四十五話
「ところで、一つお伺いしたいことがあるのですが」
「何でも訊くがよい。千里はわらわの唯一。伴侶じゃからな」
口元を袖で隠しながら悪戯っぽく光姫が言う。芍薬の花弁にも譬えられる薄桃色の唇が綻ぶ有様は眼福だった。光姫の戯言を黙殺し、千里は感情の一切を抑圧したかのような表情で尋ねる。
「進学はどこを考えていますか?」
「おそらくお主の予想する通りじゃな。猫狐学園法学部」
「そうでしたか」
相槌を打った。視線から問い返されていることに気づく。
「俺は輝園大学の法学部を第一志望にしています」
「そうか」
この回答は彼女の予想通りだろう。千里は進路調査の度、同じ答えを返してきた。千里との婚約が決まった段階で光姫は学校における千里の情報を一通り閲覧しているはずだ。
「大学へは車で通学してもらう。輝園大学に一番近い別邸からじゃ。家事の心配は一切無い。住み込みの者がいる」
「承知しました」
千里が反発しないことが意外だったのか、光姫が怪訝な顔をした。補足する。
「俺は環境の変化が苦手なタイプではありませんし、現状何の役にも立っていない中、衣食住が保証されているこの状況はありがたいです。婿入りという形で結婚したのに肝心の婿が実家暮らしというのは体裁が悪いでしょう。好意的に思ってくださる方が少ないにも関わらずわざわざ顰蹙を買うような真似しませんよ」
「お主、老成しておるな」
「お褒め頂きありがとうございます」
「千里が皮肉を言っているわけでないのはわかる。ただもう少し砕けた言葉を使うとよいの。あまりに他人行儀じゃから。せめて人前では」
「精進します」
無表情を崩さない千里。光姫は苦笑いした。輝かんばかりの美貌。
(恐いな。完璧すぎて)
「わらわは羊町に礼を述べる。また明日生徒会長室で」
去っていく光姫に千里は会釈した。




