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幸せのある場所  作者:
23/30

23.可能性





 自分の想像……いやもはや妄想と言えるレベルだろう。


 でも佐伯さんが集めた情報、ピースを曲りなりにも繋いだ。


 このまとまったパズルが正しいのか否か……


 僕らはその答えを知る時が近づいているのかもしれない。


 どんな結末であろうとも僕らは知らなきゃいけない。


 高校卒業の時、誓った皆でまた再会するという希望を胸に……




-可能性-




 吉田家との契約もきちんとまとめ、僕は一息ついた。

 他にも案件を抱えており、それらを何とか全て終わらせることができた。

 吉田さんの双子の弟、智くんと契約の話、そしてその中で見出した可能性。

 その可能性を確かめるため、智くんと佐伯さんと前に吉田さんが住んでいたという家を調べることになった。

 僕は休みを取るため、あの日から二週間懸命に働いて何とか休みを取ることができた。

 佐伯さんからは遅い、と言われそうだがこればっかりは仕方ない。

 正直、仕事どころじゃなく本音を言えば僕自身も早く調べたい一心だった。

 だけどそういうわけにもいかず結局二週間かかってしまったわけだ。

 元々一ヶ月以上かけてやる仕事を二週間で終わらせたのだ、仕事としては最高なのだが……

 疲れはピークに達していた。

 だけどようやく取れた休み。いや、休んでいられない。

 僕の作ったパズルが正しいのかどうか確かめなければならないから。

 改めてあの日、智くんや佐伯さんの前で語った想像を思い返してみた。

 キーとなるのは智くんのドナーが誰か、に尽きる。

 だけど一連の行動、そして情報を考えれば吉田さんがドナーだった方が一番しっくりくる。

 果たして、吉田さんが住んでいた家に新たな情報があるのか……不安と期待が入り混じっていた。

 僕は考えすぎて疲れた頭を休ませるため、軽く仮眠を取ることにした。

 佐伯さんや智くんへの連絡は休んでからにしようとした時だった、携帯が鳴り出した。

 携帯のディスプレイには佐伯伊万里と出ている。


「もしもし?」


「あたし、佐伯よ。今、大丈夫?」


「うむ。ちょうど休もうと思っていたところだ」


「お仕事お疲れ様って言いたいところだけどいつまで待たせる気?」


「その件だが、明日休みが取れた。都合はどうだろうか?」


「明日? 急ね……」


 確かに急だったが、こっちも忙しい身……

 なんて言ったら佐伯さんはどうなるんだって話になるからやめておこう。


「無理だろうか?」


「合わせるに決まってるでしょ。智にはあたしから連絡しとくから」


「む、了解した」


「じゃあ明日ね。よろしく」


 思えば佐伯さんと智くんの二人で調べることも可能だっただろう。

 でも僕の仕事や都合に合わせてくれたってことは佐伯さんも僕のことを考えてくれていたってことだろう。

 一番二人のために動いてきた佐伯さん。

 真っ先に調べたかったに違いない。

 だけどそうしなかった。

 口調など高校時代よりキツくなったりしたが根本は変わってないのだろう。


「佐伯さん、礼を言おう」


「言うのは全て終わってからでいいわ。あたしだって滝田くんには借りがあるしね」


「借りだなんて思ってはいないけど」


「そう。じゃあお互い様ね」


「うむ、じゃあそういうことにしておこう」


「それじゃあ、また明日」


「了解した」


 佐伯さんとの電話を終えて、僕は早めに休むことにした。

 全ては明日……果たして僕たちが欲しい情報はあるのか?

 こんな雲を掴むようなことを佐伯さんはこの六年間やってきたのかと思うと敬服する。

 情報がなくても凹んでられない……か。

 智くんという新たな仲間も出来た。

 前向きに考えよう。多方面から情報を得られるようになった今、必ず真実に辿り着けると……!

