20.信頼の証
彼女にプロポーズをしようと決意していった。
だけど、それは叶わなかった。
別に勇気が出せなかったわけじゃない。
言うタイミングがなかっただけ。
そう彼のせいで……
-信頼の証-
「はぁ……」
僕は大きなため息をついた。
そしてレモンティーを一口飲む。
「どうしたい? そんな大きなため息ついて」
僕は今、友達の白戸祐二と会話をしつつティータイムをしていた。
今日は久々の休み……なんだけど……
前回の休みのことを思い出すだけで憂鬱になる。
「まぁ、なんだ……元気出せよ」
祐二は適当な言葉を見つけ励ましてくる。
「さっさと切り替えて新しい恋に走るのもいいぞ!」
……え?
祐二のやつ、何を言ってるんだろうと思ったがふと考えるとこの間のことをまだ祐二に言ってなかったっけ?
「何を言ってるんだい?」
「何も言うな! 俺だってアホじゃない。お前の様子でプロポーズの結果がどうだったかぐらいわかる!」
やっぱり勘違いをしているみたいだ。
中途半端にプロポーズをするなんて言わなきゃ良かったな……
いや、気持ちの上ではもうする気だったから祐二には決意表明みたいな感じで言ったんだっけ。
この前のことがあって、更に仕事も忙しかったから祐二に言うの忘れてた。
ということは黙っておこう。
「プロポーズ、断られただけじゃないよ?」
「へ?」
間抜けな声が返ってくる。
祐二はレモンティーを自分のカップに注ぎながら次の言葉を発した。
「じゃあどうだったんだ?」
「出来なかった」
「はぁ!? あれほど意気込んでいって出来なかったって言うのか!?」
「ちょっとあってね……」
僕はあの日のことを考えると頭が痛くなる。
プロポーズするために彼女の家を訪れたのに……
「ちょっとってなんだよ?」
「説明すると長くなるから……」
「どうせ今日は暇だろ? 話せよ。話せば楽になるかもよ」
祐二はニカっと笑った。
確かに誰かに聞いてもらった方がいいかもしれない。
僕はあの日あった出来事を全部話した。
彼女が知らない男と一ヶ月以上も同棲していたこと。
その男がいたせいでプロポーズどころじゃなかったこと。
そして更に彼女の助言もあって仕事を手伝ってもらうことになったこと。
矢継ぎ早にとにかく発散する勢いで話した。
「なるほどねぇ。それはため息つきたくなるわな」
「はぁ……」
「まぁ、なんだ。彼女だってバカじゃないんだ。信用できる人間なんじゃねーの?」
「……うん、だけど……」
「ま、良い気はしないわな」
まったくもってその通りだった。
これから彼とは何回も接することになるだろう。
二人は口を揃えていたが彼女と本当に何もなかったのか、どうしても気になった。
「智、お客さんよ」
「客?」
家で家事全般をしてくれている敦子おばさんが声をかけてきた。
今日は祐二と会う以外、予定がなかったため心当たりがなかった。
「さーとーる! 会いに来たぞー」
彼の姿を見て僕は自然と顔がひきつった。
会うたびに彼は眼鏡やサングラスを変えてつけている。
髪型も長髪で前髪が目を覆ってるほど。襟足も長い。
初めて会ったときは眼鏡の類はつけてなくて、髪も弄ってなかった。
今日はサングラスをかけ、前髪は下ろしており、後ろ髪は結んでいた。
「いや~いい天気だな。こういう日は出かけたいと思わないか?」
「そうだね……」
僕はせっかくの休みに彼と会うなんて……と暗い気持ちになった。
「……あんた、誰?」
隣にいて今まで黙っていた祐二が彼に向かって問いかけた。
「俺か? 俺は鹿波だ。よろしく!」
手を差し出し、祐二は不思議な顔してとりあえず手を握った。
「で、お前は?」
彼は握手しながら、祐二に名前を聞いた。
普通はお互い名乗ってからだろうとツッコミたかったが僕にその余裕はなかった。
「俺は白戸祐二。大学時代からの智のダチだ」
「ダチ……ッ!?」
彼は握っていた手を逆の手でも抑え、ブンブンと振った。
