9.10年の積み重ね
翌朝、久しぶりに沢山寝れたので調子が良い。
「おはよう」
クララも出勤のためにちゃんと起きていた。ヨヒムはおそらく昼まで寝てるだろうから起こさないように店を出る。
「ようやく今週末あたりで落ち着くかな」
大規模な商船団は近いうちに出港するらしい。先日、私が通訳と翻訳をした商談も、依頼書を出した途端にすぐに契約がまとまったという話だ。多少なりとも関わったので、上手くいくとやはり嬉しい。
「んじゃ、私は漁港の方だから」
クララとは反対方向に歩き出す。もう10年は通った道だ、見慣れた景色を横目に坂を下り、運河を横切る大きな橋を渡る。
このメダリア港湾自治都市はアメリア王国の玄関口であり外国との交易が盛んだ。ただそれだけでなく、豊かな漁場でもあり水産業も非常に活発である。
内陸部にある王都から巨大な運河が引かれており。運河を使って船で物資の往来がされる。漁港で水揚げされた魚も例に漏れず人気の商品だ。ただし生きたまま運ぶのは無理なのでほぼメダリアで加工された物を保存が効く状態にしてから卸している。
なので今から向かう漁港区は港や市場の他に、大小沢山の魚の加工工場があり。私が世話になっている魚の加工工場もその中に含まれ、そこは家族経営のいわゆる小規模工場に分類される。
従業員は父、母、婆ちゃん、娘姉妹、婆ちゃんの友達と私の7人だ。まあ、私と婆ちゃんの友達は従業員じゃなくてバイトなのだけど、給料がその日払いなので本当にありがたい。
「キア、おはよう」
「おはよ、キア先生」
健康的に日焼けした元気娘の姉ネッサと、私の最初の頃の教え子の妹リッカが外で大量の魚を荷下ろしている。
「おはよ、手伝うわ」
もう慣れたもので、作業着に着替えてすぐに手伝いに行く。
手の平サイズの小さな魚が大樽いっぱいに入っている、それを小さな容器に小分けにして中に運んでいく。
「キアちゃん、ありがとね」
姉妹の母ちゃんが中で作業の準備をしていた。そしていつも通り婆ちゃんズがゆっくりと入ってくる。
これからはいつも通りの作業だ、頭を切り落として内臓を取り出す、それを加工用液の入った桶の中にどんどん入れていく。その桶がいっぱいになると姉妹が加工室にいる父の元へと運んで行く、そしてまた加工液の入った桶を私の側に置いてくれる。
また調理した魚を桶の中に入れていく、自分の作業を延々と続けていく。
(凄い手際の良さだね・・・)
指輪の声がする、手袋をつけているのに見えるのか?
(うん、何か知らないけどキアの視線で見れるようになったんだよね)
そうだよね、指輪の声が頭の中から聞こえてくる感じだし。
「やってみる?」
(いいの?)
フッと力が抜ける感じがする、すると自分の視点なのに体が自分ではないような奇妙な感覚になる。
(かなり力がいるんだね)
力を込めて魚の首を切り落とす。そして腹を割っておっかなびっくりに魚の内臓を取り出す。
「思ったより上手いじゃん。最初の私より全然イケてるわ」
(いやいや、指輪に閉じ込められる前は包丁を持った事あるけどやっぱ怖いな、戻るわ)
二、三匹作業すると元に戻る。やろうと思えば今のタイミングで体を奪えるのにやらないなんて、決して悪い奴じゃないんだよなぁ。
(っていうか、キア、マジで上手いわ)
私の包丁捌きに感心した声を上げる。ふふふ、私は10年も続けているベテランぞ?こんなのワケないわ。
「昼休憩してー」
母ちゃんの号令でみんなが一斉に手を止める。母ちゃんが用意してくれた賄いの昼飯が激ウマだ。
「キアちゃん、これ食べな」
「食べな、食べな」
昼食の後、婆ちゃんズが堅い砂糖菓子を食べるようにどんどん渡してくる。貴族令嬢時代みたいにケーキやチョコレートなんかは食べれないが、甘味自体大好物なので本当に嬉しかったりする。乾燥した砂糖菓子なので日持ちするのがありがたい。
「キア、クララは忙しいって?商船団はまだいるけど?」
姉のネッサとクララは同い年で仲が良い、今でも2人で遊びに出かけているらしい。
「今週末あたりで落ち着くらしいよ。伝えておこうか?」
「んー、いいや、今度ヨヒムの店に飲みに行くわ」
私の偏見かもしれないが、海側の人間はみんなお酒に強い。一緒に飲んだ時は毎回酷い目にあう気がする。私もクララもお酒を飲みはするが、ネッサに釣られて飲むと簡単に潰されてしまう。
・・・お手柔らかにしてあげてね。
例に漏れずにネッサも大酒飲みだ、クララに少し同情するが心の中だけだ。
「おーい!悪いが今日はもう上りで頼むわ」
父が休憩中の私達に業務終了を伝えに来た。
「悪いな、加工場の乾燥器がイカれてしまってな、直るまで仕事が出来ないんだ。しばらく休みにさせてくれ」
父が謝りながら私に今日の給料を渡す。
「どれぐらいで直るんですか?」
私にとって生活がかかっている、まさに死活問題だ。
「そうだな、出来るだけ早くするが、最低でも10日はかかると思う」
10日か・・・10日も暇になるのはキツいな。
「突然でごめんね、いつものコレ持って帰って」
母ちゃんから詫びを言われ、売れ残った魚の干物を大量に貰う。これだけあれば10日は食べていけるなと計算しつつ、ありがたく貰う。
着替え終えて漁港の通りに出る、真っ直ぐ帰るのは何かもったいない気がする。
「さてと暇になっちゃったな、どうしようか?せっかくだから指輪にこの街を案内してやろうか?」
(え?いいの?やった!)
嬉しそうにしているので、久しぶりにメダリアの街を散策することにした。
(あれは何?朝からずっと気になっていたの!)
「これは運河、この先は王都に繋がってるんだ」
巨大な運河が目の前にある、大小様々な船が行き交っている姿はこの街の名物だ。
運河沿いの道を歩いて行く、この通りは食品の店が多く並んでいる。
ここはいわゆる買い食いスポットで、お使いのついでに子供達がサボって買食いしているのをよく目撃する。
「さすがにこの時間からサボってる悪ガキはいないな」
ニコニコしながら歩いていると野菜卸のおっちゃんに声をかけられる。
「お?キアじゃん、サボりか?クビか?フラれたか?」
「うっさい!全部違うわ!!」
(悪ガキより扱い酷いじゃん)