ウソツキ 後
柏木は自分よりも歩幅がせまい小春の事を気遣う様子はなく、ずかずか歩く。小春はかなり小走りで引っ張られるようにして後をついて行った。
「いらっしゃい。イツ兄」
席にたどり着いた柏木は、何も言われないうちからどかりとお客さんの正面に腰掛けて、偉そうにふんぞり返る。ぎょっとする小春の前で、男性は怒る様子もなくちょっと苦笑した。
「清。お店でもそんな行儀が悪いの? 紺野さんたちに迷惑かけてるんじゃない?」
「とんでもない。俺が有能で助かってるって」
「清、お前自分で言うなよ」
紺野が横で呆れた顔をする。
「小春ちゃんも座って?」
紺野に促されて、小春は遠慮がちに空いていた一つの席に腰掛ける。目が合うと、やはり男性は優しく微笑んだ。
「ああ。さっきはありがとう。君が三崎さんだったのか」
前もって知っていたかのようなその言葉に小春は僅かに首をかしげる。
「そお。最近の俺の舎弟」
隣で柏木が尊大に偉そうだ。
「え。私柏木君の部下になったつもりないけど」
「はあ? 俺色々教えてやってんだろ」
「コキ使ってるとも言うよね」
と、いつもの調子でやってしまったら目の前の男性がちょっと驚いた顔をしたので、やってしまったと若干後悔する。でも、男性は気持ちよく笑った。
「清がいつもお世話になってるんだね。ありがとう。……僕は、清の兄で柏木斎と言います」
お世話に、という言い方が柏木は気にいらなそうだったけれど、小春はそれを無視して斎に話しかけた。
「え! お兄さんなんですか!?」
「やっぱり、清は事前に何も説明してなかったんだね」
斎はちょっとだけ軽く柏木を睨んで、それから改めて小春を見た。
「君が描いたっていう花屋の看板を清が持って帰って来てくれてね。彼女がとても気に入って、是非君にウェルカムボードを頼みたいと……」
「あ。いっちゃん。待った待った。小春ちゃんにまだ結婚式の話もしてない」
斎の言っている事についていけず、小春がぽかんとしていると横から紺野が慌てたように言った。
「小春ちゃん、このいっちゃ……斎さんは今度結婚するんだ。それで、二次会の会場にうちの店を使ってくれるという話でね。今日打ち合わせにいらしてて。二次会、というか親しい人だけ呼んだパーティーらしいんだけど。あれ? 茉莉香に何も聞いてない?」
「ないです」
「まあ、まだちょっと先の話だからな。とにかく、そんなわけでおめでたい話なんだけど。それで、そのパーティーの入口の所に飾る、ウェルカムボードっていうの、知ってる? それを小春ちゃんに頼みたいって話らしくて」
ようやく話が見えるにあたり、小春はびっくりした。
「なんかそれって、すごく重大任務じゃないですか!? 人生一度の晴れの日、ですよね? その日の、ウェルカムボードを私が作っちゃっていいんですか!?」
焦って斎に確認すると、斎はにっこりとしたまま頷いた。
「彼女がそう希望してるからね。僕は詳しい希望は分からないから、君がオーケーしてくれたら、彼女が後日詳しい話をしに伺うって張り切ってたけど。とりあえず契約取付の任務を仰せつかったんだ」
(う。こんな素敵な人の彼女さんとか、きっとすっごい美人さんなんだろうなー。見たい。けど! ちょっとそれ、かなり責任重大じゃない!? いや、でも確かにすごく魅力的な話。あんなざっと描いた看板気に入ってくれたっていうのも嬉しいし……)
小春がぐらぐらと迷っていると、斎のダメ押しが入る。
「三崎さんが引き受けてくれないと、僕は彼女に対して面目がたたないんだ。時間がとれるようなら是非作ってくれると嬉しいな」
