7.私達なりの「鬼退治」
その後の兄と末永さんの動きは早かった。
二人は警察の全面協力を得ることに成功し、その他の族長に加担する有力者たちも黙らせた。
そして、族長の家に一族の重鎮たちが集まる会合の日を狙って、周囲を取り囲み、一斉検挙に踏み出した。
私と弟も、無理を言ってその場に立ち会わせてもらった。
集まっていた者たちは、全員捕らえられた。
その中に父の姿を見つけて、駆け出そうとしたところを、末永さんに腕を掴まれ止められた。
「君のお父さんは、家族を盾に脅され、無理矢理仕事をさせられていたようだ。だが、無実という訳にはいかないだろう。脅されたとはいえ、言いなりになっていたんだ。罪は償わなければならない。お父さんには直ぐに会える、今は検挙の邪魔になってしまうから、ここにいなさい」
私は、しょんぼりと頷いた。
警察官に族長たちと一緒に連行されていく父を見て、思わず呟いた。
「これで本当に良かったのかな?」
私の呟きを拾った末永さんが言った。
「何が正しくて、何が間違っているかなんて結局は誰にも分からない。時代や人によっても変わってくる。ただその時々に結果論で判断されるだけだ。だが、私は彼らを許せない。だから、私は私の権利を最大限に行使して、彼らに罪を償わせるつもりだ。迷うのは君の自由だ。ただ、自分にとって本当に大切なモノだけは見失わないように。……ちょっと偉そうだったかな」
「相変わらず、お前は態度がデカイな」
そう言って、近付いて来ていた瀬山さんが末永さんを小突いた。
——数日後、実家に戻っていた私をルーカスさんが訪ねてきた。
「朱伽。僕と父さんは、向こうでの仕事があるから、そろそろ帰国しないといけない。またすぐに会いに来たいけれど、たぶん一年近くは、会いに来られないと思う」
「そう……」
「朱伽。僕と結婚して、一緒に来てくれないか? 僕は、君のことを愛している。本当は、一日だって離れていたくない。でも、君がやっと会えた家族と過ごしたい気持ちも理解るから……。三日後にまた会いに来る。それまでに考えておいてほしい」
「ルーカスさん……」
「彼は帰ったのか?」
「兄さん」
「どうした? 元気が無いみたいだけど、彼に何かされたのか?」
「違うの。そうじゃなくて……。帰っちゃうんだって、アレンさんと一緒に……」
「そうか……。寂しくなるな」
「……うん」
プロポーズのことは、何故だか言えなかった。
次の日、一日中部屋に籠っていると、めずらしく母がやって来た。
「朱伽。どうしたの? 具合でも悪いの?」
「心配かけてごめん。大丈夫だから」
「朱伽の大丈夫ほど、あてにならないものはないと思うのだけれど……」
そう言って、母は嘆息した。
「ねぇ、朱伽。あなたが何に悩んでいるのか私には、分からないわ。だって、何も話してくれないのだもの。お祖母様がいらっしゃった頃は、お祖母様。おられなくなってからは、桐吏にばかり。母親である私や父親のあの人には、全く相談してくれないじゃない。私たちは親としてそんなに頼りないのかと、ずっと悩んでいたわ」
「そんな! そんなことないよ! ただ、話すほどのことじゃなかっただけで……」
「朱伽。嘘はいけないわ。悩んでいたから、この国から出て行ったのでしょう?」
「そうだけど……」
「朱伽。前の時は力になれなかったけど、私はあなたの母親で、いつだってあなたの幸せを願っているの。親は可愛い子供のためなら何だってできるのよ。お願いだから、話してくれないかしら?」
「母さん……。ごめんね。私、親不孝ね」
「そんなことないわ。あなたがあなたにとって正しいと思うことを、あなたの『正義』を諦めなかったから、あなたが結んでくれた縁で私達は救われたのよ。本当にありがとう」
「そんな。私の方こそ、ありがとう」
私は、今まで遠く感じていた母に初めて自分を認めてもらえた気がして、少し近づけたようで嬉しくなった。
自分のことを見ていてくれたのだと理解って、母なら今の悩みに答えをくれる気がした。
「私、……ルーカスさんにプロポーズされたの」
「そう」
「帰国しないといけないから、明後日に返事がほしいって……。私、どうしたら良いのかな?」
「そうね。そうやって、あなたが悩んでいるのが答えなんじゃないかしら?」
「どういうこと?」
「だってあなたは、相手のことが好きじゃなかったらその場で断るでしょう? 断らないってことは、好きなのよ」
「でも……」
「潔く認めなさい。無くしてから大切なことに気付いても遅いのよ。あなたには、後悔してほしくないから……」
もしかして母は、父のことを後悔しているのだろうか?
