エピローグ
【阿久津視点】
司法が真っ二つに割れたあの日から数えて、半年後。
俺の事務所の応接セットには、やたらとガタイのいい男がドカリと座っていた。胸元には金色の議員バッジ。最近過激な言論で支持を急拡大させている保守系新興政党の党首・永山だ。クラウドファンディングを通じて浅野父と繋がり、浅野父を通して俺に面談を求めてきていた。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか」
紅茶のカップに手を伸ばしながら尋ねると、永山は身を乗り出し、机の上に一冊のビジネス誌を叩きつけた。
「いやあね、阿久津先生。この記事を見ましたか? 経済界の大物にして巨大企業の会長を務める男のインタビューですよ。『我が国の持続的成長のため、政府には移民政策を大幅に推し進めることを強く要望する』……だとさ!」
「……?……はあ」
「移民政策は国家の根幹、国民生活を揺るがす大問題だ! 現に治安の悪化や過激な外国人の暴走が連日ニュースになっている! 本来なら国民投票レベルで議論すべき重大事態ですよ! いくら大企業のトップだからって、金に物を言わせて勝手な圧力をかけてもらっちゃ困るんだよ、言論の暴力だ!」
「……はあ」
溜息とも相槌ともつかない声が出た。
なんだコイツは。俺に次の衆院選への出馬でも打診しに来たのか?
あの最高裁での「実験」以来、俺の名前は世間に良くも悪くも轟きすぎてしまった。やれやれ。こんなのまで引き寄せてしまうとは想定外だな。
「それでね、阿久津先生に相談したい本題というのは……」
永山は重厚な革製カバンから、ゴソゴソと分厚い書類を取り出した。こちらが全力でうんざり顔を表現しているというのに一切意に介さない。この『今までなんでもこれで通してきました』と言わんばかりの強引さ。広告代理店の櫻田取締役を思い出すな。苦手だ。さっさとお引き取り願おう。
そう思ったのも束の間、永山が口を開いた。
「阿久津先生…どうなりますかね」
「…何がですか?」
「その大企業の会長を……安易な労働力欲しさに不良外国人を大量に国内へ引き入れ、国権を揺るがそうと画策するこの男を……もしも『外患誘致罪』で刑事告発したら?」
「……は?」
目の前のテーブルに提示されたのは、墨黒の文字で『告発状』と記された紙束だった。
外患誘致罪——刑法第八十一条。「外国と通謀して日本に対し武力を行使させた」場合にのみ適用される、我が国の刑法において唯一【死刑】しか規定されていない絶対的極刑。
法理として言えば、ただの言論や経済提言に適用できるはずもない、完全なる言いがかりだ。普通の状況であれば、検察事務官の手によって一秒でゴミ箱へ投げ捨てられて終わる。一定の合理性のあったあの事件とは違う、完全なる無理筋。
……だが。
あの事件以来、この国の司法の権威は完全に失墜し、法秩序は今なお出口のない大混乱の渦中にある。
そして、俺だ。
今の俺は、この国の司法の長年に渡る性差別をついに許さず裁きの雷を落とした現人神とも、司法、事件関係者、メディア、政党、触れるもの全てを破壊し尽くす大厄災とも畏れられている。実態とはあまりにかけ離れた、肥大化した虚像が一人歩きしている状態だ。
もし——そんな俺が告発代理人となり、この爆弾のような告発状を検察の窓口へ叩きつけたら?
メディアは大狂乱し、検察は対応に窮し、経済界は震撼し、ネットの群衆は狂喜乱舞するだろう。国家というシステムそのものが、再び大きな悲鳴を上げて軋み始めるはずだ。
まあさすがに死刑は夢見が悪い。そこはなんとか上手くコントロールしないとな…。
……クク。もうどう進めるのかシミュレーションしてるのか、俺の頭は。
口角が上がりに上がり、顔の輪郭を突き抜けて吊り上がっていくのが分かった。
爪の先を愛おしそうに撫でながら、俺は静かに答えた。
「……さあ、どうなるんでしょうね」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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