番外 騎士団長の溺愛日和3
そして週末。
朝から抜ける様な青空が広がる下、馬車に乗ったアルフレッドはシルディーヌと一緒にコルラルの丘に向かっている。
窓の外を流れる景色は、王都の街並みから離れて緑多きものへと変わっていく。
丘までは馬車で約一時間半の道のりで、王都から日帰りで行ける人気の観光地のひとつだ。
今の季節は花祭り、秋が深まれば紅葉祭り、冬が来れば雪祭りと、祭りばかりしているところでもある。
クッションの上にゆったり座っているシルディーヌは、単純に景色の移り変わりを楽しんでいるが、アルフレッドはそうでない。
先日の雷の爪痕がないかの確認をしているのだ。
王都では雷が落ちたところは樹木が主で、幸いにしてけが人や火事の報告はなかった。
ただ黒龍殿の屋根に掲げてある旗に雷が落ちたらしく、紺碧の旗が真っ黒に焦げていたが、それ以外は被害らしいものはない。
道中もあまり被害は見当たらず、とりあえず安堵する。
あとの心配はマンデリアの花の具合のみ。
フリードの情報によれば花は残っているとのことだったが、どの程度なのかは漠然としていた。
シルディーヌがガッカリしなければいいのだが。
もしも残念な光景が広がってたらそのときはどうするか。
女性はなにを楽しめるのか、今ひとつ分からないアルフレッドである。
フリードがお節介をするのも仕方がないことだと、改めて自覚した。
そんな胸の内を知らずに、シルディーヌはわくわくと胸を躍らせている様子だ。
菜の花色が綺麗なワンピースを着た足元には、小さめのバスケットが置かれている。
なにが入っているのか尋ねたが、シルディーヌは丘に着いてからのお楽しみだと言って教えない。
そんなこんなで馬車は走り、やがて目的地に到着した。
丘は駐車場から少し離れた場所にあるらしく、シルディーヌとともにゆっくり歩いていく。
『マンデリア花祭り』と書かれた大きなアーチを潜れば、公園のように整備された場所に入った。
予想通りに人が多く、シルディーヌがアルフレッドの腕にぎゅっとしがみ付いた。
王都の商店街でのことが思い出され、アルフレッドも慎重になる。
まああれほどの人出ではないが、祭りには酔っ払いがつきもの。
他人と関わらないようにした方がいいのだ。
「見て、アルフ。池があるわ!」
シルディーヌは、進む先に垣間見える大きな水たまりを目ざとく見つけて指を差した。
小さな船が数隻浮かんでおり、船着き場には小舟がたくさんあるのが見える。
お金を支払えば舟遊びが楽しめるようで、後で乗ることを約束した。
ほかにも子供が走り回って遊べるような広場があったりと、祭りなどなくとも十分楽しめる様な造りになっている。
さすが人気の観光地と言われるだけある。
これならば花が残念でもなんとかなるだろうと、アルフレッドは密かに息をついた。
丘まで続く小道には出店がたくさん並んでいる。
興味深そうにキョロキョロするシルディーヌが人にぶつからないよう誘導しつつ進む。
犬のようにコロコロ走り回ることはないが、夢中になっているからハラハラする。
それでもシルディーヌの好きにさせながら進んで行き、やがてたどり着いた丘に広がっていた景色を見て、さすがのアルフレッドも息をのんだ。
「わあ、すごい……これが、マンデリアのお花なの?」
「ああ、そうらしいな」
一面の広い丘の上に、紫、白、黄、赤、桃、青……と縞模様に花が植えられている。
青い空の下に色鮮やかに咲くその様は、まるで空に浮かぶ虹が舞い降りたかのよう。
雷の影響はまったくなく、丘を吹き渡る風が美しく咲く花を揺らせば、波のようなうねりが起こる。
まるで花が歓迎のダンスを踊っているかのよう。
花畑にも小道が作られており、自由に散策ができる。遠い遥か先で歩いている人が小粒に見えるほどに広い。
シルディーヌはアルフレッドの腕から離れ、花の香りを楽しんでいる。
蝶が舞い、ミツバチが花粉を運ぶ。
のどかで美しい。楽園とはこういう場所を示すのだなと思いながら、シルディーヌともに小道を歩く。
