24.再会のビンタ
療養施設に入って七年目……
私は普通の生活に戻るため必死にリハビリしてきた。
だけど私が望む昔の生活には戻れない。
皆に……永一くんに……また会いたいな……
-再会のビンタ-
私はベッドに横になりながら外を見ていた。
雨が降っていたようだけど、だんだん雨音が聞こえなくなってきた。
止んだのかな?
私はベッドから降りて車椅子に乗り外に向かった。
外に出るとひんやりとした空気に少し肌寒くなった。
何か羽織ってくれば良かったかなっと思いつつ……
勝手に外に出たら怒られるから見つかることを考えると無駄には戻れない。
そもそも行き来出来るほどの体力もないし……
私は車椅子から降りて少し歩いてみて身体を伸ばした。
肌寒く感じたけど、やっぱり外の空気の方が気持ちがいいな。
そう思っていた時だった、後ろから人の気配を感じた。
敦子おばさんか看護婦さんが連れ戻しに来たのかと思いながら後ろを振り向く。
その瞬間だった。
頬を叩かれ、私は誰かも確認できないまま地面に倒れ込んだ。
叩かれた頬を抑えながら私は叩いてきた人物を見上げる。
「痛っ……え、な、なに? だ、誰?」
「……誰ですって?」
どこかで聞いたことあるような声……でもサングラスをしていて誰かまでは分からない。
頬の痛みが頭を真っ白にする。
なんで叩かれたのか、そもそも何が起きてるのか私には分からなかった。
「よくもぬけぬけとそんなこと言えるのね」
そう言いながら私を叩いてきた人はサングラスを外した。
「七年も経てば親友の顔も声も忘れるってわけ? それとも七年前に決別してはい、終わりってこと?」
大人っぽくなっていて、そして表情が冷たかったけど……
声と顔が一致した。
そして痛かった頬の痛みも忘れるくらい驚いた。
「い、伊万里……? 伊万里なの!?」
「ふぅん、覚えててくれたの」
冷たい視線を送ってくる伊万里。
高校の時と一緒、こういう時の伊万里は確実に怒っている。
怒ってる理由は……まぁ、聞かなくても想像はつくけど……
でもここに伊万里がいること自体、私には理解できなかった。
「な、なんでここに?」
「こんなところに誰かのお見舞いにきたついでにあんたの名前を見つけたから探してみた、なんていうと思う?」
「……いえ、思いません」
「探したわよ、六年間……ずっと……やっと会えた……」
伊万里は膝から崩れ落ち、手で目を覆った。
……ひょっとして伊万里、泣いてるの?
「伊万里……心配かけてゴメンね……」
私の言葉に伊万里は再び右手を振り上げ、私の左頬に叩き込んだ。
「痛っ!?」
「本当に心配したんだから! もう、あの日約束したじゃない! もう隠し事しないって!」
「ご、ごめんなさい……」
伊万里の真剣な眼差しが怖くて、とりあえず謝った。
二度も本気のビンタを食らって私は正直、痛くて痛くてたまらなかった。
でも驚く事態はまだ続いた。
「佐伯さん、一人で行くなんて……って吉田さんかい?」
「た、滝田くん!?」
昔と違ってメガネをかけていたけどすぐに分かった。
いつも皆のことを気にかけていて、影で皆を支えてくれていた優しい人。
「良かった。ようやく会えた……ってくちびるが切れているが大丈夫かい?」
「あ、うん、大丈夫」
「そうか……また君に会えて嬉しいよ」
優しい眼差しで見つめてくる滝田くん。
皆、大人っぽくなったけど中身は変わってないんだと思った。
でもまさかの再会に嬉しさもあったけど驚きが強く、なんで二人がここにいるのか疑問に思った。
率直に聞いてみることにした。
「で、でもなんで二人ともここに?」
「あんたに会いに来たに決まってるでしょ?」
「な、なんでここが分かったの?」
「本庄敦子って言ったかしら? かなえのおばって。その人に聞いたわ」
「敦子おばさんと会ったの!?」
「言っとくけど私たちはかなえが退学したあの日からずっと探してきたのよ」
「え……?」
伊万里の言葉に私は心締めつけられる思いだった。
これまでずっと心配してくれたんだと思ったら涙が自然と出てきた。
「表立っての行動は佐伯さんが全部やってたけどね」
「当たり前よ……って言いたいところだけど滝田くんがいなければかなえの弟には辿りつけなかったわけだけどね」
「智にも会ったの!?」
「会ったも何も来てるわよ」
「えぇっ!?」
「でも私はあんたに言わなきゃいけないことがあるの。だからちょっと待ってもらってる」
言わなきゃいけないことってなんだろう?
