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世界が終わる日、俺たちは地獄へ降下した

作者の学生時代の妄想話を大人になってから本腰入れて執筆しました。楽しんでいただけると幸いです。

 高度三百メートル。

 夜の闇を切り裂くローターの重低音が、鼓膜を容赦なく震わせ続けている。

 UH-60『ブラックホーク』の開け放たれたスライドドアの縁に座り、ウーティス・ヴァンス——コールサイン『ジャック』は、ヘルメットのバイザー越しに眼下の地獄を見下ろしていた。


 中東の歴史ある古都は、見渡す限りの炎と黒煙に包まれていた。かつては美しいモスクや石造りの街並みが広がっていたはずの場所が、今は赤黒い業火に照らされている。

 数日前まで、世界は正常だった。だが、突如として同時多発的に発生した「未知の感染症」が、すべてを食い破った。感染者は高熱とともに自我を失い、生者を襲う「動く死体」と化す。噛まれれば感染し、爆発的な速度でネズミ算式に増殖していく。

 政府機関、警察、軍隊、そして交通網。人類が何千年もかけて築き上げたインフラは、たった数日で完全に麻痺し、音を立てて崩壊した。


『——ジャック、聞こえるか』


 ノイズ混じりの無線から、極東支部長であるヴィクター・ヴァンスの低く落ち着いた声が響いた。


感明良好ラウド・アンド・クリアだ、ボス。だが、下は酷い有様だぜ。地上は完全に終わってる。まるで映画の終末アポカリプスだ」

『世界中がその有様だ。だが、我々【財団】の主要機能は海上にあり、被害は限定的だ』


 ジャックは鼻で笑った。

 有史以来、失われた文明やオーパーツを「確保・保護・管理」してきた秘密結社。それが彼らの所属する財団だ。

 世界がパニックに陥る中、財団だけはまるで「こうなることを知っていた」かのように、迅速に海上施設への撤退を完了させていた。ジャックたち極東支部の部隊も、洋上に停泊するタンカー偽装のヘリ空母から発進している。


『古城のLZ(着陸帯)まであと三分。目的は防衛部隊の支援、および最深部にいる【Artifact-1865-b】の回収だ。武装勢力が城に群がっている。連中は我々がそこに「ゲームチェンジャーとなる兵器」を隠していると思い込んでいるようだ』

「兵器ね。ただの歴史的なガラクタかもしれないのによ」

『軽口を叩いている暇はないぞ。護衛の特別部隊は四十名から二十五名まで減っている。対象を回収し、速やかに離脱しろ』

「コピー(了解)。極東支部が火の粉を払ってやるさ」


 ジャックは通信を切り、愛銃であるP90のボルトを引いて初弾を薬室に送り込んだ。

 背後のキャビンに座る三人の部下たち——ライフル兵の二名と、マークスマンライフルを抱えた狙撃手——が、緊張した面持ちで無言で頷き返す。

「ビビるなよ、お前ら。いつも通りの害虫駆除だ」

 ジャックがインカム越しに声をかけると、部下たちの表情がわずかに和らいだ。


「見えたぞ。LZにアプローチする」

 パイロットの声と共に、機体が大きく傾いた。


 丘の上にそびえる無骨な石造りの古城は、狂気に包まれていた。

 十字軍の時代から存在するその堅牢な城壁には、財団の秘密を狙う政府派の武装勢力と、うめき声を上げる無数の感染者たちが波のように押し寄せている。


「AH-6(攻撃型)に掃射させろ! 俺たちは中庭に降りる!」

 ジャックの指示と同時に、上空で待機していた三機のAH-6が猛禽類のように急降下し、搭載されたミニガンが火を噴いた。


 ブゥゥゥゥン、という布を裂くような独特の発射音。毎分数千発の弾幕が、城壁に取り付いていた武装勢力と感染者を文字通り挽肉に変えていく。血飛沫と石の破片が夜空に舞い散った。


 砂埃と硝煙の匂いが立ち込める中、二機のUH-60が中庭にタッチダウンした。

「ゴー! ゴー! ゴー!」

 ジャック率いる警備班が機体から飛び出し、即座に散開して円形の防衛線を構築する。


「調査班と負傷者を上空のチヌークへ急がせろ! 一機ずつしか降りられない、モタモタするな!」

 中庭には、血と泥にまみれた調査班の白衣や、負傷した警備隊員たちが身を寄せ合っていた。上空から大型輸送ヘリ・チヌークがゆっくりと降下してくる。

 怒号とローター音が飛び交う中、ジャックは周囲を見渡した。だが、撤退する隊員たちの中に、目標の姿はなかった。


 「おい、対象はどうした!」

 ジャックが近くにいた血まみれの隊員を捕まえて怒鳴る。


「最深部からの移動が遅れています!直接護衛についていた本部直轄の強襲班も、敵のRPGを食らって半壊状態です!」

「チッ……小隊規模じゃ荷が重すぎたか。第1班、俺に続け!地下へ向かう!」


 ジャックは部下三人を引き連れ、崩れかけた城内へ突入した。

 薄暗い石造りの地下回廊。壁の松明が落ち、非常用の赤いランプだけが点滅している。その奥から、激しいマズルフラッシュが瞬き、薬莢の跳ねる高い音が響いていた。


 黒髪ショートの女性隊員が、アサルトライフルを片手に孤軍奮闘している。彼女の足元には数人の隊員が倒れ、そしてその背後には——銀色に近い淡い青髪を持つ、華奢な少女が蹲っていた。


