうでしょう?」

「あんま変わってないような、それにライガーって入ってるし」

「あら、古風に正体を隠す系でいきますか? それなら別のを考えますけど」

「なぜ正体を隠すと古風なのか意味不明ですが、それで大丈夫です」


「はいはい、名前も決まったし帰りましょうね、お兄様」

 フクオカがライガーの腕を引っ張って帰ろうとする。

 日が傾き始めていた。

「さきほども申しましたように、お礼をせねばなりません、他の大名に比べたら質素な屋敷ではありますが、どうぞいらして下さい。」

 腕どころか腰から上を抱きしめて、バニラが言う。

 フクオカのそれと比べて、大きい二つのやわらかいものを背中に感じたライガーが、今日一番緊張した顔をした。

 

「ムキー!」

 子供のころからの付き合いのフクオカの叫びを、ライガーは初めて聞いた。かなり独創的な叫び声だ。


「とりあえず腹減ったし、どのみち今日の寝床も探さねばならん、妹よ、時には引くことも必要だ。なーにお前にはお前の良さもあるさ。大名様、飯は出るんでしょうね? 俺もライガーもかなり食うほうですよ」


「ええ勿論です。妹さんの喜ぶデザート、甘味もありますよ」


次回予告


闘いが日常であれば不幸であるが、

闘いが非日常であれば幸福とは限らない。

ここにあるのは日常であり、束の間の休息である。


「第12羽 スパイシーガールズ」

主人公が乙女に翻弄される、これがいわゆる日常回


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