3.初恋②
何時間も掛かって、かつて「姥捨山」と呼ばれていた山に辿り着いた。
その山にはつい最近まで結界が張られていて、私達一族のように鬼に敵対する者は里に近づくことが出来なかったらしい。
だが、一族の異能者、と言っても術を感知出来るだけの能力者だが、その者が結界の気配が消えたと、報告してきたのだ。
それで、私達が確認しに行くことになったそうだ。
私達が里についた時には、里は焼け、全てが灰と化していた。
「クソっ! 遅かったか!」
兄が悪態をついた。
誰かが戻って来るかもしれないと、里を交代で監視することになった。
――そんなある日、愁くんが現れた。
どうして彼がここにいるの!?
「漸く現れたな。生け捕りにして他の奴らの居場所を吐かせるか」
その言葉を聞いて、里のことを知っているにしては彼の様子に違和感があるような気がした。
「待って、様子がおかしい。まるで里が焼けたのを知らなかったみたいじゃない?」
「そう言われたら、呆然としているように見えるな」
兄が同意してくれたことに安堵し、彼のことを話すことにした。
「……私、前に町で彼に助けてもらったことがあるの」
「はっ!?」
「彼は、医学生でとても鬼には見えなかった」
「それは……。でも、騙されているかもしれないだろう?」
「でも、本当だとしたら、ずっと大学にいて夏休みでここを訪れたのだとしたら、何も知らないかもしれない。今、接触するよりも、暫く行動を監視するだけにした方が良いんじゃないかな?」
「まあ、その可能性もあるか。監視してれば、他の奴らと接触するかもしれないし、もし無関係だったら後々面倒だしな。とりあえず、白だと分かるまでは監視だけにするか」
彼は、里中を見て回った。
だが、何も分からなかったようで、「……どこに行ったんだ……」との呟きが聞こえてきた。
やっぱり知らないんだ!
随分経って、悩んだ様子の彼は山を降りて行った。
「奴は俺が追う。お前は顔が知られているからな。お前はここに残って里を監視していろ」
不安になったが、逆らえるはずもなく従った。
気が付いたら翌朝になっていた。
「あれ? 私……」
どうやら疲れて眠ってしまったようだ。
はぁー、私ってば、彼のことが心配で不安だったくせに、しかもこんな場所に一人で心細かったくせに、朝まで熟睡って……。
自分の図太さに呆れる。
暫くすると、兄から連絡を受けた高校生の弟が来た。
「お疲れ。どうやら鬼が現れたらしいね」
私は、ムッとして言った。
「鬼じゃないわ! きっと、ただの里の知り合いの人よ!」
弟は肩を竦めて言った。
「なに? そいつに惚れたわけ?」
私は図星を指されて、顔を赤くした。
「マジかよ! 冗談のつもりだったのに……。はぁ、兄さんから前に助けてもらったって聞いたけど、ちょっとかっこいい人に親切にされただけで惚れるって、どんだけチョロいの」
「ちょっと! 聞き捨てならないんだけど。それに愁くんのかっこよさはちょっとなんてもんじゃないのよ! この世のものとは思えないほど神々しいの!」
「それって、同じ人間なの? っていうか、鬼だったんだっけ?」
「なっ!? 違っ……」
と話していたら、兄が現れて言った。
「奴は、白かもしれない」
「!?」
「今朝早く、交番に行ってこの里のことを話していた。里の奴だったらそんなことはしないだろう?」
確かに、里の者だったら、存在が知れ渡るようなリスクは冒さないだろう。
私は思わずホッとしてしまった。
「ふっ」
「ぷっ、くくっ」
そんな私の様子に気付いた二人に笑われた。
「まあ、里の関係者であることは間違いなさそうだから、いずれ奴に接触してくる鬼がいるかもしれない。暫くは監視を続けることにする」
それから、彼は警察官と一緒に行動していたが、結局、何もわからなかったようだ。
八月も終わりに差し掛かった頃、彼は里から去って行った。
医大生というのも、名前も偽りではなく真実だった。
