14.諦めずに生きてきて良かった。
「それじゃあ、この指輪を渡すので王妃様につけてあげてくれない?」
・・・あれ?抜けないけど?指輪さん?
(・・・どうせなら最後まで付き合ってよ、明日から無職なんでしょ?)
いや、だから朝イチで仕事を探しに行くと言っただろ!だから早く外れろ!
「お前、もしかして放り投げるつもりだったのか?あれだけ私達に熱弁しておいて?」
ヨヒムとクララが汚物を見るような目で私を見る。
「お嬢様!?」
ベベルが泣きそうな顔で私を見る、私にいったいどうしろと言うんだ!!
するとベベルが私の前で膝をついて深々と頭を下げて懇願してくる。
「どうか、どうか、せめて奥様と大旦那様とだけでもお会いして下さい!ずっと、ずっと心を痛めて苦しんできました、どうか、どうかお願いいたします!!」
ぐう、今さら会っても気まずいだけだと思う。実は生きてましたってベベルが軽く伝えてくれればいいのに。
何か良い案を考えないと。
「もし、私が生きていたと知れば、1番不利益を被るのは王室ですよね?私なんて邪魔者以外なんでもないでしょ?少し考えてみれば分かるでしょ?」
今さら貴族になんて戻れないだろ、貧乏でも平穏な暮らしがどんなに素晴らしいか知らないだろ!何とか今の私を守らなければ!
「10年前に死んだ事になっているのなら、今殺されても何ら変わらないでしょ?私みたいな平民なんて暗殺し放題だよ?命をずっと狙われる人生なんて嫌よ、気楽に外を出歩けなくなるなんて絶対に嫌!」
ベベルがハッとした顔になる。はははは、勝ったな。
「なら隠密で王都まで向かい面会したしましょう、せめて大旦那様に一目だけでもお会いして下さい!現在、大旦那様は病に伏せております。どうか、どうかお願いします!」
・・・お祖父様、確か70歳近いはず。
どうしたらいいんだ、私は会いに行っても良いのか?
(いいじゃん、10日も休みなんだし)
コイツ、他人事だと思って・・・それに休日には教会学校があるんだぞ!
「なら・・・平民のキアとしてなら行きます。キシリアナはもう死んでこの世にはいません。私はこれからもずっと平民のキアとして生きて行きます、それが飲めないなら行きません。それにお会いしたらすぐに帰ります、私にも予定があります」
今の生活がとても良いとは思ってはいない、だけどここで出会い仲良くなった人々の縁を手放すのは絶対に嫌だ。
ベベルは私が貴族に戻らないと聞き、戸惑いと寂しさが混在した表情をみせる。それでも前進したと思ったのか私の出した条件をすべて飲むと約束してくれた。
そして今度はヨヒムとクララの方を向く。
「お二方にもぜひ同行していただきたい、お嬢様が生きていたのは貴女様方の存在が大きそうです。ぜひともお礼をさせて下さい」
突然の流れ弾に2人が焦り出す。
「そうだよなあ、ヨヒムは断れないよなぁ?」
「ぐっ、てめえ・・・」
ヨヒム、貴様は断れないだろ?何があっても巻き添えにしてやる。
「店の売り上げの補填もさせてもらいます。ぜひともご同行をお願いします」
ベベルの圧に断ることができないようだ。
「わ、私は関係ないし!仕事あるし!行かないし!」
クララは行かないらしい、でもコイツの釣り方は簡単だ。
「そう、じゃあ留守番お願いね!」
「は?」
ほら、すぐに釣れた。
「だな、悪いけど留守番頼むわ」
「な?」
ヨヒムもクララの事をよく分かっておる。
「なななな、なんだよ!私だけ除け者にするつもりか!!」
本当に寂しがり屋だなあ。クララはいつもは強気な言動だけど、仲間外れが嫌いで実際はツンデレだ。
「明日、休暇申請を出しておく」
・・・本当に可愛い奴だ。
「いいんか?」
「うん、商船団が入港中は休みなしで働くから、後で強制的に休み取らないとダメだし」
そうだよね、先日が久しぶりの帰宅だったからね。交易センターはそのあたりはちゃんとしているんだよね。
「ふう、じゃあ出発は明後日だね。船の運賃は出してよね」
「は?運賃など必要ありません、ローゼリア家の船なのですから」
コイツ、人の話を聞いてないのか?