 それが例え、絶望の真実だったとしても……




…………*




 僕は早めに家を出て待ち合わせ場所に向かった。

 はやる気持ちを抑えきれなかったのだ。

 しかし待ち合わせ場所に行くともう二人の姿があった。


「遅いわよ」


「君たちが早過ぎるんだ」


 僕は佐伯さんの小言に苦笑した。

 そして佐伯さんの横にいる智くんにも挨拶をした。


「すまない、わざわざ合わせてもらって」


「いえ、いいんです。むしろこちらこそすいません」


 顔つきはもちろんだが時折見せる仕草は確かに吉田さんを思い出す。

 やはり双子の姉弟ってだけはあるようだ。


「さて行くわよ。智、カギの準備はいい?」


「あ、はい」


 智くんはカギを見せ、佐伯さんは頷く。

 そして吉田さんが住んでいたという家に向かった。

 待ち合わせ場所からそう遠くない。

 歩いて向かう道中、智くんが今回のことについて話始めた。


「実はこの家のカギを借りる……正確には内緒で持ってきたんですが……」


「どういうことだい?」


「管理しているの僕のおばさんなんですが、なぜか怒られまして」


「怒られるってあんた何歳なの?」


「そ、そこじゃないだろ……それに智くんは同い年……」


「分かってるわよ。で、急に何なの?」


「いえ、単純になんでダメだったのか分からなくて」


「そうね……そのおばさんってかなえと住んでたって人?」


「はい、そうです」


 なら話は簡単だ。

 佐伯さんも同じことを考えているに違いない。


「智、あんたなら見られたくないものを他人に見られそうな時、どうする?」


「え? っと……隠します」


「そうよね。で、隠し場所がバレそうな時は?」


「場所を変えます」


「ま、そういうことよ」


「え? えっとどういうことで?」


「物分り悪すぎ」


「す、すいません……」


 どうも智くんには厳しいのか、でもからかってるようにも見える佐伯さん。

 佐伯さんが本気で言ってるわけもないのだが、申し訳なさそうにしている智くんが不憫だから助け舟を出してやろう。


「つまりそのおばさんが智くんにカギを渡したくなかった理由がそこにあるわけだ」


「そう。見られたくないことがある、そう考えるのが普通ね」


「じゃ、じゃあ姉さんに関することが……」


「まぁ、住んでたなら何かしら残ってる可能性は高いわね。あんたに見せるのが嫌ならなおさらね」


 そう、理由がどうあれ智くんにカギを渡さなかったという事実。

 つまり今まで智くんに隠してきたことでバレたくないことがあるということだ。

 今までの話を考えると智くんは姉の吉田さんに関しての情報だけ持っていなかった。

 そう考えると吉田さん関係の情報があると見ていいだろう。


「あっ……」


「どうかしたかい?」


 急に声を出した智くんの視線の先を追うと家の前に一人の女性が立っていた。


「あの家?」


「あ、はい、そうです」


 佐伯さんの手短な質問に智くんは頷く。

 となると立っている女性は……


「敦子おばさん……」


 吉田さんと一緒に住んでいたおばさんだろう。

 智くんがおばさんの名前を呟くと、向こうもこっちに気づいた様子で見てきた。

 僕と佐伯さんは構わず近づくが、智くんの足取りは重くなっていた。


「智……やっぱりあなただったのね」


「すいません……」


 どうやらカギを持ち出したのがバレていて、待ち伏せといったところだろうか。

 智くんには悪いが、吉田さんと一緒に暮らしていたおばさんと直接話せるのは好都合だ。

 恐らく佐伯さんも同じことを思っているに違いない。


「そちらの方々は?」


「あ、佐伯伊万里さんと滝田雅憲さんです」


「初めまして、智のおばの本庄敦子と申します」


「佐伯よ」


「滝田雅憲です。よろしくお願いします」


 佐伯さんは本当に手短に答えた。

 恐らく好意的に思っていないのだろう。

 完全に態度に出てしまっている。


「智、この人がかなえと一緒に住んでいたおばさん?」


「あ、はい」


「あなた方……かなえの?」


「高校時代の親友よ」


「そうですか……でもなんで今になって?」


 この一言が佐伯さんのかんにさわってしまったようだ。


「今になって……ですって……?」


「佐伯さん、落ち着け」


「あたしがこの六年間、どういった思いで二人を探してきたと思ってるの!?」


「佐伯さん!」


 僕の声が聞こえてない様子だ。

 だが気持ちは分からなくもない。


「生きてるのか死んでるのか分からない中、あたしは……!」


 僕らは高校を卒業してからこの六年間、ずっと二人のことを想ってきた。

 そして佐伯さんはとにかく二人を見つけるべく探し続けた。

 危険なマネもしてきたのだろう。

 それを今になって、なんて言われれば怒りたくもなる。


「佐伯さん、落ち着くんだ。まずは話そう」


「……滝田くん、任せるわ」


「む、任された」


 頭に血が上っていてまともに会話出来ないと踏んだんだろう。

 僕も聞きたいことは山ほどあるが、まず聞かなきゃいけないことがある。


「本庄さんと言いましたね。吉田かなえさんは今、どこにいるんですか?」


「それは……」


 本庄さんは口ごもった。

 言えない……その理由とは?

 生きているならそう言えばいい。じゃあ……?

 いや、亡くなってるならもっと簡単だ。言えばそれでおしまいになるのだから。

 口ごもるということは言いづらい、もっと言えばハッキリと口には出来ないことを指す。

 ハッキリ言えないその理由とは……?


