第14話 その後
眩しい陽射しに鳴狼が目覚めると、そこは見覚えのあるススキの原だった。
鳴狼転生で異世界に飛ぶ前に中角と戦っていたあの場所だ。
近くには中角も倒れている。
異世界到着時と同じく、まだ意識は戻っていないようだ。
周りには他に人影もなく、ただススキが秋の風に揺れているだけだ。
あの日、二人が激しく踏み倒した跡はわずかに残るものの、周囲のススキの伸び具合から大体一か月くらいの時間がたっていることが推測された。
しかし、信長とは別の場所に飛ばされたらしく、周囲に奴の姿はない。
それだけではない。
元の世界に帰ってきた影響か、異世界で命を共有していた秘術「一蓮托生の術」が解けていた。
同時に、鳴狼を縛り付けていた式神化の枷も綺麗に解け、鳴狼は中角の命令無しで一瞬で紙型から出ると、本来の姿へと戻ることができた。
――ついに、解放されたのだ。
「うおっ、やっとこさ元に戻れたぜ!どれだけこれを待ち望んだことか……。
長かったぜぇ……!!」
鳴狼の騒ぐ声を聴いて、中角が目覚めた。
むくりと起き上がると、辺りを見回している。
鳴狼は、満面の笑みで声を弾ませた。
「おぅ、気付いたか。
どうやら元の世界に戻ってこられたようだぜ。
それによ……、ついに式神化も一蓮托生の術も解けちまったぜ!!」
それを聞いた中角は、ちらりと鳴狼を一瞥して頷いただけで、周囲の状況確認に戻ってしまった。
印など切って、何やら確かめているようだ。
鳴狼はどこか拍子抜けしたような顔で、中角に言い放った。
「やっと自由の身になったんだ。
お前との腐れ縁もここまでだ、じゃあな、俺は自分のねぐらに帰らせてもらう!」
その言葉を聞いてやっと振り返った中角は、ふっと穏やかに笑った。
「そうか、今までご苦労だったな。達者で暮らすのじゃぞ」
鳴狼は激しくズッコケた。
「お前なあ、もうちょっと何かあるだろ!
無事に帰ってこられて良かったなとか、これからどうするんだ、とか!!」
中角はポカンとした顔をしている。
「いきなりどうしたんじゃ?自由の身に憧れておったのではないのか?
ねぐらに帰るというから、見送っただけじゃが……。
ああそうか、わかっておるわ、お主が単なる悪霊じゃないという事は、ワシから皆に伝えておくから気にするな。
……これでいいんじゃろう?」
「う……、ま、まあそうなんだけどよ……。
……分かったよ!じゃあな、やっとお前と離れられて、こっちも清々すらぁ!!」
そう言うと鳴狼はそのまま後も振り返らず去って行った。
「嬉しがったり怒り出したり、よく分からん奴じゃな……。
さて、それじゃワシはまず事の成り行きを村人に報告する所から始めるかのう。
その後は……」
「その後は、信長を探しにでも行くのかよ?」
「うおっ、なんじゃ鳴狼。
ねぐらに帰ったんじゃなかったのか?何か忘れもんでもあったかの?」
立ち去ったとばかり思っていた鳴狼が憮然とした顔で立っていた。
「もし、信長の奴を倒そうってんなら、その……、俺もよ……、
そう、一度乗り掛かった船だし、やっぱ途中で投げ出すのも、って思ってな!!」
「それにお前ひとりじゃ、戦力が足りんだろ!!
あの信長の強さを見たか!?精霊たちを圧倒していたじゃねーか!!
あんなのにお前ひとりで太刀打ちできんだろ!?
やっぱりここはひとつ、俺が力を貸して──」
やけに早口でまくし立てる鳴狼に返ってきた中角の答えは無慈悲なものだった。
「なるほど、それなら大丈夫じゃ。
何しろここにはワシ本来の式神がおるからの。
顕現せよ、『紀元前鬼』『紀元後鬼』よ」
霊気の霧とともに現れたのは、久々に見る二体の鬼だった。
最初の戦いのとき以来の姿だ。
「「ウォォォォム!!」」
「こやつらがおるからお主は気にせんでよいぞ。
達者でな、鳴狼。ワシよりはるかに長い存在のお主に達者も無いかも知れんがの」
そう言うと中角はカラカラと笑った。
その笑いを聞いていると、なぜか鳴狼はイライラしてきた。
「ああそうかよ!!じゃあな!勝手にくたばりやがれ!!」
そういうと、今度こそ後ろを振り返らず、鳴狼は風のごとく去っていった。
後には中角と二体の鬼だけが残される。
「最後まで変な奴じゃったのう。
……さーて、わしらも出発じゃ。行くぞ、紀元前鬼、紀元後鬼よ」
そう言うと中角たちは、最初に依頼を受けた小さな村へ向かって歩き始めた。
* * *
一方、自分のねぐらに戻った鳴狼は久々の自由を噛み締めていた。
鳴狼のねぐらは、深い山の中にある一軒家だ。
勿論自分で建てたわけではない。
ある日散歩中に古い家を発見したので、勝手に拝借しているのだ。
久しぶりの我が家に帰ってみると、意外と綺麗なままだった。
全体的に埃っぽくなってはいたが、そんなことを気にするような性格ではない。
だが、水瓶の水だけは流石に痛んでいた。
窓から差し込む秋の明るい陽射しが、妙にキラキラと反射する。
謎の粘度が発生し、まるで瓶一杯のスライムだ。
思わず叫んだ。
「雲泥濘かよ!」
(バカ言わないで!あたしはこんなに汚くないわよ、失礼しちゃうわね!)