「私は平民のキアとして行くって言ったでしょ?平民が貴族の船に乗っていたらおかしいでしょ?」
ハッとしたような顔になり納得した様子だ。平民をなんだと思っているんだ、貨客船に乗る事だってかなり贅沢なのに。
するとベベルはすぐに手持ちの鞄から大金貨を取り出す。
「これで足りるでしょうか?」
大金貨3枚・・・1人1枚計算か?多すぎだろ。
「大金貨1枚で行って帰って、かなりのお釣りが戻ってくるわ」
1枚だけ貰って後は返す。お金の価値が本当によく分かってない、まるで昔の自分を見ているようだ。
「それじゃ、明後日の朝一番の貨客船で王都に行くわ。そこからどうすれば良い?」
「はい、それなら船着場に馬車を向かわせます。一般用の馬車を用意いたしますのでご心配なく」
まあ、少しは分かってきたようだ。
『カリムもありがとう、私は落ちぶれてしまったけど久しぶりに会えて嬉しかったわ』
少しだけ余計な事をしやがってと思つつ、陽気なナンパな船乗りカリムに礼を言う。すると私にハグをしながら嬉しそうに笑う、
『私も嬉しかったよ!私は明日には出港だけど、ここに来た時は必ず会いに行くよ!!』
「おい!何で抱きつくんだ!!」
ベベルが私とカリムを引っ剥がす、顔を真っ赤にして怒っているが、こんな潔癖でウブな奴だったかな?
・・・そうだ、別れる前にベベルには言わないといけない事がある。
「ベベル、今日は会いに来てくれてありがとう」
私が改まって切り出したからベベルが戸惑いの表情を見せる。
「その、貴方にはずっと言わないといけないことがあって・・・」
改まって言うとなると物凄く緊張してきた。
「あの時、私はフランシソアに負けて苛立ち、周りに八つ当たりしてばかりいた。特に貴方には酷いことばかりしてしまった。本当に申し訳ありませんでした、謝って済むことではありません、全て私の弱さゆえの言い訳です」
頭を下げて謝る。ずっと後悔していた、そう言っているクセに顔を忘れてしまった、自分のいい加減さが本当に嫌になる。
「・・・私ども家人は皆、キシリアナお嬢様とずっと一緒でした。一緒に笑い、一緒に泣いて、一緒に悔しい思いをして来ました」
頭の上から涙ぐんだベベルの声がする。
「お嬢様がどれだけ努力されていたか、どれだけ悔しがっていたか、どれだけ辛かったか、ずっとずっと傍で見てまいりました」
嫌でも思い出す。どれだけ頑張っても実を結ばない努力の虚しさを、頭を掻きむしりたくなるような苛立ちが心を蝕んでいく事を。
「私も家人一同全員気持ちは一緒です!悔しくて悔しくて夜も眠れなかった!人一倍誰より努力していたのをずっと見てきました、報われなくて1人自室で泣いていたのも知ってます!主人が苦しんでいるのに何も出来ない自分を、私は今でも許せません!」
困った、感情が昂ってきて顔を上げられない。
「お嬢様が亡くなったと聞いた時、本当に神を呪いました、王家を滅ぼしたいとさえ思った。それでも、私共はローゼリア家に仕えている身であり、悲しいのはローゼリア家全員が一緒です。それが、今日、お嬢様が生きていると聞き、居ても立っても居られずこうして押しかけてしまいました」
ベベルが膝をついて私の前にいるのが分かる。でも顔を上げられない、涙がどんどんこぼれ落ちてきて、鼻水が止まらない。
「本当に、生きていて・・・良かった。生きる事を選んでくださって・・・本当にありがとうございます」
もう、ダメだ・・・私は膝から崩れ落ち、大声を上げて泣いてしまった。
諦めずに生きてきて・・・本当に良かった。