「本当に素敵……来てよかったでしょう? アルフ」
「ああ、そうだな」
相づちを打ちながらも、アルフレッドは変わらぬ景色に飽きていた。
確かに美しく、最初のインパクトは相当のものだったが、それだけだ。
やはりころころと表情を変える花の方が百倍素晴らしいと思うし、飽きない。
アルフレッドの腕に捕まるかわいい花は、謎も多くて、思い通りにならなくて苦労するが、一生大切にできる者だ。
「ね、アルフ。あそこがいいわ。あの平らな場所にしましょう」
突然シルディーヌがアルフレッドの腕を強く引っ張った。
ぐいぐい引かれて向かったところは、大きな木が涼やかな日陰をつくっていた。
シルディーヌはバスケットの蓋を開き、敷物を取り出してふわりと広げる。
そして座るのを勧めてくるので、アルフレッドはシルディーヌの隣に腰を下ろした。
「……持ってきたのは、それか?」
シルディーヌがバスケットの中から次々と取り出す物を、アルフレッドは目を見開いて眺める。
「そうなの。早起きして、寮にある小さなキッチンを借りて作ったの。アルフのお口に合うといいんだけど」
シルディーヌが持ってきたのは、二人分のランチだった。
四角いパンにチーズとハムと葉野菜を挟み込んだもの。骨付きのグリルチキン。それに果物にミルクだ。
「全部、お前が、作ったのか?」
「そうなの。食堂のシェフにお願いして食材を分けてもらったの。作り方も教えてもらったわ。だからきっとおいしいはずなの……はいっ、どうぞ!」
シルディーヌが思い切ったように差し出したパンを、アルフレッドは中身を零さないよう慎重に受け取った。
シルディーヌじっと見つめる中、ぱくりと頬張る。
咀嚼をするところを、シルディーヌが息を詰めて見ているのを感じる。
「……うまいな」
お世辞でもなく心の底から言った声は、アルフレッド自身も驚くほどに小さなものだった。
それでもシルディーヌには伝わったようで、ほーっと大きな息をついて胸を押さえた。
「お前も食べろ。そんなに不安がるとは、味見してないのか?」
「したわ。だけど、好きな人に初めて作ったんだもの。いいと思ってても緊張するわ」
そう言って微笑み、シルディーヌはパンを口に運ぶ。
それからシルディーヌはいろんな話をする。
友人のペペロネがフリードに恋をして猛烈アタックをした結果、実りそうだとか。
友人のキャンデイも舞踏会で素敵な人を見つけただとか、主に恋の話だ。
青い空に浮かぶ白い雲がゆっくり流れ、虹のような花畑は変わらず美しい。
時折風に吹かれ、シルディーヌの話に相づちを打ちながら手作りのランチを食べ、のんびりと過ごす。
たまにはこんな時間もいいものだと思う。
もちろん、隣にいるのがシルディーヌ限定でのことだ。
それから最初に見た池に行き船に乗り、出店で買い物をして夕暮れに帰路に着く。
馬車に揺られてうとうとし始めたシルディーヌが、アルフレッドの肩に頭を預ける。
その重みを感じながら、すやすやと眠る長い睫毛に白い肌を見ているうちに誘惑にかられ、なんとも我慢できず、アルフレッドはそっと顎を持ち上げて唇を奪った。
「お前が無防備に寝るのが悪い」
それから二度ほど口づけをしても、シルディーヌは起きる気配がない。
いっそこのままマクベリー邸に連れて行き、すべてを自分のものに……と考えるが、欲望の底に沈み込んだ理性を引っ張り上げてなんとか思い留める。
シルディーヌが侍女の仕事を終えるまであと数ヶ月間、甘くてじれったい恋人期間を楽しむのも悪くない。
アルフレッドの溺愛日和は、まだまだずっと先。
「そのときは容赦しないから、覚悟しろよ」
シルディーヌの耳もとでつぶやき、四度目の口づけをする。
そして、王宮に着いて起こしたシルディーヌに「愛している」と何度もささやきながら、五度目の情熱的な口づけをしたのだった。
このとき骨抜きになったシルディーヌに、一度目ではなく五度目の口づけだったと知られたのは、随分後のこと。
ぷっくり膨れたシルディーヌに叱られるが、その顔が一番かわいいと思うアルフレッドだった。
【番外完】