嫌な予感というか……伊万里や滝田くんの表情からしていい話ではないのは察することができた。
「いい? よく聞いてね。かなえに残酷なお知らせをするわ」
「な、なに?」
「深見永一……って覚えてる?」
伊万里が探りながら言った名前。
永一くんの名前が出た瞬間、ドキッとした。
そして残酷なお知らせ……?
「覚えてるも何も……忘れられるわけないよ……」
「そう。安心したわ。だけど忘れた方が良かったかもね」
伊万里は核心を話そうとせず不安を煽るような言い方ばかりする。
「伊万里、ハッキリ言って。永一くん、どうかしたの?」
「実は永一のやつ、行方不明なの。七年前、あなたの退学を知った……いえ、死んだと知らされた日からね」
「…………え?」
行方不明……?
永一くんが……?
どうして……?
それになんで伊万里が死んだと知らせたことを知ってるの?
「どうして永一にそんな嘘をついたかはひとまず置いとくわ」
「ちょ、ちょっと待って。なんで伊万里がそのこと知ってるの?」
「あんたのおばに聞いたからよ。洗いざらい話してくれたわ」
「敦子おばさんが……?」
信じられなかった。
これは私と二人だけの秘密……その方が永一くんのためだって思ったのに……
「私のせい……なの? 永一くんが行方不明なのって……?」
「そうよ」
伊万里が厳しい表情でハッキリと言い切った。
「佐伯さん、少し言い方ってモノが……」
滝田くんがフォローしてくれたけど伊万里の言葉が私に重くのしかかる。
「いい、かなえ。あんたは最低のことをしたのよ? 永一に対しても私たちに対しても」
「私……そんなつもりじゃ……!」
「あんたがどう思おうと永一はいなくなった事実に変わりないわ」
伊万里の表情がキツくなっていった。
そして口調も私の心に響くように問いかけてきた。
「あたしたちはあんたと永一を追ってここまで来た。まぁかなえと会えたのは良かったって思ってるわ」
「それを最初に言いたまえ」
「で、かなえ、あんたの言い分を聞こうか? おばからはほとんど聞いたんだけどやっぱり本人から聞きたいしね」
滝田くんのツッコミをスルーして伊万里は相変わらずの口調で話してくる。
滝田くんは罰悪そうに後ろで頭をかいていた。
「言い分って……私は永一くんの負担になりたくなくて……」
「恋人に別れてくれと言われて、更に死んだって聞かされた日にゃ、そりゃおかしくなるわよ」
「おかしく……なったの?」
「表情がなかった……というかもうあれは死人と一緒だったわね」
「それほど吉田さん、永一は君のことを想っていたということだ」
「永一くん……!」
私は溢れ出す涙を止めることが出来なかった。
そして後悔の二文字が頭から離れなかった。
どうして私はあの時に……!
そんなこと言ったって時間は戻らないし、永一くんが行方不明になった事実は変わらない。
でも……
「私、どうしたらいいの……? どうしたら……!?」
「まずは永一の親族に謝りにいくことね。当時は二人とも相当参ってたし」
「っと、僕は一俊たちにメール打ってくるよ。早く知らせてあげないといけないしね」
「ま、頼んだわ」
「了解した」
滝田くんは席を外し、伊万里と二人っきりになった。
怒ってるときの伊万里と二人っきりはキツいものがある……
全部自分のせいなんだけどね……
「で、かなえ、まだ本気で永一のこと好き?」
「……私は……」
「あんた、またくだらない事考えてるんじゃないわよね?」
「えっ?」
「負担になりたくないとかそんなんどうでもいいの。あんたの気持ちを聞かせてほしいの」
「私は……永一くんのことが好き。今でも変わらない」
これだけは自信を持って言える。
私の気持ちだけ優先して考えていいのであればこの七年間、ずっと想ってきた。
「そう、それだけ聞ければ十分よ」
やっと伊万里が笑顔になった。
良かった……笑った顔は昔と変わらない伊万里だった。
「じゃあ病室戻りましょ。二人が待ってるしね」
「二人?」
「智とあんたのおば」
「あ、来てるんだっけ……智……」
「なに、会うの嫌?」
「う、ううん。だけどちょっと気まずい……」
「悪い事したわけじゃないんだから普通にしなさいよ」
「う、うん……」
私は車椅子に乗ると後ろからさりげなく伊万里が押してくれた。
叩かれるわ、目つきが鋭く、今の伊万里は正直怖かったけど……
それだけ私のこと思っててくれたのかなっと嬉しくなった。
そして病室に入ると、言ってた通り敦子おばさんと智の姿があった。
「ね、姉さん……久しぶり」
「う、うん、久しぶり」
智もどうやら気まずいみたい。
それから沈黙が病室を覆った。
そうしたら後ろから大きなため息が聞こえてきた。