「……母さん。……私、ルーカスさんに付いて行っても良いかな?」
「それがあなたの幸せなら、もちろん応援するわ!」
「ありがとう、母さん」
私の目から、涙が溢れた。
母は、私を抱き寄せて頭を撫でてくれた。
――約束の日、私はルーカスさんに返事をした。
「私、……ルークのことが好きみたい。だから―—」
続きを言う前に、彼に抱き締められた。
「朱伽! 初めてルークって呼んでくれたね! 嬉しいよ! ありがとう!」
「ちょっと、苦しいですって!」
私がそう言うと、彼は「ごめん」と言って離してくれた。
「もう。そういうのは、やめて下さいね。じゃないと、ついて行きませんから」
「えっ!? それじゃあ、一緒に来てくれるの?」
私は、頷いた。
「朱伽!」
彼は、再び私に抱きつこうとして、先程の言葉を思い出したのか、思いとどまった。
その様子が可笑しくて、私は思わず笑ってしまった。
「あははは……」
私は、ルークの手を取り、瞳をしっかりと見つめて言った。
「ルーク。私、あなたといると楽しくて、幸せだと思えるの。だから、こんな何もない私だけど、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね! でも、朱伽は存在自体が奇跡だから! これからは、何もないとか、卑下するようなことは言わないで! ね?」
「ルーク……。ありがとう」
私は、こぼれ落ちそうな涙を堪えて微笑んだ。
一週間後、私とルークは身内だけで慎ましく結婚式を挙げ、その後すぐ、私、ルーク、アレンさん、それと瀬山さんも一緒に、慌ただしく出国した。
——それから約一年後……。
「私ばっかり、こんなに幸せでいいのかしら……。父さん、母さん、それに兄さんと充琉も、どうしているかな?」
私は、膨らんだお腹を撫でながら、隣に座るルークに話し掛けた。
「朱伽、もちろん、幸せでいいんだよ! 心配はお腹の子に悪いから、やめてほしいな。それに、朱伽の心配の元は瀬山さんが桐吏や充琉と一緒に父さんや末永さんの力を使って解決してくれているよ。だから、安心してね」
「えっ!? どういうこと?」
「もうすぐ、瀬山さんが帰国すると思うから、帰って来てから一緒に話を聞こう」
「うん。ありがとう」
数日後、瀬山さんはサプライズを連れて帰って来た。
ルークと一緒に玄関へ出迎えに行った私は、その姿を見つけて目を見開いた。
「!」
「朱伽!」
「父さん! 母さん! 兄さんに充琉も! どうして?」
「朱伽。皆のお陰で、やっとあの忌まわしい一族から開放されたよ。それに、末永さんのお陰で、随分と罪も軽くなって、執行猶予が付いたんだ」
「そう……」
「ありがとう、朱伽」
「母さん……」
「ところで朱伽、もうすぐ俺の甥っ子か姪っ子が生まれるらしいな? 体の方は大丈夫なのか?」
「兄さん、私は大丈夫よ。兄さんこそ大丈夫なの? ずっと無理していたんじゃない?」
「あの、まあ、なんだ、とりあえず移動するか?」
応接室に入ると、私達が出国した後の一族のことを瀬山さん、兄、弟の三人が詳しく話してくれた。
その間、私もルークもそして父と母も口を挟むことなく、静かに聞いていた。
族長は、死刑、その他の者たちは、無期懲役が求刑されたそうだ。
だが、全員が上訴したため、まだ裁判は終わっていない。
末永さんが私たちの代わりに戦ってくれていると思うと、申し訳ない気持ちになるが、私が力になれることはもうないだろう。
あとは、この遠く離れた異国の地から、末永さんの勝利を祈るだけだ――。
お読み下さり、ありがとうございます。
「鬼退治」に激しい戦闘を期待していた方がいたらすみません。




