地位と金①
金子からの事情聴取を終え、都内へ戻るに当たり、「田村敬之さんから、話を聞いてみたいですね」と圭亮が言い出した。
正子の夫だ。四十九日の法要では屋敷にいたが、品川翔子の事件の夜は屋敷にいなかったことより、一旦は容疑者から外れていたが、外部から侵入が可能だったことが分かった今、再び容疑者の一人となっていた。
動機は信之の社長就任だろう。飯尾が社長として居座っている限り、社長にはなれないし、翔子は多数の株式を有し、信之の社長就任に反対の票を入れる可能性があった。我が子を品川ケミカルの社長につける為に、正子と共謀して飯尾を殺害し、障害となるであろう翔子を取り除いた。立派な動機となり得る。
確かに敬之から話を聞く必要があった。
田村敬之は都内にある私立の高校で数学を教えている。連絡を取ると、学校に来るのは止めて欲しいとのことで、高校の側にある喫茶店を指定された。
レトロな昭和を感じさせる喫茶店の二階で、田村敬之は待っていた。数学の教師と言うので、気難しそうな中年の男性を想像していたのだが、待っていたのは丸顔で、小太り、眼鏡の奥の目がきょときょとと動く、小心そうな男性だった。
竹村の姿に気がつくと、椅子から立ち上がって、「田村敬之と申します」とお辞儀をしながら四人を迎えた。
「大人数ですいません。こちらは吉田。以前、お会いしていますね。それから、この二人は――」と竹村が圭亮と西脇を紹介してくれた。
「鬼牟田圭亮です」と圭亮が上から威圧するように右手を差し出すと、敬之は暫し、呆然と見上げた後、慌てて圭亮の右手を握り返した。
「まあ、立ち話も何ですから、座りましょう」
圭亮がコーヒーを飲みたいと言うので、コーヒーを注文した後で事情聴取が始まった。
「田村敬之さん。先週の土曜日の深夜から日曜日の朝にかけて、どちらにいらっしゃいましたか?」
「そ、それは翔子さんの死亡推定時刻ですか? アリバイですか? 僕は容疑者なのでしょうか?」と質問を重ねた。
「関係者、皆さんからお聞きしています」
「常套句ですね。僕が屋敷にいなかったことはご存じだと思いますが」
「どうやら外部から屋敷に侵入することが可能だったようです」
「ああ、それで。土曜日の夜でしたら・・・当たり前ですが、家で寝ていました」
「それを証明できますか?」
「息子が、信之が家にいたと思います」
「おやっ⁉ 信之さんは家にいなかったと証言していますよ」
「ああ、そうですか。あれも良い年ですので、あまりその辺、うるさく言わないものですから。では、残念ながらアリバイはありません。ですが、翔子さん、自殺ではないのですか?」
「自殺と他殺の両面から捜査を進めています」
「ふうむ。他殺の疑いがあると言うことですか・・・」数学教師だけあって鋭い。「しかし、僕には翔子さんを殺害する動機がない」と敬之が言った。
「息子さんを社長にするため――違いますか?」
「ああ~なるほど。飯尾さんと翔子さんの保有株式を合わせると、最大株主になりますからね。でも、それはおかしい。翔子さん亡き後、保有株式は彼女の親族の誰かが受け継ぐことになるでしょう。我々ではない。彼女を殺す理由にはなりませんよ」
「うぐっ!」ぐうの音も出ないとは、このことだ。この手のことに、竹村は詳しくない。
すかさず横から圭亮が口を挟んだ。元サラリーマンだ。圭亮の方が詳しい。
「しかし、飯尾さんと翔子さんの連携を崩すことはできます。二人の連携が崩れた場合、正子さんと正憲さんの保有株式を合わせれば、あなた方が最大株主となるのではありませんか?」
「はあ、まあそうですが、それにでも絶対有利という程ではありません」
「飯尾さん、もしくは翔子さんの遺族と手を組めば、息子さんを社長の座に着かせることが可能なのではありませんか? 実際、正憲さんは別件ですが、飯尾さんの奥さんと接触しているようですし」
「ああ~なるほど。確かに。信之が品川ケミカルの社長になってくれれば、そりゃあ、嬉しいですけどね、まだ早い。もう少し、経験を積んでからの方が良いでしょう。今じゃない」
「そうですか・・・」
「むしろ、飯尾さん亡き後に、翔子さんを抱き込んだ方が早いでしょう。殺す必要がない」
道理だ。数学教師だけあって、理屈っぽい。
「そうですか? 翔子さんが、あなた方が飯尾さんの殺害に関与していたと疑っていたとしたら、彼女を抱き込むことなんて不可能でしょう」
「ふむ。あなた、なかなか理論的でいらっしゃる」
圭亮との会話を楽しんでいるようだ。
圭亮の出番は終了だ。竹村が後を引き取る。「丁度、話が出たのでお伺いいたします。飯尾さんが殺害された夜、不審な物音を聞いたり、不審な人物を見かけたりしていませんか?」
「我々が泊った部屋は飯尾さんの部屋の対極に当たります。あの屋敷は昔ながらのバカでかい家ですからね。少々の物音は聞こえませんよ。飯尾さんの死亡推定時刻は何時頃ですか?」
「夜十時から十二時の間と見られています」