「智、あんた、かなえに言うことあるんじゃないの?」
伊万里が智に言葉を投げかけた。
それにハッとした智は頭をかいた。
「その……姉さんが僕の手術のドナーになってくれたんだよね?」
「……敦子おばさん、そこまで話したの?」
私は智の隣にいる敦子おばさんを軽く睨む。
そんな私の態度に敦子おばさんは苦笑するだけだった。
「ま、元々隠し事するあんたが悪いわけだしね」
と、後ろから伊万里がツッコミをいれてきた。
それを言われたら痛いけど、敦子おばさんはある意味運命共同体なはず……
「敦子おばさん、ズルいよ」
「ごめんなさい。でもかなえも皆と再会できて嬉しいでしょ?」
まったく悪びれる様子もないみたい。
逆に話せたことによってスッキリしたようなそんな印象すら受けた。
「えっと、姉さん。ゴメン、そしてありがとう」
「智……ううん、謝らないで。元気になってよかったね」
申し訳なさそうな顔をしていた智が笑顔になった。
やっぱり智は笑顔が一番似合う。
私が守りたかったもの、守れて良かった。
「入るよ」
ノックと同時に男性の声が聞こえてきた。
滝田くんが戻ってきたみたい。
「まだいいって言ってないわよ?」
「冷たいな。大体、ドアないじゃないか」
「ねぇ、二人とも高校の時より仲いいね。付き合ってるの?」
私が何気なく聞いた質問は……
「そんなわけないでしょ」
伊万里が一蹴した。
「高校卒業してからあんたと永一探すのに一番協力してもらったのは確かだけどね」
「それだったら一俊と岩元さんが付き合って結婚したよ」
「うそっ!?」
滝田くんの突然の報告に私はつい声を上げてしまった。
あの男性がとにかく苦手だった未央ちゃんと中井くんが結婚したなんて……
「それに子供もいるわよ」
「ほんと!? 凄いな……未央ちゃん……」
「ちなみにだが、二人と藤山さんにメール送っといた。返信はまだだけどね」
「藤山さん?」
「あぁ、かなえは美咲と知り合ってないんだっけ?」
「藤山美咲さん、名前は聞いたことあると思うけど忘れたかい?」
「藤山さんって言ったら、高校の時、秀才って言われてた人だよね?」
「そう。高校三年に上がってから仲良くなったの」
「そうなんだ……色々あったんだね」
「そうよ。誰かさんが勝手にいなくなってる間、私たちも色々あったのよ」
チクチクと刺してくる伊万里。
私が悪いんだけど、こういう意地悪なところは変わってないな。
「ま、いいわ。かなえ、あんた外出は出来るの?」
「えっと、許可が出れば一応出来るけど」
「じゃああたしが永一の親族のおじさんに連絡入れといてあげる。あんたは許可取っときなさい」
「え、えっ!? い、いつ!?」
「明日って言いたいけど流石にあたしも動けないし、一週間後でどう?」
「わ、分かった。敦子おばさん、大丈夫?」
「無理しない程度にね」
「うん、ありがと」
「あたしも付き添うし、大丈夫でしょ」
でもなんて言えばいいのか……私は不安になった。
一週間と言えば短いような長いような……
ただ謝るしかないのだろう。
なんて言われてもいいように覚悟していかなきゃいけない。
私はそれだけのことをしてきたのだから……
「大丈夫、かなえ?」
私の様子を見て敦子おばさんが声をかけてきた。
「う、うん。大丈夫だよ」
「姉さん、無理しないでね」
「うん、ありがと、智」
「じゃあ今後は永一一本で動くわけだけど……」
「あ、佐伯さん、ちょっといいですか?」
「何、智?」
「僕の知り合いで探偵業やってる人がいるんです」
「ふ~ん、それで?」
「その人、吉田家に凄く詳しい人でもし永一さんが吉田家を追ってるのであれば……」
「永一に繋がる情報が得られるかもってこと?」
「はい」
「……ま、探偵はあたしも知り合いいるから動いてもらってるけど……いいわ、何もしないよりはマシでしょ」
「じゃあ聞いてみますね」
滝田くんも含め、三人で今後の方針について会議が始まった。
それを私は聞いてるだけだったけど……
「伊万里、私も手伝いたいんだけど」
意を決して伊万里に言ってみた。
「あんたの身体じゃ厳しいわよ。それにあんたはまず謝りに行くのが最初の仕事」
「はい……」
やっぱり一蹴された。
「ま、簡単な仕事ぐらいやらせるわ。あたしも全部手が回ってるわけじゃないし」
「伊万里……ありがと」
「礼は永一のやつ、見つけてからね」
「うん!」
私の身体でどこまで伊万里たちの役に立てるか分からないけど……
少しでも自分が犯してしまった過ちを償うためにも……
そして純粋に永一くんにまた会いたいから……
私はまた自分の足で立ち上がる。
また皆と再会できた喜びを胸に、永一くんともまた会える日を信じて……!




