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装備は箒 前

 「ほれ」

 茉莉香がフラワーアレンジメントの教室に行っていて不在の為、小春が一人で店番していると、隣のレストランで休憩中のはずの柏木がやってきてどさどさどさと小春の目の前の作業机に何かの冊子類を大量に置いたので、小春は驚いて目を見張った。柏木は呆れたように言う。

 「イツ兄から預かって来たんだけど。いや、元はといえばその彼女から、らしいけど。ブライダルの資料」

 「ああ!」

 「この前打ち合わせしたんだって?」

 「そう! 会った。小夏さん。可愛かったあ」

 「……え。何? 小春ってその、実は女の人が好きとか、そういう?」

 「んなわけあるか」

 「良かった。浮いた噂の一つも聞かないし、この前手厳しくふってたから、もしかして男に興味ないのかなってちょっと疑ってたんだよな。茉莉香さんにも異常に懐いてるし」

 「ちょっと変な推測しないでよ」

 「いや、翔人さんとかも言ってたよ?」

 「マジで!?」

 「俺が彼氏だって言った時。三崎はてっきり茉莉香さんと狙ってんのかと思ってたんだが、違ったか、って」

 「ちょっと!」

 人の目とは恐いものだ。

 「で? どうだって? 結婚式の準備の方は進んでるって?」

 「なんか自分ではパーティー以外最低限の事しかしないとか言ってたけど。あ、ドレスは今いろいろ試着して決めてるって言ってた」

 「へえ。どんなドレス着るんだって?」

 「……自分で直接聞けばいいじゃん」

 言ったら、柏木はちょっと顔をしかめた。

 「俺、あの人とあんま話しないんだよ」

 「そうなの? 小夏さんはなんか、随分いじめられたって言ってたけど」

 言ったら、柏木はチッと舌打をした。以前小春のことを非難しておきながら、自分だって!

 「昔の話だろ。でもまあ、今でも俺はちょっと認めてないけどね」

 「認めて? 何を?」

 「あの人を。だって、どう見てもイツ兄には分不相応だろ」

 「えー? そうかな? 似合ってると思うけど」

 「そうかあ? あんな平凡人種。イツ兄ならもっと知的な巨乳美人選ぶと思ってたのにさ。絶対なんか裏があるんじゃないかと俺は疑ってるね。あのイツ兄を骨抜きにしたんだから、実はものっすごい悪女、とか。ウェルカムボードの関係で本性暴けたら、報告を是非よろしく。そしたら結婚式ぶっこわしてやるから」

 「ないと思うなあ」

 小春は過激な言い方に呆れながら言う。

 「小夏さん、清と違って裏表なさそうじゃん。……それにしても、清、ブラコンだったんだね」

 「はあ!?」

 柏木がちょっと恐い顔をするけれど、気にしない。

 「斎さんが至高、って感じだもん。もしかして、いつも被ってる猫も斎さんのマネ?」

 冗談で聞いたのに。

 柏木の顔を見て「しまった」と思った。柏木の顔は不意をつかれたような、驚いたようなもので。そんな事を言われるなんてまるで予想していなかったような顔で。どこか、気づいていなかった指先の小さな切り傷を見つけた時のような顔だ、と思った。

 もしかしたら小春は真実をの一部を言い当ててしまったのかもしれない。

 「なんだよそれ。俺の演技力が猿真似だって?」

 柏木はすぐにいつも通り、軽い口調で返して来たから、小春はそれにのっかって、何も見なかったことにして笑った。

 「イヤイヤあなたの演技力はすばらしいですよ? 大概の人間は騙されるって」

 でも、急に伝えたくなったのは、やはり先ほどの表情を見てしまったからかもしれない。それで、昔自分が切実に思ったことを、思い出したからかもしれない。思い出したくもないけれど……。

 「でも、私は本当に、素のままでも良いとは思うよ? 斎さんは斎さんですごく素敵だと思うけど、清は清で同じくらい良いって、私は思うなあ」

 言ったら今度こそ清は本当に驚いた顔をして、それから小春の頭をぎゅう、と押しつぶした。

 「偉そうに、生意気言いやがって」

 小春の顔は押し付けられて下を向いているから見えないけれど、そっちこそ偉そうなと言いたい声だけが、頭上から降ってきた。しかもちょっと痛い。

 「三崎さん、彼氏って、そいつ?」

 唐突に、そんな声が聞こえた。柏木の声ではない若い男の声。頭上の柏木の手が外れたので小春が顔を上げると、目の前に高本が立っていた。

 「昨日も一昨日も、そいつと帰ってたよね?」

 高本は小春を真っ直ぐに見つめながら、抑揚のない口調で言う。暗い瞳がひたとこちらを注視していて、小春は何故か背筋がぞくりとした。

 「あ。うん、そお」

 小春が頷くと、高本は柏木に視線を移す。

 「カッコイイね。こんな人が相手なら、そりゃあ俺なんて眼中にないよね。……でもさ、見た目だけで言われても、とか言ってて、結局自分だってカッコイイ人がいいんじゃん。そうならそうって言ってよ。偉そうに言い訳並べ立ててさ」

 突然、ふらりと高本が動いたと思ったら、小春は左肩に衝撃を受けて地面に倒れた。慌てて地面に手をついたけど、酷い衝撃で右肩がじんじんした。驚いて頭上を見上げて、自分を突然突き飛ばしたであろう柏木を非難しようと開いた口がそのまま硬直した。

 柏木の左手が、血まみれだった。そして、その正面に立つ高本の手には、銀色に光るナイフ。その先にも血がついている。小春は大きく目を見開く。

 ドラマや漫画ではよく見る光景。ニュースでもよく聞く話だけど、まさかそんな事が自分の身に降りかかろうとは!