「——カバーに入る! 撃て!」

 ジャックの部下たちが一斉に射撃を開始した。通路の奥から迫り来る武装勢力と、それに混じって這い寄る感染者たちを、正確なタップ撃ちで次々と沈めていく。


「遅いぞ、極東支部!」

 強襲班の生き残り、クロエ・ナギが憎まれ口を叩きながら、空になったマガジンを蹴り捨て、新しいものを叩き込んだ。額からは一筋の血が流れている。


「文句は上に言え。そいつが『Artifact-1865-b』か?」

「ええ。こんな状況でも、上層部は私たちよりこの子を優先しろってさ」

 クロエは吐き捨てるように言った。財団の狂信的な「遺物至上主義」は、現場の人間にとっては時に呪いでしかない。


「中庭のLZは遠すぎる。東のテラスにUH-60を回す、走れ!」


 ジャックは少女の細い腕を掴み、強引に立たせた。その手は氷のように冷たく、震えていた。

 チームは感染者と暴徒が入り乱れる城内を突破する。


 角を曲がるたびにジャックが先行してクリアリングを行い、部下たちが背後を守る。息の合った連携で崩れかけたテラスへと飛び出すと、目前にUH-60がホバリングし、ドアガンナーが機関銃で援護射撃を行っていた。


「対象を最優先で乗せろ!」

 ジャックの怒号とともに、部下たちが少女をキャビンへと引き上げる。続いて部下たちも機体に乗り込み、殿しんがりを務めるジャックとクロエがスキッドに足をかけようとした、その瞬間。


——シュルルルルッ!


 城壁の陰から放たれたRPGの弾頭が、ヘリの尾翼をかすめた。

「メーデー! 被弾した、緊急回避!」

 UH-60はバランスを大きく崩し、たまらず上空へと離脱していく。

 テラスに取り残されたのは、ジャックとクロエの二人だけ。背後からは、新たな武装勢力の足音と、血の匂いに惹きつけられた感染者のうめき声が迫っていた。


『ジャック! 北側の防衛塔の屋上へ向かえ! そこで拾う!』

 無線の指示に、ジャックは舌打ちをした。


「クロエ、カバーを頼む! 死にたくなければ走れ!」

 ジャックは弾倉をリロードし、崩れ落ちる石の回廊を猛ダッシュで駆け抜ける。クロエが的確なバースト射撃で追手を足止めし、すぐさま後を追う。プロ同士の無駄のない動きだ。


 燃え盛る炎の熱気が頬を焼く。角から飛び出してきた感染者の頭を、ジャックは走りながらP90で吹き飛ばした。


 巨大な円筒形の防衛塔。その暗く狭い螺旋階段を、足がちぎれる思いで駆け上がる。屋上の分厚い木の扉を蹴り破ると、冷たい夜風が吹き込んできた。

 同時に、体勢を立て直したUH-60が下から急上昇してくる。


「飛べ!!」


 ジャックとクロエは同時に宙へ身を躍らせ、ヘリの広いキャビンへと転がり込んだ。機体はそのまま、夜空へと急上昇していく。


 数秒後、眼下の古城が、撤退用に仕掛けられていた爆薬によって轟音とともに崩れ落ちていった。




 荒い息を吐きながら、ジャックはキャビンの床に仰向けに倒れ込んだ。無線の向こうでは、世界中の大都市が陥落したという絶望的な報告が、機械的な音声で響き続けている。


「……終わったな、世界は」


 身を起こしたジャックの視線の先で、無事に回収された少女が、ヘリの窓枠にすがりつくようにして怯えた目で空を見上げていた。

 その視線の先には、地上の煙に霞むことのない、不気味なほど美しい満月が浮かんでいる。


「……Artifactなんて、舌を噛みそうだ」


 ジャックはヘリの騒音に負けない声で呟き、少女の淡い青髪を見た。


「お前、今日から『セレン』な。月みたいに白くて綺麗だ」


 少女——セレンは不思議そうにジャックを見つめ、そして再び月へと視線を戻した。

 それが、滅びゆく地球で彼女が初めて得た『名前』だった。

お酒の勢いってすごい笑

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