12.真実と偽り
永一くん、私、あなたと出会えて本当に幸せでした。
小さな鳥籠の中にいた私はほんの少しだけど空を羽ばたくことが出来たから。
だから私、後悔はしていません。
永一くんにはいっぱい迷惑かけることになっちゃったけど……
早く私のことなんて忘れて、他の人と幸せになってください。
私のささやかな最後のお願い、聞いてください。
永一くん、本当に……今までありがとう。
そしてさようなら。
-真実と偽り-
「なんなんだよ、これは!」
永一さんは手紙を読み終えるとその手紙を握りしめました。
そして私の肩を掴み、必死に訴えてきました。
「嘘なんだろ? なぁ、嘘って言ってくれよ!」
突然の出来事に頭が混乱し狂ってしまったといったところでしょうか。
いや……これも当然が反応なんでしょうけど……
しかし、突然肩を揺らす行動を止めると永一さんはゆっくりと喋りだした。
「事故……じゃないんだろ?」
「どうしてそう思うんですか?」
「今回の一件が全部KANAの行動につながるのなら……事故なはずがない」
動転しながらも永一さんは気を保とうとしている。
それが痛いほど伝わってきて、こっちも辛い気持ちになる。
「KANAは重い病気だったんですか?」
「いいえ……」
「じゃあ……なんで……?」
私は全てを話すことにしました。
かなえには双子の弟がいて、重い病にかかっていること。
そしてかなえはその弟のためドナーとなり、亡くなったこと。
「なんだよ、それ……あいつ、何も言ってなかった……」
「永一さんに心配かけたくなかった、かなえの気持ち……分かってあげてください」
「分かるわけないだろ! あいつ、一人で何もかも抱え込んでいたっていうのか!?」
「……永一さん、双子の弟を助けたかったんです。かなえは」
「……親も親だ。どっちかを見捨て、どっちかを助ける、それが親の本心だったのか!?」
「かなえは本当の親に捨てられたんです」
「――なっ!?」
「だから私と一緒に暮らしてきたんです」
信じられない事実を聞かされて永一さんの顔はますます強張っていきました。
怒りでも悲しみでもない、複雑な面持ちで永一さんはそれでも必死に意識を保とうとしてるのが伝わってきました。
ちょっと気を緩めれば、狂ってしまいそうな……そんな危険な状態……
「捨てられた? なのにあいつは親の言うことを聞いたって言うのか?」
「……そうです。私もその一点は納得できませんが……」
「ふざけるな! あんたなら止められたんじゃないのか!?」
痛いところを突かれ、私も胸が痛みました。
「だけど弟を助けたい一心だったんです」
「……ふざ……けるなよ……」
永一さんは涙を流し、膝から崩れ落ちました。
そして右手を握って何度も地面に叩きつけ始めました。
「やめてください、そんな真似!」
右手が傷つき、血が流れ出しても永一さんはその行為を止めようとはしませんでした。
「俺が傍にいながら、なんでこんなことに……!」
「永一さん!」
私は必死で永一さんの右手を抑えました。
「かなえはあなたに傷ついてほしくなかったんです」
その言葉にピタッと行為を止める。
「その結果がこれだっていうのか!?」
「……かなえはあなたと出会えて本当に幸せだったんです」
「だったら!」
「手紙……かなえの気持ちを分かってあげてください……」
「くっ……KANAァァッ!!!」
両手、両膝をついたまま、永一さんはかなえの名を叫びました。
永一さんの悲痛な叫びが辺りに響き、永一さんは何度もかなえの名を叫び続けました。
左手でかなえからの手紙をギュッと握りしめながら……
…………*
永一さんにある一点だけ嘘をつき、真実を話したあの日。
あの後、永一さんは瞳を真っ赤にし、虚ろのまま帰っていきました。
あのまま帰して良かったのか、私には分かりません。
だけどこれがかなえの望んだこと。
私はそう心に言い聞かせて、今日もかなえの病室を訪れました。
かなえは今、療養施設にいます。
そう、かなえは亡くなっていません。
だけど肺を一個弟の智に提供し、少しの間、眠り続け体を弱らせてしまったのです。
「かなえ、入るわよ」
永一さんに真実を告げた日、まだかなえは眠ったままでした。
亡くなってはいない、でもどうなるか分からない状態でした。
でも最近になってようやく、かなえは目を覚まし話せるようになりました。
「敦子おばさん!」
「元気そうね」
喋ることは出来るが、歩くのすら体に負担になるため施設内は車椅子移動。
最も今はまだ動くのすら許されておらず、ベッドに横になる毎日が続いている。
けど、この状態なら永一さんに本当のことを話してもいいじゃないかと私は思うようになりました。
でも今まで切り出せないでいました。
かなえもあえて永一さんのことは触れないようにしているみたいで……
かなえ自身も別れることで、もうなかったことにしようとしているようでした。
でもこのままではいけないんじゃないかと私は永一さんと初めて会ったあの日からずっと思っていました。
「ねぇ、かなえ……」
「なに?」
「永一さんのことなんだけど……」
ビクッと反応するかなえ。
そして私から顔を逸らす。
まるで聞きたくないような素振りだけど、私は言葉を続けた。
「本当のこと、やっぱり話した方がいいんじゃ……」
かなえは反応してくれませんでした。
「あなたが死んだと聞いた彼、本当に悲しそうだったわよ?」
私のこの言葉に顔を私の方に向け、驚いた表情に変わりました。
「彼と会ったの!?」
「あなたが別れを切り出してから一週間後ぐらいにね。学校が始まってすぐの日だったわ」
「そ、そう……なんだ……」
「あの人なら今のかなえの支えになってくれるんじゃ……」
「やめて!」
私の言葉を遮り、両手で耳を塞ぐ。
「私は永一くんの重荷になりたくないの!」
「あの人はそんな風に思う人じゃないわ」
「それでも――!」
叫びながら涙を流すかなえ。
きっと葛藤しているのだろうと思った。
会いたい、話したいという気持ちと、負担になりたくないという気持ち。
どちらもかなえの本音。
その葛藤から目を背けたくて今まであえて永一さんのことは聞いてこなかったんだろう。
「もう……遅いよ……」
「遅いってことはないわ」
「永一くんはきっともう忘れてる」
「そんなことないわ」
「ううん。その方が私も楽だから……」
無理に笑って見せるかなえが痛々しくて私はそっとかなえを抱きしめた。
本人が決めたのならそこに私の考えが入り込む余地などない。
かなえがそう決めたのなら、私はそれでいいと思わなきゃいけない。
じゃないと永一さんに亡くなったと告げた罪悪感から私も逃れることができない。
いや、逃れてはいけないんだと思う。
これは私の勝手な願望に過ぎませんが……
永一さん、どうか諦めずかなえのことを想い、そしてここにたどり着いてください。
それが私たち二人を救う唯一無二の方法ですから。
なんて虫が良すぎる話ですね……




