第19話
「皆よく頑張ったな。おつかれさま!」
永井先生の掛け声の後、クラスの皆が「おつかれー!」「やった~、終わった〜」と好きに声を上げた。
体育大会が無事に終わり、運動場の片付けも終えて、教室で保護者会からのジュースを配られたところだ。
クラスの成績は六クラス中四位と、大喜びするような成績ではなかったが、団体競技の長縄はギリギリ一位を取った。
それもあってか、クラスはとても盛り上がった。
去年の体育大会よりも、ずっと楽しかったと守流は思った。
「今日はゆっくり休めよ。週明けには実力テストと立志式に向けて準備が始まるからな」
さあ帰ろうというタイミングで、先生が言った。
「せっかく盛り上がったんだから、テストとか言わないで欲しいよな」
守流の後ろから声を掛けてきたのは、原田だ。
「今回は実行委員を代わってくれて、すごい助かった!ありがとうな、門脇」
「いいよ、意外と面白かったし」
「お! こういうの向いてるんじゃないか? 生徒会役員、来年一緒に立候補するか!?」
さすがにそこまでじゃない、と顔をしかめて断っていたら、側に来ていた木戸朝美が笑った。
「私も門脇くんがやってくれて助かったよ。今回実行委員をやったから、私達は立志式の実行委員を決める時、外してくれるって先生が言ってたよ」
立志式とは、二月に行われる学校行事だ。
昔の元服にあたる儀式的な位置付けで、数え十五歳にあたる中学二年生が行う。
『一人ひとりが志を立て、己の人生を前向きに生きる為の指針と意志を表明するもの』らしい。
全国的に行われているわけではないが、守流の住む県は、全域の中学校で行われている。
「お決まりの『将来の夢』とかで、作文書かされるんだろうなぁ」
「毎年恒例みたいだもんね」
原田と朝美の会話に、守流は曖昧な笑みで相槌をうった。
帰り道、守流は拓人と二人で並んで歩いていた。
「……夢か。勘じいちゃんの夢、何だったのかな」
「そこは分からないんだっけ?」
「うん。思い出せなくて…」
体育大会前、教室で永井先生と話した時、守流は勘じいちゃんと最後に会話したことを思い出したのだった。
しかし、一部分だけ、どうしても思い出せない。
勘じいちゃんの、夢。
守流は思い出したことを頭の中で反芻する。
小学校二年生の夏休み。
あの日、みかん山の小川で、守流は勘じいちゃんに学校での話を聞いてもらった―――。
小川の縁にある岩に腰掛けて、小学二年の守流は口を尖らせていた。
一学期の最後に書いた作文を、夏休みに書き直してくるよう、特別に宿題が出されたのが不満だったのだ。
守流は二年生になって、担任になった先生が苦手だった。
注意する時に、大きな声で厳しい言葉を使う先生。
守流が皆より行動が遅いと、怖い顔をして「急ぎなさい」と言う。
それが守流はとても嫌だったし、この作文のように、提出した宿題をやり直しと言われるのも嫌だった。
『戦隊ヒーローのレッドになるって書いたら、だめだって言われたんだ』
『将来の夢について書けって言われたんだろう? ヒーローの何がいかんのだ?』
『本当の大人がするようなことを書きなさいって。職業とか…』
勘じいちゃんは大きな口を開けて笑う。
『そんな狭い範囲で決めろなんて、先生も固いこと言うもんだなぁ。いいじゃあないか。もう一回、ヒーローになるって書いてみれば』
『だけど、また怒られるよ』
『怒られたって、守流の思うように書いたらいい』
守流の頭を、勘じいちゃんは撫でるが、守流の表情は晴れない。
『先生は僕にいっつも「もっと頑張りなさい」って言うんだ。別の夢を書かなきゃ、きっとまた言われるよ』
『守流はいつも頑張ってるだろう』
『でも……』
『大丈夫、誰がなんて言ったって、守流は守流のペースで成長出来る。勘じいちゃんはちゃぁんと知ってるんだ』
目尻にシワを寄せ、勘じいちゃんはニカッと笑う。
『守流はがんばり屋で、優しい子だ。守流は守流でいいんだよ。上手く言えなくても、守流が思うように言っていいんだ』
勘じいちゃんの励ましは嬉しかった。
でも、今回の作文を書き直さないと、結局学校で叱られるのは守流なのだ。
そこで守流は思いついた。
『じゃあ、じゃあさ、夏休みが終わったら、勘じいちゃんが学校に来て先生に言ってよ。作文はこれでいいでしょうって!』
『……あぁ…、そうしてやりたいが、ちょっと難しいなぁ…』
勘じいちゃんは初めて表情を曇らせた。
『なんで?』
『夏休みの後はなぁ…。そうだ、お母さんに頼んでみるか』
『……母さんはもう何回も先生と話してるもん』
『そうかぁ』
先生と何回か話して、少しマシになっての今なのだ。
『それなら、手紙を書くか、電話してやろう』
『ううん、もういい……』
守流は俯いて溜め息をついた。
勘じいちゃんなら学校に乗り込んでくれるかと思ったが、そうはならないようだ。
『夢なんて、ヒーロー以外にないよ。……それって、おかしいの?』
『いいや、おかしくなんかないさ。今はなくても、その内にこれってものがみつかるもんだ。子供の頃に見つける人もいれば、年寄りになってから見つける人もいる』
勘じいちゃんは守流の側でしゃがみ、俯いた顔を覗き込む。
『……勘じいちゃんは今でも夢があるの?』
“将来の夢”なんて、歳をとったらないのかと思っていた。
守流が顔を上げると、勘じいちゃんは笑って大きく頷いた。
『あるぞ。勘じいちゃんの将来の夢はなぁ……』