2.初恋①
大学二年生になり二ヶ月以上が過ぎたある日、学校からの帰り道を歩いていると急にお腹が痛くなり、私は道の端に寄ってうずくまった。
すると、「どうしました?」と綺麗な人が心配そうに声をかけてきた。
「だい、じょうぶ……です」
私は、なんとか答えた。
「全然大丈夫じゃないでしょう?」
彼はそう言って、私の顔を覗き込んだ。
「脂汗が酷い……。持病はありますか?」
「ない、です」
「そうですか。とりあえず救急車を呼びますね」
「えっ!?」
その後、その人に付き添われて病院へ行った。
私は急性虫垂炎で入院した。
助けてくれた人は、瀬山愁くんといって、大学で医学の勉強をしているそうだ。
歳は私のひとつ下だった。
彼は、何度かお見舞いに来てくれた。
「こんにちは。調子はどうですか?」
「愁くん! 今日も来てくれたの!」
「今日は、アルストロメリアを持ってきました」
「わぁー! 綺麗! いつもありがとう!」
「花瓶に生けてきますね」
そう言って、前にもらったトルコキキョウが生けてあった花瓶を持って病室から出て行った。
「はぁー、本当に愁くんは花が似合うなぁ。いやー、目の保養だわー」
私は病室にひとりになり、扉の方をうっとりと見ていた。
戻ってきた彼が、私に花瓶を差し出して言った。
「朱伽さん。こんな感じでどうですか?」
「うん! 綺麗! 癒されるよ。本当にありがとう!」
私は満面の笑みを浮かべた。
愁くんは嬉しそうに花瓶を棚に置いて、ベッド横の椅子に腰掛けた。
「アルストロメリアの花言葉を知っていますか?」
「ううん。恥ずかしながら、この花の名前も初めて知ったよ」
「実は俺もさっき花屋さんで教えてもらって、初めて知りました。ピンクのアルストロメリアの花言葉は『気配り』だそうです。初めて会った時、周りの人に迷惑をかけないようにと気遣って道の端でうずくまり、辛いのを我慢していた朱伽さんにぴったりだと思って」
それを聞いて私は羞恥のあまり、顔を俯けた。
「愁くんって、実は意地悪だったのね」
「えっ!? どうしてですか? 朱伽さんが優しい人だって、褒めたつもりだったのに……」
ストレート過ぎる彼に私は益々赤面した。
「そう、なんだ。あ、ありが、とう」
「どういたしまして」
顔を上げて彼の方を見ると、優しく微笑んでくれた。
こんなことされたら勘違いしちゃうよ。
単純な私は、格好良くて優しい彼に直ぐに恋をした。
私にとって生まれて初めての恋だった。
退院後は、連絡先の交換はしていたけれど、忙しい彼の迷惑にはなりたくなくて、ずっと連絡できずにいた。
夏休みになり、彼はどうしているだろうか? 連絡しても大丈夫だろうか? と思っていたら、父から仕事をあてがわれてしまった。
正直、一族のために働くのは凄く嫌だったが、逆らえるはずもなく、表面上は素直に従った。
私の家は、古くは「鬼退治」をしたらしい武将である「英雄」様の孫姫様をご先祖様に持つ、傍流の家系だ。
代々、「英雄」一族本家の家来として働いてきた。
父と三つ上の兄は、表向きは探偵として、一族のために働いている。
彼らは、ずっと「鬼退治」をするのが一族の使命なのだと言い、鬼の末裔を探し出し、族長に知らせていた。
その後、族長がどうしているかも知らずに、私は「英雄」の末裔である自分たち一族を誇りに思っていた。
——五年前、族長の本性を知ってしまうまでは……。
恐ろしくて、あの時のことは誰にも、両親にさえ話せずにいた。
「また、あの時みたいに……」
その時のことを思い出し、震える自身を両手で抱え込んだ。
「大丈夫よ。あの時とは違って、まだそうと決まった訳ではないのだから……」
——その夜、懐かしい夢を見た。
布団に横になり、おばあちゃんの話に耳を傾ける小さい私。
「おばあちゃん、今日のお話は何?」
「そうだね……今日は金太郎にしようかね?」
「うん!」
「むかしむかし―—」
——目が覚めて、ぼんやりした頭で思い出す。
「……金太郎か……」
たしか、武士の家来になった後、鬼退治に行くのよね……。
彼が倒した鬼は、「本物の鬼」だったのかな? それとも、勝った者たちが「鬼」と呼んだ人間だったのかな? って、そんなことを考えたって仕方ないよね。この話は、お伽話なのだから……。
それより、支度しないと!
支度を終えた私は、待っていた兄と一緒に鬼が暮らすと言われている山へと向かった。
お読み下さり、有難うございます。




