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悪徳女王の心得  作者: 澪亜
第一章
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女王の昔語り 2

戻らなきゃ、と咄嗟に思った。

私がここにいることは、決して誰にも知られてはならないから。


でも、出来なかった。

……何故なら、久しぶりだったのだ。

既に城内で『心域』が知れ渡っているせいで、お父様とお母様以外に、ちゃんと私と話してくれる人はいなかったから。


それから私たちは、敷地内の森を回った。

実はあまり外に出たことがなかったから、始めて見る景色ばかりだった。


中でも印象的だったのは、小川だ。

敷地の中に川が流れているなんて、流石王城……どれだけ広いのだか。

と、つい前世の感覚で、そんな感想を抱いた。


遠目からも分かるほど、澄み切った川。

サラサラと流れていくその中には、可愛らしい魚がいた。

……こんな澄んだ川、前世では中々見ることはできなかったな。


『気をつけろよ』


小川に点在していた石を渡りつつ、彼は私に注意を促してくれた。

それなのに……私は、その綺麗な川を眺めるのに夢中になっていたせいで躓いて、一直線に川に落ちそうになった。


『危ない!』


彼は咄嗟に私を引っ張りあげようとしてくれたけれども、私を支え切れず、二人揃って真っ逆さまに川に落ちた。


『怪我はないか?』


私の下敷きになった彼が、真っ先にそう問いかける。

……私のせいで、川に落ちてしまったのに。

それでも、一番に私のことを心配してくれた。

そのことに、ホッと心に灯が灯った心地がした。


『だ、大丈夫……庇ってくれて、ありがとう』


二人揃って、びちょびちょ。

綺麗な服も、台無し。


何だかその状況におかしくなって、つい、噴き出してしまった。

彼もまた、同時に噴き出してしていた。


キラキラ、日の光が眩しい。


『見事な転びっぷりだな!』


『ふふ、うん。見事に、びちょびちょね。でも、冷たくて気持ち良いわ』


それから暫くして、少しでも服を乾かそうと日の当たる川べりに座った。


『……悪かった。私に付き合わせて、こんな目に遭わせた』


『ううん! ヴィルヘルムは、ちゃんと注意をしてくれたもの。悪いのは、ボーっとしていた私。それにね、とっても楽しかった……! 私、あまり外に出たことがなかったから』


『あまり外に出たことがない? ああ……まあ、それもそうか』


一瞬、彼は首を傾げた……けれども、すぐに納得したように頷いた。


『セリアの家は、厳しいのか。家によっては、子どもを全く外に出さないところもあると聞く』


そうか。貴族の子どもたちも、私と同じように外に出れないということがあるのか。


『……ううん。私、魔力が強いから、出ちゃダメなの。だから今日は、特別』


『魔力が強い? 俺からしたら、羨ましいけど。力は、無いより有る方が良い』


『……そんなこと、ないよ。魔力は人を傷つけることもある。だから……本当はヴィルヘルムともこうして、遊ぶべきじゃなかった。ごめんなさい』


『何で謝るんだ? 私から誘ったんだぞ? それに、今まで一緒にいて大丈夫だったんだから、問題無いだろう。仮に私が怪我したとしても、それは自己責任だ。私は今日、セリアと遊べたこと、後悔しないぞ』


『でも……』


『んー……どう言ったら、信じてくれるんだろうな?』


信じるも何も、知っていた。

だって、彼の心の声は彼の口から出たそれと全く同じ言葉だったから。


けれども、それ以前の問題だ。

私は、彼の心の声が聞こえてしまうことが嫌だった。

彼の心はとても真っさらで、だからこそ心の声が聞こえることに苦はない。

けれども仲良くなればなるほど、気を許せれば許せるほど、心の声が聞こえていることを黙っていることが心苦しい。


とは言え、魔力が高いということたけでもギリギリのラインだった。

心の声が聞こえるだなんて言ってしまえば、流石に王女だと露見するだろう。

お父様とお母様に迷惑をかけないよう、流石に露見することだけは防がなければならない。


『魔力が制御できない、か。……同じ壁にぶつかり続けると、人は自分を信じられなくなる。だけど、昔聞いたんだ。神さまは、その人に乗り越えられない試練は与えないと。だからきっと、その強大な魔力もセリアが乗り越えられるからなんだろうな』


『……乗り越えられる、か』


全く自信が沸かないけれども。

……でも、素敵な言葉だと思った。


ふと、視線を感じて俯いていた顔を上げる。

その視線の主は、隣に座っていたヴィルヘルムだ。


『……ヴィルヘルム? 私の顔に、何か付いてる?』


『うーん、納得したなって』


『納得?』


『セリアの白い肌だよ。初めて見たときから、気になっていたんだ。金髪がよく映えていて、まるで月のように綺麗だなって思ったんだ』


……き、綺麗?

彼の言葉に、顔が火を噴くように熱くなった。


お、落ち着け……別に、顔が綺麗だと言われた訳ではないのだ。

化粧品販売員の人が『肌が綺麗ですね。何か特別な美容液でも使っているのですか? とても当社のファンデーションが映えます!』と言うのと、ニュアンスは一緒だ……!

……なんて、混乱した頭が必死に言い訳をする。


『ヴィ……ヴィルヘルムは、よく出かけるの?』


とにかく話題を変えなければと、私は慌てて口を開いた。


『頻繁ではないけど。父上や兄上に付いて出かけることは、結構あるかな』


おかげで、少しだけ冷静になれた。


『そう……良いな。私も、行ってみたい。色んなところに』


一度、外で思いっきり羽を伸ばしたい。

折角違う世界に生まれたんだ……色んなものを、見て回りたいと。

でも……街になんて行ったら、『心域』のせいで心の声に押し潰されてしまうのは目に見えている。


『……いつか、私が連れて行くよ。セリアの行きたいところ、どこへでも』


またもや彼の言葉に、顔から火を噴きそうになった。

でも、彼のその心からの言葉がとても嬉しくて。


『うん……楽しみに、しているわ』


そして、私と彼の短い逢瀬に幕を閉じたのだった。




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