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嵐のような女の子 前

 「ああそうだ! 小春に言うの忘れてた」

 突然茉莉香が思いだしたように叫んだ。

 「へ? なんですか?」

 小春は植木鉢に水をやっていたジョウロの手を止めて尋ねる。

 「今日、なっちゃんが打ち合わせに来るんだ」

 「なっちゃん?」

 「そう。その話するの忘れてたの。あれ? でもレストランの方でいっちゃんとは会ったのよね?」

 「斎さん、ですか?」

 「そう! あのね、いっちゃんの結婚式、式から披露宴から、ウェディングブーケから……もちろん2次会のパーティーもね、全部うちの花使ってくれるって言う話なの」

 「わあ! すごいですね、それって」

 だから、紺野は茉莉香から聞いていないのかと、小春に言ったのか。

 「そうなの。報告しようと思いながら、最近風邪ひいたりなんやらしてたら忘れちゃってたの。ダメね、私。……それでね、お花の打ち合わせはほとんどもういっちゃんとして終わってるんだけど、今日彼女のなっちゃんが最終的な式場の図面とかを届けてくれるのね。それで、ついでに小春とウェルカムボードについても打ち合わせしたいって」

 「き、今日ですか!?」

 「そう。しかも、あと10分くらいでなっちゃん来ちゃうかも」

 「すごく急じゃないですか!!」

 別に前もって言われたからといって特に用意があるわけでもないのだけど、やはりそんな急にだと、気持ちの準備ができていない……。

 「き、緊張しますよー」

 「でも、大丈夫よ? なっちゃんすごく気さくな子だから、そんなかしこまらなくても大丈夫」

 「そうは言いましても」

 あの斎の彼女であるのだし。

 「あ。そうだなっちゃんからの伝言。多分ご期待に添えないとは思いますごめんなさい、だって」

 「え?」

 不思議に思ったちょうどその時「こんにちはー」と明るい声が店先から聞こえてきた。

 小春と茉莉香は同時に声の主を振り返る。

 (……お客さんかな?)

 小春が思ったのと、茉莉香が明るい声をあげたのは同時だった。

 「なっちゃん! いらっしゃい。改めて、このたびはおめでとうございます」

 「ありがとうございます。茉莉香さんのブーケ、すっごく楽しみにしてるんです」

 (ってことは、この人が彼女さん!?)

 本当に正直に言ってしまうと、一瞬ちょっとだけ拍子抜けした。あの斎の彼女というからにはすごく美人で雰囲気があって頭がよさそうでお嬢様っぽくてちょっと近寄りがたい且つ巨乳の、才色兼備パーフェクトな人、を想像していたからだ。

 でも、目の前に現れた人はそういう感じではなくて。確かに普通に可愛い人ではあるのだけど。想像していたのとは全然違った。

 (あ。でも考えてみたら斎さんとお似合いかも)

 特別すごく美人というわけではないけれど、明るくて、にこにこして楽しそうで。斎はカッコいいけれどどこかしっとりと落ち着きすぎているような感じがするから、こんな人が隣に立っていると、雰囲気がぱっと明るくて穏やかな感じになるのではないだろうかと思い直した。

 「で、三崎さんですよね?」

 斎の彼女がくるりと小春の方を向いて確認する。

 「はい! 三崎小春です。ご結婚おめでとうございます! あの、大切な仕事任せてくれてありがとうございます!」

 小春がやや緊張してお辞儀をすると、相手も慌ててぺこりとお辞儀をする。長い髪が一瞬浮いて、遅れてその背中に着地した。

 「こちらこそ、引き受けてくれてありがとうございます。清君が見せてくれた看板見て、これだ! って思ったんだよね。あ。あたし、佐藤小夏さとうこなつって言います」

 「こなつさん?……小さい季節の夏、ですか?」

 尋ねながらふと、思い出した。初めて柏木と会った時の事。

 「三崎さん、こはるって、小さいに季節の春?」

 確か聞かれた事がある。あれは、身近にこういう名前の人がいたからか。

 小夏はなんでそんな事を聞かれるのだろうかとちょっと不思議そうな顔をして、それでも素直に頷く。

 「うん」

 「私、小さい季節の春で小春です」

 「そうなの!? わあ。なんか嬉しいね。姉妹みたいだね」

 小夏は屈託なく笑って言う。そうすると、花が咲いたような印象だ。

 (あ。やっぱ可愛い……)

