第20話
「最近さ、守流、学校楽しそうだよな」
「そうかな」
テスト前になり、部活が休みの拓人と下校中にそんなことを言われ、守流は頬を掻く。
確かに体育大会以降、クラスメイトとの距離が近付いたからか、話が合う友達も見つかり、教室が楽しい場になっている。
「友達増えたんじゃないのか?」
「増えたけど……、秘密を共有してるのは拓人だけだよ」
「なんだよ! 誰もそんなこと聞いてないだろっ!」
バシバシと肩を叩く拓人は、言葉とは反対にめちゃくちゃ嬉しそうだ。
守流は、肩を庇いながら笑ってしまった。
喜八のことを知っている友達は拓人だけだ。
他の誰にも話すつもりはない。
用水路掃除を少しも嫌がらずに協力してくれた拓人は、守流だけでなく、きっと喜八にとっても特別な友達だ。
夏休みに掃除をした用水路は、秋になった今もきれいなままだ。
最近はゴミが流れて来ると、近所の人達がマメに拾ってくれているらしい。
人間、汚れた場所は見ないふりを出来ても、きれいな場所は、汚してはいけないような気がするものなのかもしれない。
二人が橋の上に近付いた時、用水路沿いの生活道路の方から、ワイワイと声がした。
ガードレール越しに下を見ると、下校中の小学生が数人、用水路を覗き込んで喋っている。
その中に、妹の望果を見付けて、守流は眉根を寄せた。
「お前ら落ちるぞー。道草食ってないで真っ直ぐ帰れよー」
ガードレールの切れ目から降りつつ、拓人が声を掛けると、小学生達は「はーい」と返事をしてこちらに歩いて来た。
望果は守流に気付いて、少し顔をしかめた。
「寄り道するなよ」
「ちょっと見てただけだし!」
すれ違いざまに言えば、望果はツンと顔を背けて、友達と話しながら家の方へ歩いて行く。
守流は溜め息をついた。
最近の望果は、何だか守流に対してツンケンした態度ばかりだ。
「ケンカしたのか?」
突然下から声がして、守流と拓人は用水路の方を向く。
随分涼しくなった今でも、半袖半ズボンの体操服に麦わら帽子を被った喜八が、底に立ってこちらを見上げていた。
「別にケンカはしてないよ。それより喜八、さっきの子達に見つからなかったの?」
「うん。水の中にいたから」
水の中にいれば、河童の姿は人間の目には映らないらしい。
だから以前、みかん山の小川で、水中から守流達を見ていたという喜八に気付かなかったのだろう。
「……でも、オレ、そろそろ別の所に行こうと思って……」
喜八が両手を揉みながら言うので、守流と拓人は顔を見合わせた。
「別の所って?」
「遠くの、別の街、とか……」
「え! なんで!?」
「ほら、この辺の川、もう大体きれいになったし。もっと別の川の掃除しようかなって……」
歯切れ悪く喜八が言う。
どうにも様子がいつもと違った。
「……別の川に行っても、僕たちがここに来たら、姿を見せてくれるんだろ?」
恐る恐る尋ねた言葉に、喜八は無言で困ったような顔で微笑んだ。
「なんで!? 別の川に行っても、遊びに来るって言ったじゃないか」
「そうだよ、水の中ならチョチョイと長い距離を移動出来るんだろ?」
二人が勢い込んで言えば、喜八は更に困ったような顔で両手を揉む。
「同じ町内くらいならすぐに移動出来るけど、それ以上離れれば難しいかなぁ……」
「それでもたまには来れるだろ?」
喜八は少しの間、両手を揉みながら口をもぐもぐさせていたが、一つ息を吐いて言った。
「この辺りの用水路、全部蓋するんだって」
「え?」
「町田のじいちゃんが言ってた。『年度末までに、全部道路の下になる』んだって」
そういえばこの前の回覧板に、来月から工事で通行止めになる区域が書かれてあったのを思い出した。
その区域に、この生活道路は含まれている。
橋になっている上の道路と違い、用水路に沿って伸びる生活道路に、ガードレールはない。
ガードレールを作るか、用水路自体を塞いで道路の幅を広げるか、随分前から議論されていたと聞く。
どうやらそれは、後者に決定したようだった。
守流達は愕然とした。
用水路がアスファルトの下に隠れてしまえば、いくら喜八がいても会えない。
だって喜八は、水から離れたら、途端に干からびて消えてしまうのだから。
「でも! でも、ここの近くの川で、どこか会える所を探せば…」
「……オレ、やっぱり遠くの場所に移って、ちゃんと掃除したいから」
守流の言葉を遮るようにして言った喜八は、大きく一度深呼吸してから、ニイといつものように笑った。
「だから、オレ、ここの工事が始まったらサヨナラするね」




