女王は、日常に帰った
あれから、幾月もの日が経った。
相変わらず、日々積み上がる仕事で忙殺されている。
セルデン共和国との戦争は、実に呆気なくセルデン共和国の降伏で幕を閉じていた。
まあ……それもまた、当然のことだろう。
最早セルデン共和国には、戦い続けられるだけの力が無かったのだから。
そもそもでセルデン共和国は、あの戦争で多くの兵を失い、また多くの財を一瞬で失っている。
その上、民の不審感は募りに募って、爆発寸前。
……既に民と国の間で何度も軽い小競り合いが発生していて、それが大きなものへと発展するのは秒読みといったところだ。
また、他国からの追及も厳しい。
特にセルデン共和国と親しかった国ほどその傾向は強く、セルデン共和国は対応に苦慮していると聞く。
そんな状態でセルデン共和国が戦い続けられる訳もなく……事実上、無条件降伏のようなものだった。
その戦後処理と、国内の侯爵家を取り潰した件の事後処理でアスカリード連邦王国の宮中も相当に慌ただしかった。
「ルクセリア様がご無事にお戻りになられて良かったです」
にこやかに笑って書類を押しつけてきたギルバートの顔が忘れられなくなる程には、私もまた忙殺されている。
「……ギルバート。随分と、疲れた様子だな。普段ならそのように疲労を表情に出すことなどないであろう?」
「ええ、まあ」
自覚があるのか、肯定しつつ苦笑いを浮かべていた。
……とは言え彼の横にいるモーガンとブライアンと見比べればら、まだギルバートの顔色はマシな方か。
「……余が言うのも難だが、少し休んだ方が良いのではないか。適度な休息は、能率を上げる」
「それは……確かに、そうですが」
ペラペラと彼らが持ち込んだ資料を読む。
「戦後処理については大枠は固まっている。後は細かい点を整理し交渉するだけ。国内の業務については……第一段階として、特に侯爵家と繋がりがあり不正に手を染めていた領官を追放済み。それと並行し、徐々に業務を王国に集中。今、集中の進捗具合は八割……か。後二割であれば、一・二ヶ月で完了する筈。……今の状態であれば、一日ぐらい交代で休みを取っても問題ないと思うが?」
「それは、まあ……確かに何とかなるかもしれません」
「であろう? それに集中が完了次第、第二段階は、侯爵家の繋がりがなく……不正に手を染める者や怠慢な者たちを切る。そこまでいけば、更に休みは取り易かろう。交代で、纏まった休みを取れ」
「え、しかし……」
「しかしも何もない。完璧に体調を整え、万全な状態で、これからも余を支えてくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
「……さて、それはそれとして、次の会議で提案する施策を詰めるぞ」
「……はい?」
「まず、学園の設立。これは外せぬな」
何故か三人とも固まっていたけれども、瞬時にギルバートは我に返ったようだった。
「具体的なプランは?」
「幼少期から学ばせる場が欲しい」
「……ほう。研究機関ではなく、単純に教育の場を設立することが目的、ですか」
「うむ。魔力持ちが、魔力を暴走させないように学ぶ場を提供したい」
「ですが、魔力持ちを優遇すれば、それもまた魔力持ちとそうでない者たちの溝が深まることでしょう」
「そうだな。だからこそ、魔力を持たない者をも対象にすべきであろうな」
「ふむ……ですが、それでは当初の目的が達成されないのでは?」
「……授業を生徒自身が選択できるようにするのは、いかがでしょうか。魔力持ちは魔法を学ぶクラスを取れば良いですし、そうでない者は教養の授業を取れば良いかと思います」
ブライアンが言葉を挟む。
「それは良い。幾つか必修の授業を定めれば、魔力持ちもそうでない者も共に学べる。後は其方の言う通り、選択制にすれば生徒自身に必要な授業が受けられる」
「最終的には、魔力持ちへの偏見を無くすことが目的……でしょうか」
モーガンの問いに、私は首を横に振る。
「否。その先だな。魔力持ちが自身の魔法を活用することができ、社会全体がその恩恵に預かれることだろうな」
「なるほど……そうすると、職業訓練場のような側面もあると良いですね」
「そうだな。だが、そう言った職業訓練場のような施設は別に作ることも選択肢であろう」
「……授業内容を粗方固め、施設の規模を決めた上で、国内に幾つ学園を設立するかを検討し、費用を見積もる必要がありますね」
「うむ」
「まずは、簡単に今話したことを紙におこして企画書を作ります。その上で、ルクセリア様にご確認いただければと思います」
「分かった。よろしく頼むぞ」
「ええ」
三人が去った後、アリシアがにこやかな微笑みを浮かべながら部屋に入って来た。
「……ルクセリア様も、勿論、お休みを取られるんですよね?」
「え、ええ……っと」
困って、目線を泳がせる。
「勿論、お休みされるんですよね? ……ルクセリア様がまた倒れてしまっては、皆の手が止まってしまいますよ」
益々感じる圧に観念して、私は溜息を吐いた。
「ええ、分かったわ。全く……アリシアには、敵わないわ」
その回答に、アリシアは満面の笑みを浮かべていた。