 茉莉香のようにステレオタイプの美人な感じでないけれど、これはこれでアリかもしれない。

 「じゃあ、茉莉香さん。ちょっと小春ちゃん借りても良いですか?」

 「はいは~い。ごゆっくり」

 茉莉香の許可を得て、二人は店の奥の作業台に椅子を置いて座った。

 「一応詳しい事を説明するとね。お願いしたいのは、パーティーの入口に飾るウェルカムボードなんだけど。私にとって、その会が本当の披露宴みたいな感じなんだよね……」

 小夏の説明によると。

 小夏としては小さな式を親しい人だけ集めてやれればそれでよかったのだけど、父親の跡を継いで次期社長となる予定の斎にそれは許されなかったらしい。父親である現社長の命令で取引先のでっかい会社が経営するホテルで披露宴をやる事を厳命されてしまった。そこで、妻をお披露目する意味も込めて。客は斎の会社や取引先の偉い人など仕事関係の人が多くて、半分以上、というよりほぼ90%ビジネス絡みのものなのだそうだ。

 さらに、式は昔お世話になった人からの圧力で、今流行りの教会等は許されず、どうしても近所の神社で神式で挙げなければいけないらしい。

 「というわけで、2次会という名目だけど、このパーティーだけがあたしたちが自分の好きなようにできる唯一のものなんだよ。他はもう、こっちが何もしなくても外野が勝手に着々と進めてくれるからね。だから、せっかくだからパーティーは本当に自分の好きなものとか、気に入ったものだけでやりたくて。そんな、派手とかゴージャスじゃなくていいの。そういうのはもう、披露宴で若干嫌なくらいやるから。だから、注文はね。隣のお店を会場にして、飾るお花は茉莉香さんにお伝えしてあるから、それに合うような感じにして欲しいってくらいかな。あとは、三崎さんにお任せしたいんだけど、いい? 詳しく注文付けた方がいいなら考えるけど、あの看板見たらお任せの方が絶対良いモノつくってくれそう、って」

 「ありがとうございます。できる限り頑張ってみます」

 真剣な顔で言ったら、小夏はにっこりと笑った。斎の笑顔はどこか人を緊張させるところがあるけど、この人の笑顔は逆だな、と小春はひそかに思う。

 「よろしくね。あ、ブライダルの会社とかから貰って来たカタログとか雑誌とかたくさんあるけど、参考に見る? 見るなら清君に渡しておいてもらうように、斎に頼んでおくけど」

 「あ。見たいです」

 「じゃあ、言っておくね。あと、予算の方だけど……」

 言われた金額に、小春は驚愕した。

 「高すぎです!」

 「え? だって相場ってこんなもんだよ? 式場とかで見たの」

 「いえいえいえ。私、素人ですし! まだ学生ですし」

 「でも……」

 「3分の1で大丈夫です。材料費込みで。これ以上は貰えません」

 小春が頑として言うと、小夏はちょっと困った顔をしたけれど、すぐにそれは苦笑に変わった。

 「わかった。ありがとう。じゃあ、そんな感じでよろしくおねがいします」

 「はい!」

 その後、いくつか具体的なことを打ち合わせてから、小夏は席を立った。見送ろうとして小春も席を立った時、小夏はふと思い出したように言う。

 「そういえば。小春ちゃんは清君の彼女だって、斎が。本当?」

 「あ。一応……」

 「清君、優しい?」

 聞かれたから、一瞬迷う。これは、どちらだろう? この人は柏木の本性を知ってるのだろうか?

 「あー……。どうでしょう?」

 濁してみたら、小夏はちょっと首をかしげる。

 「清君はさあ、まあ正直なんだろうけど。口があんまり良くなくない? なんかさあ、会う度にブスとか馬鹿とか扁平とか平凡顔とか無能とか身の程知らずとか罵られてたんだけどさ、彼女にもそんな感じなのかなあって疑問に思っただけなんだけどね」

 (あ。思いっきり本性知ってる人だ)

 小春はちょっと安心する。

 「口は悪いですね。かなり」

 「そうなんだよねえ。結構ズキっとくる事言われたりする?」

 「ああ。若干」

 ぺったん、とか。

 「彼女にもそうなのかー。でもねえ、実はすごく良い子なんだよ?……って、彼女だから知ってるか」

 小夏は、あははと曖昧に笑う。知るわけない。

 でも小春の心境なんて気づかない小夏は一人で納得して話を続けた。

 「うんでも、だから、小春ちゃんは見る目あるね」

 「そ、そうですかね!?」

 偽彼女ですが、とは言えず曖昧に笑い続けるしかない。

 「だって、あの本性知ってて、でも彼女なんでしょ? 実は優しいとはいえ、それを見抜くのには相当な眼力が必要だよ。あたしなんか中学時代から知ってるからまあ、わかってるってレベルだもん」

 「清の中学時代!?」

 「うん。学ランでねー……」

 と小夏が話し続けようとした時、表から茉莉香の声が聞こえた。

 「小春―? そろそろレストランのランチにヘルプに行かなくていいのお?」

 「あ!」

 二人で、立ち話で話し込んでしまった事に気づいて、目を合わせて肩を竦めて笑う。

 「ごめんね。長居しちゃって。ウェルカムボード、楽しみにしてます。よろしくね」

 小夏は微笑んで言って、今度こそ本当に帰って行った。

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