「おかしいなぁ、弁護士と接触する以外は普通の学生と変わらないよな?」
この日も学校が終わってから、彼を監視していた兄に合流した。
「そうだね。その弁護士もおかしな所は無かったんでしょう?」
「ああ。敏腕弁護士として有名だった。出生、経歴におかしな所は何もない。むしろ代々続く良家の三男坊だった」
「そう」
学校と監視で疲れていた私は、兄と二人きりの状態に甘えて、思わず愚痴を言ってしまった。
「ねえ、兄さん。私達のしていることって、凄く馬鹿みたいだと思わない?」
「おい」
「だって、今は大昔と違って悪いことをしたら警察が捕まえてくれるでしょう?むしろ、私達の方が捕まってもおかしくないことをしているじゃない。ご先祖様だって、鬼を倒した英雄って言われているけど、悪く言ったら人殺しじゃない。向こうからしたら、私達の方が鬼よ」
「お前、言い過ぎだ」
渋い顔をした兄にムッとして、私は思わず言ってしまった。
「兄さんは知らないからそんなことが言えるのよ!」
「どういう意味だ? 何を知らないって?」
兄はさらに眉を顰めた。
「それは……」
「教えてくれ。お前は何を知っているんだ?」
鬼気迫った兄の様子に、楽になりたかった私は、今まで誰にも言えなかったことを打ち明けることにした。
「……五年前、私、見てしまったの。族長が……」
言い淀んだ言葉の続きを察して、兄が言った。
「……そうか、見てしまったのか……」
「……知って、いたの?」
私は、愕然とした。
「ああ。……俺達が見つけて連れて行った『鬼』を族長が……弄び、虐げ、処刑と称して殺していることは知っていた。それが今の『鬼退治』の正体だと、そんなことは理解っている。そうだな、俺は自分達を正当化するために『鬼』を捜していたのかもしれない。そんな俺達の内に『鬼』が棲んでいるのに目を瞑って。あとはこの身に流れる血によるただの妄執……いや、マインドコントロールのせいか」
「そうね。ずっと昔話によってマインドコントロールされていたのよね、私たちは……」
――七年前に亡くなった、祖母のことを思い出す。
優しくて、でも時々厳しくて、ずっと家族のために働いていた祖母。
祖母の言うことが全て正しいと信じていたあの頃は、あれがマインドコントロールだとは思わなかったけど……。
もしかしたら、祖母にもそんなつもりはなかったのかも知れない……。
「復讐は復讐を生む。こんなことをしていたらいつかきっと罰が当たる。それに復讐のためだけに生きて、そのために死んでいく人生って、とても虚しくて悲しいと思わない?」
「そう……だな。だが、イタチごっこを終わらせるには、族長と一族の内に棲む鬼達は葬り去らなければならない。……奴らは老獪で底が知れない。若輩の俺達では退治するのは難しいだろう」
「そうかもしれない……」
五年前の光景を思い出し、身震いする。
「とりあえず、今話していたことがバレるのは不味い。バレたら俺達は消されるかもしれない。今まで通り従順な駒として動き、頃合いを見計らって離反するしかない」
「兄さん、ごめん。そんなに危ないとは思わなかったの」
私は、泣きそうになった。
兄は、私の頭を優しく撫でながら言った。
「いや、お前の考えは正しいよ。お前は、狂ってしまった俺達一族に残された良心だ。年月と共に狂っていったのか、もしくは初めから狂っていたのか……」
——その後も監視は続いた。
「はぁー、なんだかストーカーみたい」
思わずため息が漏れた。
それにしても、愁くん、脇目も振らずにずっと勉強してる。
彼女もいないみたいだし、友達もいないのかもしれない……。
愁くんが綺麗すぎて、皆近寄り難く思っているのかな?
愁くんは、寂しくないのかな?
……私のこと、覚えてくれているかな?
こんな状態じゃなければ、仲良く出来るのに……。
調査対象者に接触してはいけないだなんて……。
初恋は叶わないって言うけど、こんなのあんまりだよ…………。
お読み下さり、有難うございます。




