67. 小さな独り言
「いやー、久しぶりのお国の空気だなぁ!!」
「本当に長かった・・・やっと帰れる」
運河を下っていく船に乗る、遠くの方にメダリアの街が見えて来た。その姿を見てヨヒムとクララが興奮気味にはしゃいでいる。
この数日は本当に怒涛の毎日だ、普通では絶対に味わえないような濃密な日々だった。
「あの、本当に私も一緒に行ってもいいのかな?」
はしゃぐ私達をよそにフランは戸惑いの色を隠せないようだ。
フランは王妃だった頃を思うと全くの別人になっていた。以前の派手な服装は好みではなかったらしく地味な服を着ているし、長い髪もバッサリと切ってしまった。派手な化粧もやめてしまい、今はほぼスッピンだ。まあ、元々の素材が良いので美人には変わりないけどね。
「別にいいよ。知らない仲じゃないし、物置になっている部屋がまだあるからそこを格安で貸してやるよ」
家の持ち主であるヨヒムが良いと言っているから大丈夫だろ。
「片付けは自分でやれよ」
クララがすでに先輩風を吹かせている。まあ、嫌がっている様子はないので問題ないだろう。
「何なら私の代わりに加工工場に行って働いて来てもいいよ?」
私の右腕はガチガチに石膏で固定されており、全治4ヶ月と言われてしまった。まあ、おかげでしばらく遊んで暮らせるくらいの大金を手に入れたから良しとしよう。
あの後、王立病院に連れて行かれてすぐに治療を受けた。リコが薬を塗ってくれたから痛みは引いていたけど、腕がドス黒い色に変色しパンパンに腫れていた。それを見たお母様が卒倒してしまい、怒りでお祖父様が頭に血が昇って倒れたりと大騒ぎになってしまった。
ちゃんとお医者さんに治療されて全治4ヶ月という診断をされたわけで、謝罪に来たディランド将軍にお父様とお兄様が大金の慰謝料と治療費を請求する流れになった。
「この場合はしっかりと請求してやった方が後腐れがなくて良い」
これが2人の考えのようだ。
まあ、平民の私としてはこんな大金を貰ってしまって良いのかと思ってしまった。
そして私はディランド将軍と面会をする事を願い出た。お父様達は難色を示したが、私の口からちゃんと話した方が彼も気が楽になるだろう。
「この度は申し訳なかった」
深々と頭を下げられる。
「いえいえ、私としては十分な補償をしていただきました、なのでこれ以上責めるつもりはありません。どうか頭を上げてください」
私は腐っても平民だからね、一応は貴族である将軍に頭を下げさせるのはどうかと思う。
「あの時、将軍が難しい立場であったと理解してます。なので今後はアイラス陛下のために心血を注いで下さい」
私の言葉が意外だったのか目を大きく見開いている。この様子なら一つだけお願いしても良いかな?
「私はこれ以上の謝罪も補償も要らないのです。それでも将軍が納得できないと思われているなら一つだけお願いをしても良いですか?」
「何でも言ってくれ!」
何か食い気味にきた。
「王宮の従女にエリナという子がいるんですが、少しだけ気にかけてくれませんか?私の教え子なんですが、ちょっと彼女の父親があまり良くない人なのです。なので何かあったら助けてあげて欲しいのです。その父親がメダリアの街で最近見かけなくなったので、もしかしたら連れ戻しに王都まで来ているかもしれません」
ちなみにエリナはこれからも王宮で働けるようにアイラス陛下にお願いしてある。そこにディランド将軍という最強のボディガードがいれば安心できる。
「エリナ・・・あの時グラン陛下の前に立った勇気ある娘か。分かった、俺の全てをかけて守らせてもらう」
うん?何か大袈裟すぎるけど・・・
「ぜひお願いします。それと・・・リコと仲直りはできそうですか?」
少しだけこの兄妹の事も気になる。
「・・・口も聞いてくれない。バラン殿とは話すことが出来たが」
なかなか難しい関係だよね。
「まあ、頑張ってね。焦らずに時間をかければ振り向いてくれるでしょ」
「・・・そういうモノなのか?」
私はリコと親しくなって日が浅いからね、だけどあの子はそこまで根に持つタイプには思えないから大丈夫な気がする。
そのままディランド将軍とは別れる事なった。あの後、将軍がリコと話しかけようとしているのを目撃したが、フラれていたなぁ、先は長いかもしれない。
ちなみにヨヒムとクララはローゼリア家から大金の謝礼を貰っており懐はホクホクだ。唯一の文無しのフランだったが、アイラス陛下と王妃陛下の計らいでチヒロが買い漁った装飾品を全て渡された。それら全てを売ったお金がかなりの額になったようで、なんとかそれを再出発の資金にできそうだ。
だんだんと風に潮の香りが混ざってきた、ようやく私達の街へ帰ってきた。船はメダリアの街の中に入り船着場に停泊する。
「おかえりなさいませキア様」
・・・あれ?なぜか船着場にロナがいるんだけど?