「あいつ以外にも智には友達がいたんだな! そうか、そうか! 良かった!」
「……なんでアンタがそんなに感動してるんだ?」
「白戸って言ったな。これからも智とは仲良くしてやってくれ」
「……うん、まぁ、そりゃするけど」
あの祐二すらも圧倒されている。
それでもお構いなしに彼はなぜか僕に友達がいることに喜びを感じているようだ。
「それより鹿波さん。来るなら連絡ぐらいしたらどうです?」
「ん? サプライズってやつだ。嬉しいだろ」
「全然嬉しくないです」
僕は突き放すような言い方をした。
でも彼は全然堪えてない……というか気にしてない様子だった。
「で、だ。天気もいいことだし遊園地にでもいかないか?」
「行ってらっしゃい」
僕は間髪入れずに返した。
これ以上、出来るだけ彼とは関わりたくないのが本音だった。
彼女とのことがなければこんなことになってないのに……
「そうか……残念だな。じゃあ白戸でいいや。一緒にいかないか?」
「俺? いや、流石に男二人で遊園地はないだろ」
「当たり前だ。男二人に女一人だ」
えっ? 女一人ってまさか……!?
僕がピクっと反応したのが彼に見抜かれ、ニコッと笑みを浮かべていた。
そして携帯電話を取り出し、誰かに電話をかけた。
誰か……って言わずとも僕は誰にかけたかは予想がついた。
「よぉ、俺だ」
『駅についたんだけどそっちはどうなの?』
受話音量を高くしているのか、スピーカーホンにしているのか、携帯から声が漏れて聞こえてくる。
そしてその声は間違いなく、彼女の声だった。
僕はドキドキと心拍数が上がってきてるのが分かった。
「それがな、智のやつ、家で休んでいたいらしいんだ」
『えっ? あ、そうなの……せっかくの休みだもんね』
「ちょ、ちょっと待って。あれは鹿波さんと二人だと思ったから……!」
「ふ~ん、じゃあ彼女が一緒なら行きたいって言うんだな」
「あっ……!」
してやったりと言わんばかりの鹿波さんは笑顔になった。
その様子を見ていた祐二がここで……
「あー、えっと鹿波つったっけ? そのなんだ、俺で良ければ行ってもいいぞ」
裏切った。
その言葉を聞いて更に悪い笑顔になる鹿波さん。
祐二も僕をからかう側にまわったのだ。
『なに? 白戸くんもいるの?』
「いるぞー。じゃあ白戸に行ってもらうか」
『まぁ小梅には悪いけど白戸くんならいいかしら』
冗談なのか本気なのか機械を通しているから分からない。
ちなみに小梅というのは祐二の彼女だ。
……うん、今はどうでもいいけど。
祐二と鹿波さんは笑顔で僕に無言のプレッシャーをかけてくる。
でもここで言わなきゃ……
「あの……やっぱり僕が……」
「ん~? 智、何か言ったか?」
「ほら智! 勇気を出せよ!」
この二人、この短時間で一気に仲が良くなったような……
僕は祐二のことを恨みつつ勇気を振り絞った。
「やっぱり僕が行くよ」
「OK。じゃあそういうわけで智、連れて行くぞ」
『まったく前の日に連絡しときなさいって。じゃあ早く来てね』
「へいへい、了解」
電話を切って懐にしまった。
僕は着替えに一度部屋に戻ることにした。
「鹿波もいい性格してるな」
「白戸も良く乗ってくれたよ」
「でも鹿波、俺は智の味方だ。幸せになってほしいからな。邪魔するなら容赦しないぞ」
「安心しろ。俺も智には幸せになってもらいたい側だ。だけどなっかなか進展しないだろ、この二人」
「まぁ……な」
「こういう時、恋のライバルでも現れれば焦るもんさ」
「その役目を務めるってか?」
「自然と成り行きでな。なっちまってるんだ。全うするさ」
「お待たせしました……って何?」
僕が戻るとおどけた風に笑う鹿波さんと苦笑している祐二がいた。
「いんや、なんでもないさ。んじゃ楽しんで来いよ」
祐二は残っていたレモンティーを一気に飲み干して手を振って去って行った。
「じゃあ俺らも行こうか」
そういって手を差し出す鹿波さん。
「……何?」
