二十二話、蜜月二
夜中に起きてしまった。
目が冴えて眠れない。私は立ち上がって昼間に着ていた袿を羽織った。そして襖障子にまで近づく。そうっと開ける。周防はいない。宿直をしてくれると言っていたのにな。そうぼやきながらも庇の間にまで行った。そこには春仁様がいた。こちらに背を向けて座っているが。お香の薫りでわかった。小声で呼びかけてみる。
「……春仁様」
「……あれ。風香?」
御簾が上げられていて月光が射し込んでいた。春仁様の顔が青白く照らされている。ちょっと幻想的だ。
「風香。俺は後五日程経ったら内裏に戻る。風香はどうする?」
「……そうですね。私も戻ります」
「そっか。戻るんだね」
春仁様はほっと息をつくと立ち上がった。私の元まで来ると抱きしめてくる。鼻腔に薫衣香が入った。ちょっとつんとする香りだが。それが懐かしくもあった。
「……風香。君の髪が伸びるまでは外出は禁止だ。いいね?」
「はい」
頷くと春仁様は苦笑いしたようだ。月光が射し込んでいるとはいえ、はっきりとは見えない。それでも私は彼の背中に腕を回して抱きついていた。春仁様は驚いたのか身を固くする。
「風香?」
「……私。春仁様が来るまで寂しかった。でもどうしたらいいのかわからなくて」
「……俺を試しているのか」
春仁様は低い声で呻いた。強い力でぐっと抱きしめられる。ちょっと苦しいくらいだ。額に柔らかい感触がする。接吻をされたようだ。鼻先や頬にもされる。唇にされると軽いものから激しく深いものに変わった。息が苦しくて膝から力が抜けた。春仁様が腰に回した腕で支えてくれるが。自分が情けなくなった。
「……風香」
低い掠れた声で呼ばれた。私は頬に熱が集まるのがわかる。今日は姉さんが滝瀬宮様と結婚してから五日目の夜だ。不意に思い出す。その後、春仁様は「寝所に行こう」と言った。私は凄く恥ずかしいが。頷くのだった。
翌朝、明けない内に春仁様は起きた。私も起き上がろうとしたけど。止められた。それもそのはずで小袖も着ていない生まれたままの姿だ。春仁様も慣れないようだが自分で衣服を着る。本当にしづらそうなので私は脱ぎ散らかしていた小袖を羽織り帯を簡単に結ぶ。下腹部などがじくりと痛いけど。我慢して小袖などの着物を着やすいように手伝う。帯を締めたりした。下袴なども履いたりして一通りの衣服は着れたはずだ。
上に着る指貫や直衣も着付けて最後に烏帽子を被る。まあ、朝帰りにはなるが。春仁様は私の頬を撫でるとにっこりと笑った。
「……じゃあ。俺は一旦この部屋を出るよ。君は休んでいるといい」
「……はい。春仁様もお元気で」
春仁様はちょっと名残惜しそうにしていたが。踵を返して去っていく。私はそれを見送ったのだった。
寝ていたら周防に起こされた。起きたらもうお昼近くになっていると聞かされる。これには慌てた。春仁様との初夜だったから疲れ切っていたのもあった。
「……女御様。もしや、契りを交わしたのですか?」
「……周防。この事は父上達には言わないで」
声が掠れていて驚く。周防はちょっと困り顔だ。けどすぐに立ち上がると一旦部屋を出て行った。少しして盥と麻布を持ってきた。盥にはお湯がある。
「女御様。まずはお体を拭きましょう。お召替えもなさいませ」
「そうするわ」
周防は私を立たせると盥を置き、小袖を脱がした。無言で床に置いた盥のお湯に麻布を浸す。ぎゅっと絞って私の体を拭き清めてくれた。
「……終わりました」
「……ありがとう」
体を拭き清めるのが終わった。次に新しい小袖を周防は持ってくる。着付けられながらほうと息をついた。
袴も履いて上に単衣を羽織って。周防は御帳台を整えたりすると麻布や盥を持って部屋を出て行った。私は御帳台に再び戻ると眠りについたのだった。
気を利かせた周防がお水と汁粥を持ってきてくれた。柑子の実もある。私は有難くお水をごくごくと飲み干した。お行儀は悪いが。汁粥も木匙でちょっとずつ食べた。
「……女御様。東宮様から御文が届きました」
「……文?」
「ええ」
私は汁粥の器を横に置くと文を受け取った。今の季節に合う薄紫色のご料紙だ。広げるとこう書いてある。
<晩秋の夜は暮れ行き君思ふ
恋うる心はいかなることか>
なかなか、情熱的な歌だ。ちょっと赤面してしまいそうだった。私はすぐにお返事をするために周防に準備を言う。その後、筆を手に取った。
<秋の夜は手折りし君のこと思ひ
心は千々に乱れしことか>
それだけをなんとかしたためる。結構疲れたが。周防に言って萎れた菊に括り付けて送ったのだった。
この日の夜まで私は眠って過ごした。春仁様が再び来たのには驚いた。二日目も寝所にて過ごしたが。まんじりとしない。春仁様に添い寝されながらふうと息をついた。後宮に戻ったらまた窮屈な日々が戻ってくる。それは嫌だったが。でも仕方ない。そう思いながら春仁様の体に抱きつく。ぎゅっと抱きしめられたが。いずれ、他の女性に盗られると思うとやりきれなかった。瞼をそっと閉じたのだった。