「あ、あれ?ロナ?何でここにいるの?」
「右手の不自由なキア様のお世話をするためにローゼリア家よりお暇をいただきました」
さも当然のように言っているんだけど?
「それにヨヒム様やクララ様のお手を煩わせる訳にはいきません」
「あー、そりゃ助かるわ」
「そーね。キアの面倒を見る暇ないし、嫌だし」
ヨヒムとクララが酷い。
「あ、あの、私が」
フランがここで控えめに立候補する。
「フラン様は社会復帰が先決です」
「は、はひ!」
・・・簡単に言いくるめられてしまった。
「お嬢様、馬車の準備ができてます」
何か知っている声がすると思ったらベベルまでいるし、一体どうなっているんだ!?
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『やあ、満足な結末は迎えれたかい?』
橋の上に立つ私の横に黒い男が立っていた。
「ああ、満足さ。キシリアナは自らの力で道を切り拓いた。自分で味方を見つけ、己の力で結末まで辿り着くなんて感動モノだ」
月の光に赤く光る真珠の指輪を照らす。
「彼女も上手く付き合えば違う結果を迎えられたかもしれないのに、あんな阿呆なことに拘らなければ良かったんだ」
手に持つのはプラクティスノートと呼ばれる無意味な異物、この世界にあってはならないモノだ。そのままビリビリに破いて運河へと投げ捨てる。
『まあ、君の愛する妹はとんでもないお人好しみたいだけどな』
黒い男の手には緑色の真珠の指輪が光っている。
「もう悪役というポジションから解放されたんだ、ストーリーから追放されたんだから彼女の選択は彼女の本心なんだろう」
その優しい気持ちに心が癒されていく。
『君はどうする?鳴瀬千尋のように戻るかい?それともこのままアーレイトとして生きていくのかい?』
男がニヤニヤしながら問いかけてくる、もう俺の心は決まっているのに。
「このままアーレイトと共に生きていくよ。適材適所さ、人付き合いが苦手なアーレイトに変わって俺が、政治に関しては得意なアーレイトに任せれば良い。それに俺は元の世界には何も未練はない。向こうにいる俺はアンタの好きなようにしてくれ」
『毎度あり。まあ、対価としては良しとしてやろう』
本当に悪趣味な男だ。この感性にはついていけない。
『それにしても随分とストーリーにテコ入れしたね。ハイド将軍を利用して早い段階で闇組織を潰したり、リコルシェをローゼリア領内で保護したりとやりたい放題だったね』
「別にいいだろ、シナリオ原作者の特権だ。人気なんて出なければ俺の望む本来の結末を迎えられたはずなんだ。ゲームのシナリオなんて人気が出れば勝手に書き換えられていくんだから嫌になるよ」
本当にため息しか出ない、何で悪役令嬢の兄のアーレイトが悪の黒幕なんだよ。アーレイトは冷君などと揶揄されているが、実際は自己表現が不器用なだけの男だったはずだ、原作者の意志を無視して勝手に黒幕に書き換えられるなんて思いもしなかった。本当に原作を改悪しやがって。
ただ幸運だったのは鳴瀬千尋がアーレイトが最後の黒幕と知らなかった事だ。おそらくは自分のことで精一杯で3のラストの事など考えが及ばなかったか、もしくはゲームの攻略に夢中でストーリーなんて読み飛ばしていたかどちらかだろう・・・まあ、おかげで比較的に自由に行動が出来た。さすがにキシリアナが死んだと聞いた時は怒りのあまり悪の道に染まろうかと思ったが、踏みとどまれて本当に良かったと思う。
「さてと、ここからは未知の世界だ。フランシソアの子供も鳴瀬千尋のおかげで生まれてこなかった、これでグランまでいなくなれば3の主人公のルーナは生まれない、どういう結末を迎えるかはもう誰にも分からない」
『ふふふ、そういう事だね。さてと・・・それではもう行くよ、この指輪を向こうにいる鳴瀬千尋に返しに行かなければならないからね』
横にいたはずの男はすでに消えていなくなり、俺は夜の街に1人たたずんでいた。
アーレイトの見立てでは、おそらく内乱がシナリオ通り起こるだろう。フランシソア王妃を勝手に処断した事をミゼット伯爵が黙っている訳がなく、王家の分断ではなくミゼット伯爵とローゼリア家の争いになるだろう。
「ふう、妹のためにも絶対に負けるわけにはいかないな」
小さな独り言は静かな夜に吸い込まれていった。
読んでいただきありがとうございます。
次話で最終回となります。
明日投稿しますので良かったら読んで下さい。