どこからともなくウンディーネの声が聞こえた気がする。
「くそっ!思ったよりあいつらの印象が強かったぜ。
こりゃあ、しばらく頭から離れそうにないな……」
少し肌寒い部屋を温めるため、鳴狼はまず囲炉裏に火をくべ、一息ついた。
――もう、小さな紙型の中に入れられることも、他人を守って戦う事も必要ない。
変な精霊たちとの命のやり取りなど、二度とやらなくていいのだ。
(やっと終わったんだ。この平穏を謳歌してやらぁ!)
悪くなった水を捨てるのも後回しにして、鳴狼は布団に潜り込んだ。
勿論この布団も先住者のものだ。
「全く散々な目にあっちまったぜ。
やっぱり人間なんかに関わるとろくなことがねぇぜ」
そう言いながら、戻ってきた日常を満喫した。
いや満喫しようと頑張った。
待ち望んだ平和で静かな日々――のはずだった。
(……くそっ! なんか物足りねぇぞ!!)
布団の上でゴロゴロ転がってみるが、どうにも落ち着かない。
あの異世界で聞いた中角の飄々とした台詞も、理不尽に巻き込まれたドタバタも、なんだかんだで四六時中一緒にいたあの時間が、頭から離れなかった。
下らないボケにズッコケたことや、個性豊かな精霊たちに振り回されたこと、中角のネーミングセンスに、ただ一人自分だけが突っ込んだことなどが、まざまざと思いだされる。
そして力を合わせて切り抜けた、異世界での戦いの数々も。
(くそっ、あんな人間ひとり、俺の力が無けりゃ、あっという間にやられちまったはずなんだよ……!)
そう思いたかったが、無理な言い訳だという事は自分が一番よく分かっている。
別れ際にこそむしゃくしゃして言い放ってしまったが、鳴狼には中角が窮地に陥る所が全く想像できなかった。
(あの野郎はなんだかんだで隙がねぇからなあ……)
実際に異世界でもそうだった。
中角は異世界の精霊たち相手にも一歩も引かず、その能力と機智の力でむしろ互角以上に渡り合っていた。
最後の信長との戦いで、精霊たちが全員裏切った時こそ慌てたような表情を見せていたが、それだって結果だけ見れば中角の圧勝だ。
逃げられはしたものの、最終的に信長を退けたではないか。
「最後に刀をはねのけたのは俺の力だけどな!」
鳴狼は誰にともなく強がってみせた。
(しかし、そう考えると、一番やばかったのはノーム戦か……)
霧の中、ノームに不意打ちされたあの一撃だけは、さすがの中角もまともに食らっていた。
アクア・シールドさえ貫いたあの攻撃は、懐の石像のお陰で何とか事なきを得たが、あれこそ中角が不覚を取った唯一の場面とみていいだろう。
(それにしても、まさか石像で命拾いしやがるとは、悪運の強い野郎だぜ)
そこまで思い返した時、鳴狼はハッと目を見開いた。
(ん?、石像……?……石像だと……!?)
鳴狼はがばっと跳ね起きた。
「思い出したぞ、石像の約束があったんだ!!」
たしかあの時、中角がサラマンダーに作ってもらった石像をしみじみ眺めていたんだったな。
それを俺が欲しがったら、中角の奴が「今度ついでに頼んでやる」と言っていたはずだ――!
「あの約束をまだ果たしてもらってねぇぞ!!」
会話の流れによる口約束だという事は鳴狼も痛いほどわかっている。
だが、口約束だって約束には違いない。
「……そうだ、俺はあいつに貸しがあるんだよ!!
貸しを返してもらうまでは、離れるわけにはいかないぜ!!
本当に手間のかかる奴だな!!」
鳴狼は舌打ちを一つすると、手早く囲炉裏の火を消し、猛烈な勢いで飛び出した。
出掛けに水瓶の水を庭先に全て流しておいた。
地面にしみこみながら広がっていくそれは、大きな水たまりを作る。
あろうことか、そこにはにやけきった自分の顔が映っていた。
(ワンコ君、今の自分の顔を見てみなさいよ。すごくキモいわよ?)
そんな声が聞こえたような気がした。
「いかんいかん、俺はあいつに借りを返してもらいに行くだけなんだ。
ビシッと言ってやらんとな……!」
もう一度振り返ると、囲炉裏の火が消えていることを確認する。
外に出ると一陣の風が吹き抜けた。
なぜか足元に使い古された鍬が一つ転がっている。
(石像が欲しいならすぐに作りますよ?)
(……鳴狼は素直じゃないの……)
(何だ、ついて行きたいならそう言えばいいじゃねーか!
俺様が一緒に頼んでやろうか!?)
「うるせーー!お前らはお呼びじゃねーんだよ!!」
精霊たちが勝手に呼びかけてきたような気がしたが、それを振り払うと鳴狼はゆっくりと歩き始めた。
(そうさ、俺はあいつから返してもらう立場なんだから、全く急ぐ必要なんてないぜ)
だが、数歩も歩くと、もう我慢できなかった。
自然と駆け足になり、すぐに全力で走り出した。
苦虫をかみつぶしたような顔の裏で、ともすれば緩んでしまいそうになる表情を必死に引き締めながら、鳴狼は叫ぶ。
「おーーーい中角!!
俺の石像を作ってもらうまでは一緒に行くからなァーー!!
覚悟しとけよォーーー!!」
秋晴れの高い空の下、その声はどこまでも遠く響いて行った。
これにて完結です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
鳴狼と中角のコンビ、そして精霊たちのドタバタを楽しんでいただけましたでしょうか?
NOTEの方でもショートショートやエッセイなどを書いていますので、もしよろしければ遊びに来てください。
【NOTE】
https://note.com/catch_the_ai
次の作品や別の場所でも、またお会いできれば幸いです。