「僕たちは高校卒業してから……いや、吉田さんが学校を辞めたと聞いた日から二人を思ってきました」


「二人……?」


「卒業後はこの佐伯さんを中心に探してきました。今になってじゃありません」


 僕は一生懸命訴えかけた。

 僕たちが決して今になって動き始めたわけじゃないと。


「六年間……ずっとです。また再会出来る日を夢見てきました」


「敦子おばさん、お願いです。教えてください!」


「一つ……いいですか?」


「なんでしょうか?」


「先ほど二人って仰いましたね? かなえともう一人いらっしゃるのですか?」


「……佐伯さん」


「……いいわよ」


 僕は佐伯さんに許可をもらい、話すことにした。


「……深見永一という男です。吉田さんが僕らの前からいなくなる前に付き合っていた……」


「えっ……?」


「あんた、一緒に暮らしていたのに永一のこと知らなかったって言うの?」


 頭の血が下がってきたのか、佐伯さんが会話に加わってきた。

 最も口調は相変わらず厳しいが……

 しかし、永一の名前を出した途端、本庄さんの顔が青ざめていった。

 そしてうろたえながらも絞り出すかのように声を出した。


「い、いえ……深見さんのことはかなえから聞いていたので知っています」


「そりゃ、そうよね」


「その深見さんが……どうかしたんですか?」


「永一はかなえを追ってどっかに消えたわ。理由は知らないけどね」


「そんな……!?」


 なんか必要以上に驚いているな、と思った。

 それは佐伯さんも感じたらしい。

 僕の顔を見て、眼で訴えている。

 なぜそんなに驚いているのか聞け、と……


「本庄さん、もしかして永一と会ったことがあるのでは?」


「は? そんな話、あたし聞いてないけど?」


 僕の仮説が気に食わなかったのか佐伯さんの返答の方が早かった。

 本庄さんはどうやら話す気がないのか口を開こうとしない。

 ここは佐伯さんに仮説をぶつけてみようと思う。


「あの日のことを思い出してくれたまえ」


「あの日のこと?」


「僕らが高校二年の時、夏休み明けだ。吉田さんが退学したと知って僕らはどうした?」


「どうしたって確か先生にかなえの家の住所聞いて永一が……!?」


 気づいたらしく、まさかという顔をする佐伯さん。

 僕は頷いて佐伯さんの言葉に繋げた。


「そう永一は吉田さんの家、つまりここに来たはずだ」


「で、でも待って。あたしたちが来たとき、ここには誰も住んでいなかったわ」


「それは永一が失踪してから来たからさ。確か一週間だか二週間ぐらい後だっただろう?」


「その間にこのおばはいなくなったってこと?」


「そう……ですよね、本庄さん」


 僕の問いかけに本庄さんは覚悟を決めたのか落ち着きを取り戻していた。


「そうです。滝田さんと仰いましたね? あなたの言うとおり、私は深見さんと会いました」


 やはり、という言葉しかない。

 会っていなきゃ永一は何も落ち込むことも失踪することもなかった。


「あなたは永一と会って、何を話したんですか?」


 つまり永一は本庄さんから何かを聞いた。

 その何かが僕たちがこれまで求め続けたことだ。

 もちろんこの後の永一の行動を考えると嫌な予感しかしない。

 けど、聞かなきゃいけない。

 六年間追い求めてきたことだから……


「深見さんにはかなえが亡くなった、とお話ししました」


「えっ……!?」


 ここで言葉を発したのは智くんだった。

 僕と佐伯さんはある程度覚悟できていた。

 そう、そうじゃなきゃ永一の行動はあまりにも不自然だから。


「でも深見さんが……なぜ……?」


「なぜ、ね……好きな人が死んだと言えば自暴自棄にもなるでしょ」


「佐伯さん……」


「でもカルテを盗んでる辺り、なにか考えがあるのかしらね。復讐とか?」


 佐伯さんはお手上げのようなポーズを取りながらそう言った。

 まぁ、確かに考えられなくはない。

 だけどここで話は急変する。


「違うんです」


「は?」


「かなえは死んでおりません」


 本庄さんの言葉に辺りは沈黙した。


「ちょ、ちょっとどういうことよ!?」


 その沈黙を破ったのは佐伯さんだった。


「全てお話しします。あの日、深見さんにお話ししたこと、そしてその裏に隠されたことも全て……」


 本庄さんはゆっくりと話し始めた。

 僕らはそれを黙って聞いた。

 永一が失踪した理由も、吉田さんが永一と別れ、退学届を出したこと。

 そして智くんの手術、その後のこと……

 本庄さんが分かること全て話してくれた。

 僕らが考えてきた可能性、そしてピースを集めた仮説は本庄さんの言葉によって真実に変わろうとしていた。




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