(珍しく)マジメな提案 後
「あー! 小春。それ私持つよ」
言われて小春はちょっと手を止めた。学校帰りにいつものようにPinocchioに寄って、店番の後、これまたいつもの片付けの時間だ。とりあえず、朝の話は紺野から茉莉香に話しておいてくれるというので小春からはなにも言い出さなかった。
「え? 私やりますよ?」
それは、一番メインで使っている棚で、店の中では一番重量がある。昨日は柏木がやってくれたけど、今日は自分か茉莉香しかいないし、茉莉香は病人だから当然自分がやるべきだと思って手をつけたのだけど。
「何言ってるの。小春はちっちゃくてか弱いんだから、こんなの任せられないの」
「や。でも茉莉香さん病人ですし」
「もう治りかけ! 小春は水捨てお願い」
「えー……」
茉莉香が小春の手からそれを奪ってしまおうとするので小春が困っていると「俺がやりますよ」という声が聞こえた。小春が振り向くと、柏木がにっこりと笑って立っていた。
「茉莉香さん、店長がちょっと話があるってんで行ってきてくれませんか? 俺、三崎さんの手伝うので」
「康洋が? なんだろ。分かった。じゃあ、清君、悪いんだけどお願いできるかな?」
「はい」
にっこりと笑った柏木はその表情のまま茉莉香を見送って、茉莉香が去ったら小春に冷たい一瞥。
「なに病人にやらそうとしてんだよ。お前がやれよ」
「わ、私もやりますって言ったもーん」
「そんなんだから、腕力つかねーんだよ。腕力なしで配膳はきついぞ」
「あ。紺ちゃんから聞いたんだ」
言ったけど、返事はなかった。それどころか、柏木は手伝ってくれると茉莉香には調子の良い事を言ったくせに、ただ小春の後片付けを眺めているだけだ。お陰で、小春はひいひい言いながら重い棚を運び、その他の棚やら容器やらを片付け……。その間も柏木は暢気に座っているだけだ。
(茉莉香さんにはあんなに優しいのに、贔屓だ!)
心の中で悪態をつく。ついて、ふと思う。
(本当に、店長には本性ばれてるのに、柏木君を嫌っている翔人さんはともかく、茉莉香さんにもバレてないって変な話。私なんかにもばらしてるのに)
思って柏木を眺めたら「何サボってんだ。働け!」とまるで奴隷を見張る監督のような事を言われた。
「柏木君手伝ってくれるんじゃなかったの?」
「何言ってんの三崎さん、それ、君の仕事でしょ?」
わざとらしい柏木スマイルで言われるとむかっとくる。
「っていうか、怒ってるでしょ。根に持ってるでしょ。絆創膏!」
「当たり前だ」
「いいじゃん可愛い悪戯じゃん」
「俺がお前ごときに嵌められたっていうのが気に食わねえ」
「そんなの明らかにそっちの落ち度じゃん」
「生意気な!」
「えー。分かったよ、ごめんなさいでしたー」
「気に障る謝り方だなおい」
結局柏木はふう、と息を吐いてどかりと座り込んでいた椅子から立ち上がる。
「まあ、そろそろ終わらせとかないと茉莉香さんに手伝ってねーのばれるか」
(だからなんでそう、茉莉香さんには気を使うのさ!!)
という主張は心の中にしまっておく。
「茉莉香さん、今紺ちゃんからバイト交代の交渉されてるの?」
「そうだろ。俺と翔人さんもさっき聞かされた」
「翔人さん、嫌がってなった?」
翔人は茉莉香の事が好きなのに。茉莉香ではなく小春が来るとなれば失望するのではないだろうか。小春の心配を見越したように鼻で笑って、柏木は言う。
「内心でどう思ってるかは知らねえけど、翔人さんだってガキじゃないんだから私情を持ちこまねーよ。賛成してたよ」
「でも、別に今のままで上手くやってるんなら今のままでいいんじゃないかって気もするんだけどね。なんだって紺ちゃん、急にバイト交代なんて思いついたんだろ」
「職場にあんま恋愛とかのプライベートな事、持ち込まれたくないからじゃねえ?」
「え? 柏木君ばらしたの?」
「バラす? 何を?」
「翔人さんが茉莉香さんを……って」
言ったら柏木は「ああ」とちょっと肩を竦めた。
「俺は、それは店長に言った覚えないけど?」
「じゃあ、紺ちゃん自力で気づいたんだ。そういうの、鈍そうだと思ってたんだけどなあ」
「お前が言うか」
柏木の見下したような口調に、小春は口を尖らせた。
戻ってきた茉莉香の顔色はとても暗かった。小春が思わず心配になってしまうくらい。それに、戻ってくるのも結構遅かったし。
「おかえりなさい。茉莉香さん」
「小春、小春は知ってたの?」
「え? 紺ちゃんの話?」
「そう」
「朝言われました」
話しながら小春は違和感を感じていた。なんだかいつもの茉莉香と違う気がする。体調が悪いせいはもちろんあるのだろうけれど。でも、茉莉香はいつも明るくて朗らかで、何かちょっとした愚痴を言う時もからっとした口調なのに。今はなんだか違った印象だ。もっと、なんというか、女性っぽいというか。
それに、よく見れば目が赤い気がする。
(泣いた跡……?)
まさか、と思いつつそうとしか見えなくて、小春は困惑する。
「断ったり、できないかな?」
「茉莉香さんが駄目って言ったら断るって紺ちゃんには言ってありますけど」
「それじゃ駄目なのよ……私には駄目って言う権利、ないの……」
茉莉香は椅子に座り込んで顔を両手で覆ってしまう。小春は途方にくれて茉莉香の正面に立ち尽くした。まさか、たかがバイトの事でこんな反応をされるとは。
「どういう事ですか?」
「……私、隣に好きな人がいて」
言われて小春はぴんと来る。
「し、翔人さんですか?」
茉莉香はしばし動きも言葉も止めて。それから、こくりと小さく頷いた。
(やったじゃん! 翔人さん両思いじゃん!)
とはいえ小春がここで何かを言ってしまってはイロイロぶち壊してしまいそうなので黙っておく。翔人も古き良き日本男児のような考えを持つ人なので、想いは自分で告げたいだろう。
「バイトで向こうに入れないとなると、会える機会減っちゃうし」
「いいじゃないですか。そんなの、会いに行けば。あ、そうだ、そのうち両店合同飲み会とかやります? 両方火曜定休だし。折角だから紺ちゃんになんか作ってもらって」
なるほど、柏木が言っていたのはこっちのことだったか。小春は遅まきながら納得した。
にしても、柏木は知っていたならどうしてこう、二人をもっとサポートしてあげるとかしないのだろうか?
そこまで考えてはっと気づいた。
柏木の好きな人には好きな人がいる、と言っていた。
そして、茉莉香にはとても優しい柏木。扱いの差は小春と比べて雲泥だ。
(もしかして、柏木君の好きな人も、茉莉香さん……!?)
だとしたらなるほど、紺野がそれを気づいていたとして、茉莉香をあまり店に来させたくない理由も分かるというものだ。翔人と柏木の板挟みなんだから。
(そうだとすると、柏木君があんなにモテモテなのに彼女作らない理由もわかるよね。茉莉香さん程の人ってなかなかいないもん)
それにしても、と小春は感心する。
(なんかあの店、恋愛が渦巻いてるなー)
紺野だけ見事においてけぼりだ。小春も人の事を言えないけれど。しかも、紺野には奥さんがいるし。
考えていたら、茉莉香がようやく顔を上げた。
「ありがと、小春」
力なく笑って、それからゆらりと力なく立ち上がった。




