8.エピローグ
——その夜、細やかな晩餐会が開かれた。
宴も酣となってきた頃、一人でバルコニーに佇む瀬山さんが目に入り、近づいて声を掛けた。
「瀬山さん、愁くんには会えたんですか?」
「いや、遠くから様子だけ見てきたよ」
「そうですか。……良かったんですか?」
「ああ。彼は、母親の実家で祖母と従兄妹と一緒に幸せそうに笑っていた。研究の方も頓挫してしまった私には、もうしてやれることは何もない。だから、会って変な希望をもたせるより、あの時に亡くなった過去の者としての存在でいてやるのが一番だと思う」
「そんなことないと思いますけど。会えるだけで、生きていると分かるだけで、十分嬉しいと思いますよ」
「そうかもしれないが、私がつらいんだ。彼のこれからのことを考えると……、合わせる顔がないんだ」
「瀬山さん……。生きていれば、生きてさえいれば、きっといつか会うことが出来ますよ。だから、長生きして下さい……」
そう言って、私は瀬山さんの右手を両手で包み込んだ。
「そうだ! この子が生まれたら、家庭教師をして下さいよ! きっと、ルークも喜んでくれます!」
「ありがとう……。朱伽さんは、私にとって『灯台から射す光』ですよ」
「それを言うなら、異国の地で不安しかなかった私達に手を差し伸べてくれた、瀬山さんの方こそ『光』です」
「何二人で盛り上がっているの?」
「ルーク!」
「ふっ、本物の光が現れたよ!」
「そうですね!」
「何の話?」
今の私にはすぐ傍に道を照らし、導いてくれる光がある。
でも、これから先も光を見失い、何が正しいのか、何が間違っているのか、考え、悩み、迷うことがきっとあるだろう。
そうして道に迷っても、幽かな光を探して自らの足で一歩一歩を踏みしめて歩んで行くだろう。
もしも真っ暗な大海原で、航路を見失い遭難しても私は決して諦めはしない。
幽かな月明かりや、星の瞬きすらも頼りにして灯台の光を探し、自らの手で舵を取り進むだろう。
英雄には英雄の、鬼には鬼の、そして私には私の「正義」がある。
決して自分の信じているものや、行動の全てが「正しい」とは思わない。
ただ、瀬山さんの言っていた「灯台から射す光」に本当になれるとしたら、それはとても素晴らしくて、誇らしいと思える、目標とするものに相応しいような気がした。
正義とは、暗闇の中で灯台の光が指し示す航路のようなものかもしれない…………。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
「正義」の定義が難しくて、色々と読んでみたりしたのですが、結局、答えはでませんでした。
人によって違うものなのだろうと捉えて、この話を書いてみました。
正直、私は主人公のように強くはないので、自分にとっての「正義」が何なのか質問されても答えられません。
ただ、「正義」とまでは言えないと思うのですが、人の嫌がることはしないだとか、自分のできる範囲で困っている人がいたら助けるようにするだとかそういったことは、心がけるようにしています。
みなさんにとっての「正義」とは何ですか?
はっきりと答えられる人は、確固たる信念を持った意志の強い人か、思い込みの激しい人、あるいは洗脳やマインドコントロールされている人のどれかではないでしょうか?
人間とは、迷い、思い悩む生き物だと思うので、大抵の人ははっきりと答えられないのではと考えました。
もちろん異論は認めます!




