魔が差すと即ち、死を見る。 13
『ヴァドサ・シーク隊長の苦闘の日々 ~親衛隊に任命されてからうだつが上がらなかった日々が懐かしい時がある~』を大幅に加筆修正しているものです。
ただ今、書き足されて部分を更新中。主人公のシークはけっこう、心臓に毛が生えているくらい図太い神経をしているようです。最初はなかったシーンですが、彼の性格を考えたら自然と出てきました。そして、前回とだいぶ書き直しました。彼の性格を考えたら、言動が一致していなかったからです。
そして――。
日が傾きはじめ、セルゲス公本人が焦っていた。
「……どう…し…ょ…ぅ……。」
消え入りそうな声が聞こえてシークは、はっとした。何となく眠りそうだった。うとうとしかけていたのだ。
(危ない、危ない。せっかく話したのに、居眠りしていて聞きそびれたなんて、可哀想だからな。)
シークは下を向いたまま自分を叱咤した。
「……ね…ねぇ、フォーリ……。寝てるの?」
居眠りしかけていたと気づかれたのか!?
「いいえ、寝ておりません、殿下。」
慌てたシークは、つい答えてしまった。
「ひぇ…!」
びっくりしたらしいセルゲス公は、可愛らしい悲鳴を上げてフォーリにしがみついた。視界の端にそんな姿が見える。
(しまった。驚かせてしまった。先に謝罪した方が良かろうか。)
シークが考えていると、びっくりしたセルゲス公に驚きの変化が見られた。
「……え、えーと……。」
もう一度、話そうとしているのだ。何らかのきっかけがあると話しやすいようだ。
「……え、えーと。…ら、ら……ら…楽にしてい……いい…よ。」
一生懸命な様子にシークは微笑ましく思ったが、ここは笑ったりせずに真面目な顔を作った。おそらく、微笑ましくて笑ったのだとしても、馬鹿にされたと受け取るだろう。そうなれば、余計に自尊心が傷ついてしまう。
「お許し頂きありがたく存じます。」
ようやく顔を上げることができた。多少、肩が凝った。肩は凝ったが、セルゲス公本人と話せるという成果はありそうだ。
しかし、なんとも愛らしくて可愛らしい少年だった。足が痺れそうだったり、肩が凝っているおかげで、見とれすぎることはなかったが……。それでも、ちょっと見とれてしまう。
頬を紅潮させてこちらを見ているのだが、両目が潤んでいるように見え、何か妙に妖艶なのだ。シークには男色傾向もないし、軍でもそんなことはなかったし、普通に大人の女性が好みだが、この場合は好みも性別も凌駕している。
シークは内心青ざめていた。部下達が過ちを犯さない自信が全くないのだ。以前の護衛達が過ちを犯した理由が分かってしまった。あまりにも可愛らしいので、本当に少年なのか確かめてやろう、なんていう好奇心もあったのではないか。実際に、そんなことをするなんてあり得ないが。シークがその場にいたら、絶対に許さない。
「明日、他の隊員達を連れて、ご挨拶に伺わせて頂きます。その後は、殿下が療養されるお屋敷まで、移動するための準備などを致します。もし、ご入り用の物などございましたら、お申し付けください。」
明日のことを思い、頭が痛かったシークだが、言うべきことはきちんと伝える。なぜか、セルゲス公の表情が曇った。
「……い…い…言っちゃだめ……。」
小さな声が聞こえた。
「……だって、叔母上が……。」
泣きそうな声になる。シークはしまったと気がついた。
「申し訳ありません、若様。慣れないもので、つい間違えてしまいました。ご心配をおかけして申し訳なく思います。」
フォーリやベリー医師が指摘する前にシークが謝罪したので、鉄壁の無表情だったフォーリの表情が少し動いた。気がついたか……、という表情だ。
なんでも“殿下”と呼ばせるなというのは、王妃の発案だという。しかし、いくら殿下呼びを禁じようとも、王子であることは変わらない。それでも、セルゲス公本人はそのことを気にしていた。
「慣れないうちは、何かしらご心配をおかけしたり、何かご不便をおかけするかもしれません。」
「……う、うん、いいよ……だって……仕方ないもん…。」
小さな声だったが一応会話になっている。しかも、声を出せるまで、あんなに時間がかかったのに、とっかかりがあったせいか急に会話が成立している。
もう、会話もできないかと覚悟していただけに、以外に会話できた分シークはかなりほっとしていた。
「お許し頂き感謝致します。できるだけ、ご不便をおかけしないよう、尽力致します。」
「………うん。……ねえ、立たないの?」
ずっとひざまずいたままだったので、そのことが気になったらしい。ベリー医師の話を聞いて繊細な子だと感じていたが、実際にそのようだ。王族が権威を示すために、ずっとひざまずかせたままにすることもある。
だから、別にそれでも構わないし、今はセルゲス公である若様の表情がよく見える。日が落ちていく中で、夕陽に照らされている表情をよく観察し、できるだけどういう気持ちなのか察することができるようにした方がいい。一刻も早くそうするべきである。
真面目なシークはそう考えていたが、若様は違うようだった。
(……これは、立った方がよさそうだな。)
長年培われてきた子守の経験からそう判断する。夕陽に照らされている若様の姿は神々しいほどであったが、シークはその姿に見とれるよりも会話の継続を優先した。
この選択ができたのは、ひとえに彼が真面目であるためと、子守の経験が生かされて子どもの気持ちに寄り添おうとしていたからだった。そうでなかったら、思わず口を開けてぽかんと見とれてしまっただろう。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語