「いや、手を繋ごうかと思ってな」
「嫌だよ!」
僕は鹿波さんを無視して先に歩いた。
「ちぇ、残念」
本当にそう思ってるのか、からかわれているのか……
多分、後者だろうなっと思いつつ僕は彼女との待ち合わせ場所を目指して歩いた。
…………*
待ち合わせ場所は遊園地前。
出入り口付近で時計と睨めっこしている彼女の姿を見つける。
声をかける前に彼女が気づき、手を振ってくる。
僕は彼女にまず遅れたことを詫びた。
「ごめん、待たせちゃった?」
「ううん、大丈夫よ。それよりこっちこそ突然ゴメンね」
彼女が謝ることなんてない。
休みに彼女に会えるなんてこんな嬉しいことはないんだから。
だけどそれを素直に言葉に出来ない。
「ま、いい天気だしな。思いっきり遊ぶかー」
度胸がないのもあるけど後ろにいる彼のせいで……
「大体、鹿波が智に連絡するからって私はしなかったのよ?」
「サプライズだ、サプライズ。智も急でさぞ驚いただろう」
笑いながらそういう彼……彼は本当に何を考えているか分からない。
大体、出会って間もないのに呼び捨てにして馴れ馴れしいし……
まぁ、そこはまだいい。
問題は彼女と本当にどういう関係なのか。
聞いたこと全てなのか。それとも……
考えるだけで気が滅入ってしまう。
「智? 大丈夫?」
「あ、ゴメン。大丈夫だよ」
彼女に心配をかけたくないから元気に振る舞う。
余計な人もいるけどせっかくの彼女とのデートだ。
楽しまなくてどうするんだ。
僕は余計なこと考えないように思いっきり楽しむことにした。
「ふぅ……結構な乗り物に乗ったわね。智、疲れてない?」
「うん、大丈夫って言いたいところだけど……少し疲れたかな」
「そうよね。私も疲れたわ」
「休むか。ちょっと待ってろ。飲み物買ってきてやる」
鹿波さんが売店に向かい、僕らは席を確保した。
そしてちょうど彼がいなくなったため、彼女と久々に一対一で話す機会となった。
ここで聞かなくていつ聞くんだと覚悟を決めた。
「ね、ねぇ……」
「なにかしら?」
「鹿波さん……彼とはどういう関係なんだい?」
「どういうって……この前、話したじゃない」
「あ、あれが本当に全部なの?」
「どうしたの、急に」
「急じゃないよ」
僕はいつもより厳しめの口調で言った。
「え?」
「ずっと考えてた。君が彼と一緒に暮らしてたってことは……」
「智、あなた何を考えてるの……!?」
「だって……!」
「……ゴメン……そうよね。普通は疑うわよね」
「……あ、いや……」
彼女が寂しそうな顔をして、罪悪感が襲ってくる。
けど、このことをハッキリさせないと僕も安心できない。
「でも信じて。彼とは何もないわ」
「そうそう。智、俺だって一途なんだ。安心しろ」
急に会話に割って入ってきた鹿波さん。
彼の言葉が引っかかった。
「一途なのに他の人と同棲を?」
「誤解するな。好きなやつがいるんだ」
「好きな人……?」
「あっ……」
彼女が急に言葉を漏らした。
国に手を当て、何かを思い出したようだった。
そんな彼女を見て、鹿波さんはふと笑った。
「ま、そういうわけだ。俺の話したってしゃーねーだろ」
それから鹿波さんは話題を変えた。
まるで話したくないような感じで……
僕は彼女と一緒に暮らしていた彼の本性を知りたくなった。
そして彼女がお手洗いに席を立った。
鹿波さんと二人になり、先ほどの話を振ろうとした時だった。
彼の方から僕に質問してきた。
「なぁ、智。あいつにきちんと告白したことあるか?」
「君には関係ないだろ」
「……俺、もしかしなくても嫌われてるよな」
苦笑しながら彼は言った。
「嫌ってはいない……よ。だけど……」
「そりゃ、まぁ、いい気分ではないわな。でもな、智。さっきも言ったけど俺、好きなやついるんだ」
僕が振ろうとしていた話題を彼自ら振ってきた。
「ずっと一緒にって約束したのに……そいつ、すぐに死んじゃってさ」
「……えっ……?」
本当の話だろうか?
