地位と金②
「う~ん。その時間ならシャワーを浴びて、ベッドに入った時間だ。何も気がつきませんでした。大体、僕に彼を殺さなければならない動機がありません」
「それは息子さんを社長にするため」
「言った通りです。あいつにはまだ早い。それに考えても見てください。僕が飯尾さんを殺したとしたら、息子が社長になれますか? きっと反対する人間が出て来る」
「それは、まあ・・・」なかなか強敵だ。「では、飯尾さんに恨みを持っていた人物に心当たりはありませんか?」
「恨み? 飯尾さんは人に好かれる人ではなかったと思いますが、恨んでいたとなると、どうですかね。それほど親しい間柄ではありませんでしたので」
「飯尾さんと翔子さんが共謀して高房さんを殺害したのだとしたら?」
「飯尾さんと翔子さんが!・・・共謀して・・・高房さんを・・・それは・・・考えてもいなかった。てっきり高房さんは自殺したものだと思っていました」
「あなたが正子さんと共謀して飯尾さんを殺害したのではありませんか?」
「復讐・・・ですか・・・家内が言っていたのは、本当だったのですね」
「奥さんが? 何と言っていたのですか?」
「不倫関係にあった飯尾さんと翔子さんが、邪魔になった高房さんを自殺に見せかけて殺害したと言っていました。高房さんは、翔子さんとの離婚を決めていた。だから、それを知った二人が、先手を打って、高房さんを殺したのだと」
「二人が不倫関係にあったことを知っていたのですね?」
「まあ、人の口に戸は立てられませんからね。飯尾さん、ある意味、堂々と不倫をしていらっしゃった」
飯尾が秘密の抜け道を通って屋敷に忍んで来ていたことは分かっている。そのことを敬之に伝えると、「秘密の抜け道のことは知りませんでしたが、高房さん、飯尾さんと鉢合わせをしたことがあったみたいですよ」と敬之が言った。
「えっ!」間男が亭主と鉢合わせをしたというのだ。
「無論、部屋でばったりという訳ではなかったようです。高房さん、二階の空き部屋を寝室代わりに使っていましたから。ある日、屋敷に戻ると、勝手口から入って来る飯尾さんを目撃してしまったようです」
安井が屋敷中の戸締りを確認して帰った後、翔子が勝手口の鍵を開けておいたのだろう。自宅に戻った高房は秘密の通路を通って屋敷に侵入して来た飯尾と鉢合わせたという訳だ。
「そのことを家内に淡々と話したそうです。そして、『そろそろ、はっきりさせなければならない時期なのかもしれません』と高房さんが言ったと、家内は言っていました」
冷え切った夫婦関係であることは、周囲に知れ渡っていた。きっぱり別れて、二人共、人生をやり直した方が良い。正子は高房にそう忠告したと言う。
「二人の為だと言っていましたが、それは建前であって、高房さんに万が一のことがあると、品川家の財産が翔子さんのものになってしまいます。そんなの、耐えられないと家内が言っていました。酷い女だと思うかもしれませんが、僕には家内の気持ちが分かる気がしました。高房さん、イケメンでしたからね。結婚前は翔子さんの方が、乗り気だった。それが結婚した途端、飯尾さんと浮気でしょう。正直ね。夫婦なんて支え合って、なんぼのものでしょう。正直、僕だって品川家の財産が翔子さんのものになるなんて、許せない気持ちでした。やっと高房さんが決心してくれたと思ったのに、それから暫くして自宅で首を吊ったと聞かされました。『ああ、間に合わなかったか』と残念でしたよ。ああ、少し余計なことをしゃべり過ぎました」そう言って、敬之は口を噤んだ。
高房の死が他殺ではなく自殺であったなら、その原因のひとつに、こういった正子たちの言葉が、必要以上に高房を追い詰めてしまったのかもしれない。
「高房さんの無念を晴らす為、復讐の為に飯尾さんを殺害したのではありませんか?」
「だから、先ほども申した通り、高房さんが亡くなった時、警察から自殺だと聞かされ、それを今の今まで信じていました。確か、高房さんが首を吊った部屋には鍵がかかっていたはずですよね? 何か新しい発見でもあったのですか?」
「はい。外から鍵をかけて、部屋に鍵を投げ入れることができたと考えています」
「ほう~正直、今更ですね。しかし、飯尾さんが亡くなった時点では、まだ自殺だと信じられていた訳でしょう。復讐は動機になりません。僕は飯尾さんを殺してなんかいません。あの夜、飯尾さんの部屋になんか行っていないのですから。ちゃんと調べれば分かるはずです。今は、指紋やらDNAとかで、分かるはずです」
敬之の言う通り、現場から指紋や毛髪等、敬之に繋がる証拠は見つかっていない。
竹村が質問を変えた。「高房さんと高憲さん、仲がよろしくなかったそうですね?」
「仲が悪かった? そうですか。僕には普通の親子にしか見えませんでしたけど。お義兄さんと高房さんは、大学卒業後の進路のことで揉めていたみたいで、一時期、険悪な関係にあったことは間違いありませんが、だからと言って親子ですよ。心の中では分かり合えていたはずです」
高房がスタンガンを持っていたかどうか尋ねてみたが、「スタンガン? さあ、僕は知りません。スタンガンがどうかしたのですか?」と何も知らない様子だった。
敬之からの事情聴取を終え、喫茶店を出て車に戻った。




