プロローグ
「で、あるからして…」
恰幅のいいおっさんの声が教室に響く。
カタッ………カッ……カタタ……
軽快な音とともに、チョークが尾を引くその軌跡をノートに写していく。つまらないとは思わない。むしろ、好きだ。
ここ、公立室重高校は県内有数の進学校。中学の頃自分のことを天才だと本気で思っていた時期があった。でも、それは違った。いや、わからない。だが少なくとも、あの集団の中では、卓越した頭脳を持っていた。、が、ここでは何とも言えない…
キーン コーン カーン コーン
「起立、気を付け、礼!」
『ありがとうございました。』
授業がすべて終わった。僕は徐にスマートフォンを取り出して画面を眺める。スワイプする程情報が流れてきて、あっという間に渦に飲み込まれる。勉強からでは味わえない感覚。そんなフィルタの外から何か聞こえた。
「おーい深山ー、この後カラオケでも行こうぜ!」
隣のクラスの山本一斗だ。一年生の頃からの付き合いで、すっかり気心の知れた彼であるが、新しいクラスにうまく馴染めないのか、こちらにばかり遊びに来る。
「悪い、この後予定あんだ!」
今日は特に何もしない予定があることを伝わらないように彼に伝えた。
「なんだよ、つれねぇ奴だな。もしかして彼女か?コノヤロー。」
彼は身長も低く、身も心も肥えた男であるわけで、無論モテるはずもない。モテない男はすぐに彼女とか、そんな人の恋事情に探りを入れてくる習性がある。まぁ疑われているわけであるが、僕にそんなチャンスが巡ってきたことはない。流行りのセンターパートをしてみたりしてかっこつけている自分が馬鹿らしい。
さぁ、家に帰ろう。そう思い立ち、足早に駐輪場へと向かった。
ドンッ
「いっつぅ…」
「よ!なんもしない予定でもありそーな顔だな、モーセ!」
「おぉ、湯田矢じゃん!ってその呼び方次したら、叩きのめしてやるからお見知りおきしておけよ。」
こいつは湯田矢薫。ツーブロモヒカンに、第三ボタンまであけっぴろげてご自慢の胸筋を見せつける、俗に言うヤンキー、という人種であるが悪いやつではない。
「その大海のように雄大なデコにプレゼントがあんだけど、貰ってくれるか?」
「いや、遠ry…」
言い終わる前に彼はポケットから油性ペンを取り出した。そして僕の前髪をたくし上げて、おでこに
一本の線を引いた。
「ば、ばか!お前何を…!!」
ワックスにべっとりとコーティングされた髪は、思いがけず秘密を共有してしまった知り合い程簡単には揺らいでくれない。
「ぎゃはは!!モーセやっば(笑)」
周りにいた生徒の中にこいつの取り巻きと思われる奴が近寄ってきて一緒に爆笑した。
こいつらの下品な笑い方を聞くにつれて、僕もなんだかおもしろくなってきて、つい笑ってしまった。
「あははははは!!!!はは!!はははははは!!!!!!」
僕は異変に気づいた。なぜか笑いが止まらない。周囲も笑っていて僕が呼吸できていないことに気づかない。
「ははははは!!!ゲホッ、ははは………は……」
視界がぼやけていく。死ぬのか…?この僕が…
「………ㇰ…………………ソ…………………………」
死なんて遠い未来のことだと思っていた。ずっとどこか他人事だった。でもそれはずっと僕の傍に居てくれていたようだ。一途な奴だ。、ったく。
「………………………………」
こうして僕は窒息死した。