困って傍らの柏木を見上げたら、柏木は自分が看板を見せた元凶であるのに知らんぷりしている。ちょっと腹が立って睨みつけてやったのに、どこ吹く風だ。
「何悩んでんだよ。らしくないなあ、小春ちゃん。いっちゃんに貸しを作るチャンスじゃん」
紺野が相変わらず意味のわからない理論を展開してくる。
紺野の説得はともかくとして、小春の心は大方決まってしまった。確かに、責任重大で緊張するけれど、でもこんな良い経験させてもらうのを断るのは、とても勿体ない。みすみすチャンスを捨てる事になる。
小春は、うーんと唸った末「あの、まだ学生で未熟者ですが、私なんかで良ければ喜んで」と言った。
それから小春と柏木が席を外して、もうしばらく紺野と斎は当日の打ち合わせ等をしているようだった。あと30分でディナーの開店、という時になってようやく斎が席を立ったので、なんとなく柏木と二人で厨房を出てお見送りに行く。というより、小春が行きたかったので、内心面倒くさがっているであろう柏木に、翔人の前だから愛想良くしかできない事を逆手に「ごめんね柏木君。お願い」と頼んでついて来させたというのが実情だ。ちらりと一瞬だけ見せた柏木の嫌そうな顔!
「紺野さん、お仕事の邪魔をしてしまってすいません」
「いやいや。これもお仕事のうちだからね」
と、紺野と斎が挨拶している間、柏木と隣に立っていた。
「三崎さんも、引き受けてくれてありがとう。楽しみにしてるから、よろしくね」
斎が小春に視線を向けて言うので、小春は慌てて両手を前で振る。
「いえ! こちらこそ、大切な仕事を任せてくれてありがとうございます。精一杯頑張りますので、よろしくおねがいします」
「まあ、その仕事を斡旋した俺にも感謝するんだな」
清が隣で偉そうに言うので、ちょっとかちんと来る。
「っていうか、捨てるって言ってたくせに結局持って帰ったんじゃん。うそつきー」
「捨てる前に見せただけだよ」
「そうやって屁理屈言うー」
小春が口を尖らせると、側で見ていた斎が楽しそうに微笑んだ。
「清がこんな打ち解けて話してる女の子、珍しいね。もしかして、三崎さん、清の彼女なのかな?」
はあ!?
即座に「まさか!」と言おうとしたその瞬間、柏木が隣で「そうだよ」と言った。普段と変わらない平然さで。
「はあ!?」と小春が今度は口に出して言おうとしたのに出来なかったのは、出鼻をくじかれたからだ。紺野に。
「えええええええーーー!?」
隣で紺野が大声を上げる。興奮したように体の両脇で興拳を握り締めて。
「マジかよ清。こはちゃんと付き合ってんの!? いつからだよ。全然気づかんかった。えー……。いいなあ」
「店長巨乳美人の奥さんいるのにその発言どうよ」
柏木はいけしゃあしゃあとそんな事を言う。
「まあそうなんだけどさ。でもなあ。いいなあ。貧乳は貧乳でいいと思うよ?」
殴りたい。が、斎の前なので我慢する。
そして、この流れでも尚、否定しなければと口を挟もうとする。と、一瞬間の柏木からの物言わぬ一瞥。ただならぬプレッシャー。意図するところは明確だ。「黙っとけ」
(なんでよ)
本気で意味が分からない。兄を謀って何が楽しいのか。
「あ。もしかして。この前同じ絆創膏付けてた時、既に付き合ってた?」
「ん? あ。ああ。そうそう」
「なんか怪しいと思ったんだよなー。何せ場所が場所だし。二人お揃いで可愛い絆創膏とかさ。なんかのプレイの一環かなーって」
(プレイって……)
小春の中で紺野にイエローカード一枚。
「そうそう。この人ロマンチストだからね。俺も付き合わされたんだよ。エンゲージリングごっこ。な? 小春?」
