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番外編 吹子さんの日常一

 わたくしは皇女として生まれた。


 父上は今上帝で名を春仁といい、母上は正妃の中宮で名を風香という。両親は仲睦まじくて見ていて恥ずかしくなる程だ。そんなわたくしには兄弟が沢山いた。兄達は両親に似たのか美形揃いだ。妹も。兄が三人で私と妹が一人だった。わたくしも顔は父上にそっくりだ。けど好きな人からは「可愛げがない」と言われた事がある。その時以来、自分の外見は嫌いになっていた。今日も鏡を覗きながらため息をついた。


 わたくしの好きな人は頭中将の君だ。左大臣家の長男で伯母である香屋子様の生んだ松若――今は三位中将と呼ばれている源 忠継卿と親友の間柄だった。時折、忠継卿は母上のお住まいである登華殿を訪れる。両親の甥に当たるし兄である東宮の恒仁兄上とも仲が良い。そんなこんなでわたくしは頭の君や忠継卿を遠目に見てはまんじりとしない日々を送るのだった。


「三宮様。何事かを悩んでいらっしゃいますね。いかがなさいましたか?」


「……ああ。やはり姉様にはわかってしまいますか」


 姉様もとい、千萱宮様は苦笑いをなさる。この方は父上が母上以外の女性――古参の妃である宣耀殿様に生ませた方だ。世間では女一宮と呼ばれている。まあ、わたくしを嫌ったりせずに仲良くしてくださっているが。


「三宮様。私で良ければ。ご相談に乗ります。何なりとお話くださいな」


「……姉様。ありがとうございます。実は。頭の君の事なのですけど」


「あら。頭の君ですか。何かありまして?」


 千萱宮様が小首を傾げた。さらりと黒髪が揺れる。やはりわたくしとは可憐さが違うわ。姉様みたいに可憐で守ってあげたくなるような女人に殿方は惹かれるのかしら。そう思うと複雑な気分になる。


「わたくし。頭の君に片想いをしていまして。姉様だから申し上げますけど。以前にそれとなく好みの方について聞きましたら。「可愛くて素直な人が良い」とおっしゃって。わたくしが「あら。そうですか」と言ったら。「あなたでは可愛げがない」とかで」


「……あら。そんな事をね。頭の君も失礼な事をおっしゃいますね。宮様は十分に可愛げがありますのに」


「姉様。お世辞はよしてね。わたくしも可愛げが自分にないのはわかっていますから」


鷺宮(さきのみや)。あなたは。私は真面目に申していますのに。宮の母君のお言葉を借りたら。そういうのはでりかしーがないとか言いますよ」


「はあ。確かにそうですね。母上や姉様のお言葉通りだわ」


 確かにねと頷く。千萱宮様はほうと息をついた。ぱらりと衵扇を開き、口元を隠した。二人で真冬の寒い中で火桶に陣取る。また、ぽつぽつと話をしたのだった。


 千萱宮様が帰ると入れ代わりに母上がやってきた。相変わらずに若々しくてちょっと羨ましい。


「……あ。吹子。千萱宮様がいらしていたのね」


「うん。さっきにお帰りになったわ」


「そうなの。今日はどんなお話をしたのかしら」


 母上がにっこりと笑いながら問う。わたくしは真顔で答えた。


「……頭の君の事を」


「あら。頭の君といったら。確か、左大臣家の若君だったわね」


「そうよ。わたくしがその方に懸想をしているのは母上も知っているでしょう?」


「知っているわ。けど。あなたは私がいる限りは。主上(おかみ)のお許しがない限りは降嫁ができないのよ。言ったでしょう。頭の君の事は忘れなさいと」


「……母上。確かにそうだけど」


 わたくしは自らの定めは知っていた。今のご時世、後見が頼りないとかご母后が亡くなったりとか。そういう事でもない限りは内親王がお嫁に行くのは許されない。わたくしは父上がまだお元気だし母上も健在だ。なら、この恋は捨て去るしかない。仕方ないと思うしかなかった。


 母上に言われたことは事実だ。皇女として生まれたら。斎宮か斎院に選ばれたとしても。生涯を独り身で通さないと外聞が悪い。理由は皇家の財産が散逸しないためと皇女としての品位を失わないためだ。母上もそれは承知の上でわたくしや妹の待子を生み落とした。ままならぬものよ。ちょっと悔しくはなったのだった。


 まあ、母上も後宮に入ったら他の殿方との恋愛――浮気は以ての外だし。もしそんな事をしようものなら。極刑も免れないのだ。昔に斎院になったある姫君がある公達と恋仲になった。彼女が野宮から出た後も公達は通い続けたが。ところが姫君の父君である当時の帝に二人の仲は露見してしまう。当然ながら姫君は公達と別れさせられた。

 帝は姫君を無理に出家させて見張り役として老婆を身近にいさせる。それくらいには父君は怒り狂ったのだ。公達は別れさせられた後に荒れてしまい、悪三位と呼ばれる。

 ……後に公達も姫君も非業の死を遂げた。姫君は僅か二十三歳程で亡くなったとか。公達は酷く嘆き悲しんだと伝えられるが。

 そういう意味では皇女が色恋や婚姻に興味を持つのは禁忌なのだ。まあ、わたくしは母上が自由な考え方だからか。小さな頃は単純に頭の中将の君に片恋をしていた。けど、成長する内にお付き合いどころか顔を突き合わせて会うのも駄目だと言われて。落ち込んだのは今でも記憶に新しかった。

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