 柏木の顔が痛みに歪んでいる間に、高本のナイフを持った腕が更に動く。

 (……やばい!)

 どうにかしなくては。

 小春は弾かれたように跳び起きると、手近にあった、片付けようとしてそのままにしてあった、花の売れ終わった円柱型の容器を掴む。中にはまだ水がたっぷり入っている。迷いはなかった。大きく遠心力を付けて、その中の水を思い切り高本の方にぶちまける。突然降ってきた水に、まさに柏木に届く直前だったナイフが止まる。小春は容器をがらんとその場に放り投げて、すかさず手近にあった箒を両手で握って、ナイフを持つ手に向かって振り下ろした。硬質な音がして、ナイフが地面のコンクリートに落ちた事が分かった。

 「帰ってよ! どっか行って!」

 叫びながら、箒を高本に向かって夢中で何度も振り下ろす。「痛っ、いたい、三崎さん……」という呟きが聞こえたような気もするけれど、容赦はしなかった。小春の方も柏木の血を見て、パニックになっていた。本能的に、またナイフを持たれたらと思うと恐ろしいという事だけが先行して……。

 両腕を顔の前で交差させて箒攻撃を防いでいた高本だが、とうとう耐えかねたのか歩を二歩三歩と後ずさりさせて、くるりと背中を向けて駆け出した。尚も追撃をしようとする小春の腕を後ろから掴んで止めたのは柏木だ。小春の右腕を無事な方の右手で掴んで、後ろから反対の腕を小春の腰の前に回して、抱きかかえるようにして押さえ込む。

 「もう止めとけって。おい、小春」

 耳元で怒鳴られて、小春はようやく我に返った。手から箒が滑り落ちて、からんと軽快な音が響き渡る。はあはあと大きく息があがったまま、呆然と周囲を見渡す。その視線が、自分に回されている柏木の左掌に行き着くに当たり、小春はびくりと大きく体を跳ねさせた。

 「ごめん! 清! 大丈夫? ……なわけないよね!? 痛いよね!?」

 慌てて柏木を振り返って言うと、柏木はちょっと苦笑する。

 「痛いけど、それより不便だな。左手使えないと。錯乱したお前を止めるのにも一苦労だよ」

 「うわ、ごめん」

 「大体、逃がしてどうすんだよ。普通現行犯逮捕してもらうだろ」

 柏木はいつもの通りの口調で平気そうにそんなことを言うけれど、その手からはぽたぽたと血が垂れてコンクリートの地面に落ちるから、小春は青くなった。

 「て、手当てしなきゃ!」

 大慌てで店の中に駆け込もうとして、足がもつれてその場に尻餅をついた。体に力が入らない。気づいてみれば、自分は体中が小刻みに震えている。今更。まるで自分の体じゃないみたいに、それを止められない。

 「何今頃震えてんだよ。あんな勇敢に戦っておいて」

 柏木が呆れたように言う。

 「や。なんでだろ。なんか体に力が入らないもんだね」

 「しょうがねえなあ」

 柏木は言って、店頭から自分で歩いて表口からレストランの戸を開けた。花屋からレストランまで点々と血の雫の跡を残して。

 「すいませーん。店長」

 大きな声で呼びかけるとしばし間があって、隣の花屋の店頭でへたり込んでいる小春にも聞こえるくらいの大きな声が聞こえてきた。

 「うわっ! 清、どうしたんだ!?」

 「実は……」

 柏木の説明する声を遠くに聞きながら、小春はじっと地面に落ちた柏木の血を見ていた。

 突然、バターンと音を立てて柏木が開いていたドアをさらに大きく開いて、紺野が飛び出してきた。その後から、翔人も小走りについてくる。

 「小春ちゃん! ストーカーに襲われたって!? 大丈夫!? 何もされてない!?」

 紺野は小春に一目散に駆け寄ってきて、真剣な顔で詰め寄る。

 「あ。大丈夫。むしろ清が大怪我だから。手当てを……」

 「はーよかった。小春ちゃんが無事で」

 「あの、だから清が……」

 「ほら、こはたん立てる?」

 「あの、せ……」

 それでも紺野に手を引っ張ってもらって立たせてもらって、小春は立ち上がる。紺野と翔人は一通り小春に怪我がないのを確認すると、満足したようだった。

 (……清は、そっちのけ?)

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