女王と休息
執務室でギルバートと議論を重ねた後、私は自室に戻ろうと廊下を歩いていた。
ほんの僅かな距離の移動だと言うのに、私の周りには複数の護衛騎士たち。
……私の立場を考えれば今更なことなのだが。
とは言え、疲れたときも気を張り続けるのは流石に疲れる。
「……あー、疲れた」
自室に到着すると、解放されたと言わんばかりに思いっきり寛いだ。
部屋にいるのは、アリシアだけ。
おかげで行儀が悪いなんてことは気にせず、ゆったりと寛げる。
「湯浴みの支度ができておりますが、いかがいたしますか?」
「流石、アリシア。早速入らせていただくわ」
アリシアは手際よく私のドレスを剥ぎ取ると、湯あみ用の薄衣を着せてくれた。
私の部屋には、浴室が備え付けられている。
お陰で、疲れたときにすぐに湯を浴びることができるのはありがたい。
魔法を使える使用人たちのお陰で、大きめの浴槽にたっぷりと湯が溜まっている。
手動だと水を運んで、竃で沸かして、それからまた浴槽まで運んで……と、かなり大変。
塔にいたときは流石に竃で沸かすことはしなかったけれども、湯を貰ってアリシアと浴槽まで運び込んでいたから、その苦労はよく分かる。
温かい湯に浸かって、体を伸ばした。
……やっぱり疲れたときは、お風呂に限る。
「失礼致します」
アリシアが簡単に結わいていた私の髪を解き、洗い始めた。
優しく、壊れ物を扱うような指使い。
「お加減はいかがでしょうか?」
「ええ、気持ち良いわ」
「この頃随分とお帰りが遅いですから、ご体調にはお気をつけ下さいね」
「ふふふ、ありがとう。今は慣れない仕事でどうしても時間がかかっているけれども、今後少しずつ早く帰れるようになると思うわ」
「本当ですね?」
「ええ、勿論」
……『今後』までの道のりが遠いけれども、嘘は言っていない。
余計な心配はかけまいと、私はニコリと笑って断定した。
風呂をあがると、私は夜着に着替える。
そしてアリシアが渡してくれた冷たいお茶を勢いよく飲む。
「ふう、生き返るわあ」
我ながら、おじさんみたいだ。
きっと、キンキンに冷えたビールがよく似合う動作だっただろう。
そんなことを思いつつ、空のグラスをアリシアに返した。
「そう言えば、ルクセリア様。今度トミーが、ペルチを育て始めたんですよ」
「ペルチ? あのフルーツのペルチを? 庭で見かけなかったような気がするけど……」
「ああ、庭にはないですよ。個人の栽培用にといただている一区画で、新たに育て始めたみたいです」
「ポルムといい、彼は意外と甘党なのね」
……庭師は、隠密として情報を得る為に丁度良いからと隠れ蓑にしているだけと言っていたけれども、いつの間にか随分と庭師の職自体を楽しんでいるようだ。
「そうみたいです。……トミーって、意外と凝り性なところがありまして。お陰様で彼の作るフルーツは、絶妙な甘さで美味しいんですよ。ペルチの実がなった暁には、ルクセリア様の分をすぐに確保しますね」
「それはとても楽しみね。……ああ、そうだ。トミーからペルチを貰ったら、それで作ったデザートをトミーに分けてあげて。折角お礼をするのだもの、貴女の作った美味しいケーキが良いわ」
……何度か彼女のデザートを食べてみたいと言っていたし、丁度良い機会だろう。
「承知しました! ……あ、そう言えば前に話した見世物小屋、戴冠式までの期間限定って言う触れ込みだったんですが、どうやら本格的に王都に居を構えるみたいですよ」
「へえ……それは、また……。アリシアの話を聞く限り随分と面白いみたいだったし、やっぱり評判が良かったのかしらね」
「そうなんですよー! 連日長蛇の列だったみたいで、見れなかった人がいるとかいないとか。ああ、そうそう! 新しくカフェができたんですけれども、その見世物小屋の人気にあやかって、見世物小屋の近くに作ったって専らの噂なんですよね。真偽のほどは分かりませんが……どんなデザートがあるのか、今度調査してみます! 美味しかったら、ルクセリア様のデザートを作るときに再現してみますね」
にこやかに笑って答えるアリシアに、私もまた笑みを返した。
彼女が語る世界はとても優しくて、私の心も自然と温かくなる心地がする。
「アリシアの新作を楽しみにしているわね。……それと、その見世物小屋の名前は何だったかしら?」
「ええっと、確か『エトワール』です」
「エトワール、ね。ありがとう」
それからも、私たちは取り止めのない話をした。
そうしていると、かつての塔での生活が思い出されて、酷く懐かしい。
幽閉されていた間の思い出は、私にとって宝物だ。
普通幽閉と言ったら、人生が詰んだと思うのだろうが……何が悪いか何が良いかなんて、人によって随分と変わるということだろう。
やがて、夜も更けたということでアリシアが退出して行った。