サングラスで彼の表情が読めないけど……
言葉に重みがあった。嘘とは思えないほどの重みが……
「好きなやつに好きって言えるって幸せなことだと思うよ。だからさ、智。ちゃんと言ってやれよ」
「鹿波さん……」
「呼び捨てでいいよ」
「鹿波……今でもその人のこと想ってるのかい?」
「想ってる……って言いたいけどな。いつまでも引きずるわけにもいかねーだろ」
少し寂しそうな、でもいつものおどけた感じは崩さず鹿波は言った。
「今は智が一番だ」
嘘と真実が入り混じったそんな印象をサングラス越しながら思った。
だけど、僕は鹿波を……彼を信じてみようって気になった。
「んじゃ、後はお二人で楽しんでくれ。観覧車から見る夜景は絶景だぞ」
そう言って彼は軽快に去って行った。
「あれ、鹿波は?」
入れ替わるように彼女が戻ってきた。
帰ったことを告げるとため息一つ。
だけど少し嬉しそうに微笑んだ。
それからお土産を買ったりして、時間が流れた。
「そろそろ暗くなってきたわね。明日も仕事だし、帰る?」
「あ、最後に観覧車に乗ってもいいかな?」
「観覧車? 別にいいわよ」
鹿波が言ってた言葉を信じて、最後に観覧車に乗ることにした。
そして頂上からの景色は確かに絶景だった。
「わぁ……綺麗」
「鹿波が教えてくれたんだ」
「智……あなた……」
「ゴメン。君のことも鹿波のことも信じようと思う。疑ってゴメン」
「ううん、悪いのは私の方……だけど信じてくれてありがと」
僕は自然と彼女の肩を抱き寄せていた。
ようやくこれで一歩進める。
持っていたモヤモヤ感が不思議となくなっていた。
…………*
それから鹿波は僕にとってかけがえのない友人となった。
仕事の上でもすぐに仕事を覚え、サポートしてくれる。
でも彼は適当なことばかり言い、僕の反応を楽しんでいることも分かった。
遊園地の話も結局後日問いただすと……
「あ、信じたんだ、あの話。智は純粋だなー」
とおどけて返された。
だけどどんなに冗談や適当なこと言ってもあの日、僕に話してくれたことだけは本当だと思ってる。
いつしか……僕は彼に友情を感じ、そして同時に憧れを抱くようになっていた。
だから……僕は彼女に告白するのを待った。
もっと頼りになる男になるために……少しでも彼に近づけるように。
今はまだ頼りない男だけど、誰からも認められる男になって……
その時にまた彼女にプロポーズをしようと決意した。
「鹿波、ちょっと出てくるね」
「おーう、いってらっしゃーい。頑張れよ」
今では自然と呼べるその憧れの存在の名前。
それこそが僕と彼の信頼の証だと思ってる。