さっき紺野に言われるまで完全に忘れきってたくせに、そんな作り話をしたり顔で話す柏木に呆れてしまう。しかも、名前呼び捨てとか。大体、茉莉香じゃないんだから、小春はそんなロマンチックな事考え付きもしない。
「そっか。……三崎さん、ちょっと厄介な子だけど、清をよろしくね」
斎はやりとりを見て、ちょっと笑いながら言う。
「イツ兄!? 厄介ってなんだよー」
「自分で分かるでしょ?」
「ぜっんぜーん?」
清はちょっと不貞腐れたように言った。
(へえ。柏木君ってやっぱお兄さんの前だとちょっと子供っぽくなるんだ)
有能でしっかりしてるからつい、大人っぽく見えちゃうのだけれど。いつも偉そうだし。
宜しくされても、困るなあ。嘘だし、と思いながらも、小春は曖昧に笑って濁す。
「じゃあ、本当に長居してすいません」
きちんと挨拶をして、斎は出て行った。それを見送ると、紺野は慌てて厨房に戻ってしまう。
「イロイロ聞き出したいことは山々だから今度ヒーローインタビューさせろよ! 清。それからミサたん! 悪いけど清と二人で超特急でテーブルセット終わらせてくれる!?」
「はあい」
気の抜けた声で返事をして、すぐにテーブルセットにとりかかる。二人以外誰もいないフロア。ようやく二人きりになれた。
「で、柏木君?」
ミートナイフ、フィッシュナイフ、デザートナイフ、スープスプーン……そろそろ慣れてきて会話をしながら手はさくさく動かせる。ちょっと沈黙して相手からの説明を待ってみたが、特に語りだす様子はなかったので、仕方無しに自分から聞いてみる。
「なんで私が彼女?」
「いいじゃん役得じゃん。お前に箔を付けてやったんじゃん」
悪びれず淡々と言われる。
「いらないよそれ。何が目的よ」
「お前どうせ今彼氏いないんだろ? ちょっとの間カレカノごっこしようぜ」
「意味わかんない。大体なんでいないって決め付けるのさ」
「課題提出前以外は連日バイト入りまくりで、休日もない女がデートしている暇なんてあるはずがない」
「え、遠距離かもしれないじゃん」
「この前ナントカ君フッてた時、彼氏いたらいるからって言ってふるだろ」
(やっぱ聞いてたのか……)
しかも会話内容までばっちり。
「あの言い方はないわー。俺が彼なら結構傷つくなあ」
「え!? マジで?」
「だって。そういう対象として見てないって……男として見られてないって事だろ? 普通にへこむわ」
「げ。男子って意外にデリケートなんだね」
「意外じゃなくてデリケートだよ」
とか話が逸れてるうちにテーブルセットが終わってしまった。
(あ。しまった。うやむやになった)
ちょっと後悔しながら厨房に引き上げる際、柏木が偉そうに言う。
「あ。俺のことも柏木君、じゃなくて清って呼べよ? それから、敵を騙すにはまず味方から。茉莉香さんや翔人さん……つーか誰にも偽装だって言うんじゃねえぞ」
頼む側にしては随分と偉そうだ。っていうか、敵って誰だよ。
「呼び捨てでいいの? っていうかいいよね。むかつくし」
「……いいけどさあ。ま、お前にホンモノの彼氏か、好きな人が出来たらふってやるから」
「そっちがふる方なの!?」
「だってそうじゃないと無理があるだろ」
「どれだけ自信満々なのよ。いいよ、私ふるから。遠慮しないで」
「自信満々はどっちだよ」
「大体、好きな人ができたら、とか。既にいたらどうすんのさ」
「でも、いないだろ?」
確信に満ちた口調が憎たらしい。まあ、確かにいないのだけど。頷くのも癪なので無視して足を速め、早く柏木が猫を被れるように翔人のいる厨房に急いだ。




